昭和と呼ばれていた時代、トラックドライバーや旅行者の心身を温めていた食品自販機があった。
コンビニも無い時代、それらはとても重宝されたという…。
そんなセピア色の思い出が、令和の現代においても少しだけ残っている。
人はそれを"レトロ自販機"と呼ぶ。
もう全国に数10店舗しか残っていないレトロ自販機の保有店。
広島県には2022年現在で2店舗が存在している。
行かねばならない。
全国のレトロ自販機を大体網羅しつつある僕は、その「福原酒店」というお店を訪問したことが無かったのだ。
徐々に傾く太陽を気にしながら、僕は必死に福原酒店を目指す。
このお店に立ち寄るためだけに走る距離、約150㎞。
…最高だぜ。
夢を叶えるのに遠回りなんて無いんだ。
ただただ突き進めよ、旅人!
レトロブームは盛り上がる
中国地方の内陸部に、その目指すお店はある。
ほとんどの人類には関係のない悩みだと思うが、中国地方を海沿いに一周しようと企んでいる人間にとっては悩ましい立地なのである。
僕は四国を走り終えて瀬戸内海を渡り、中国地方にやってきたところだ。
その足ですぐに福原酒店に行くべきか、それともグルーッと西側の海岸線を走って来た後に日本海から内陸に切り込んで福原酒店に行くべきか。
どちらもイバラの道ではある。
日本地図ベースで確認できるようなビッグスケールの悩みを抱えた僕は、四国から中国地方に向かって走りながらうんうん考え、そして結論を出した。
今日やれることは今日やろう。
旅の日程はどんどん少なくなり、そしてスタミナも少なくなってくる。
チャンスは逃すなよ、ってことだ。
瀬戸内海から、いや正確に言うと四国の愛媛県今治市からノンストップで一気に走ってやって来た、三次(みよし)市だ。初見では読めない町。
僕にとってもちょっと懐かしい町。久々に来たぜ。
時刻は間もなく17:00。
内心かなり不安になっている。
なぜならば、夕方ともなるともうレトロ自販機の麺類が売り切れてしまっている可能性があるからだ。
近年はレトロブームだ。
しかもレトロ自販機ににわかに脚光が当たっている。
2017年頃だったろうか、神奈川県の「中古タイヤ市場相模原店」がレトロ自販機を設置し始め、「ふーんそっかぁ」なって思っているうちにメディアにドバドバ取り上げられたのがブームのきっかけではないかと勝手に思っている。
ここ2・3年ではずいぶん多くのレトロ自販機店がTVに取り上げられるようになったと感じている。
そりゃTV放送後はしばらくお客さんが殺到する。
めちゃ行列ができている、なんて情報をSNSでよく目にする。
ましてや、今はゴールデンウィークなのだ。
観光客はこぞってレトロ自販機に集まるだろう。うん、この僕もだ。
瀬戸内海から70kmほどかけて、この三次市に来ている。
このあとまた瀬戸内海まで70㎞ほどを戻る。
それもすべて福原酒店に行くためなのだが、これで麺類売り切れだったらどうしようか。
もう盛大に笑ってメンタルをリカバリしないといけないよな。
さぁ、到着したようだ。
すごくのどかな田園、そしてなだらかな山々が連なっている。
こんなロケ―ションでレトロ自販機の麺類食べれたら、「最高」以外の感想が出て来そうにない。
…という思考ができるの余裕は1秒だ。
自販機はどこだ!自販機は動いているのか!麺類は残っているのか!
まず僕の興味はそれだけだ。
僕の生存本能が今、麺類を嗅ぎわける!!
ふつうのうどん、されど特別なうどん
まぁ大げさなことを書いたけど、普通に店舗の脇にレトロ麺類自販機はあった。
店舗も、そしてかなり古いはずの自販機もピカピカで綺麗だった。
さぁさぁ、在庫はあるのか?
はやる気持ちを抑えながら、僕は自販機に近づく。
西日でよく見えないんだけどさ、2種類あるメニューのうちで売り切れランプがついているのは1つだけだった。
つまり僕はここで食にありつくことができる。
今日一番のガッツポーズが出た瞬間である。
僕の旅路は、意味のあるものだったのだと。
メニューは2種類だ。
「ふつうのそば」と「ふつうのうどん」。
ふつうって、なんだろな。
小さい頃、父親に物事を尋ねられて、「いや、普通の〇〇なんだけどさ」と答えると、「普通とはどういうことだ!具体的に言え!」とすんごい怒られた。
誠にメンドくさい人種である。
いいじゃん、普通。
人それぞれに普通ってのがあるんだろうけど、その人の普通が何なのか、その価値観を知ることができるじゃないか。
さて、正直そばを食べたかったが売り切れだった。
うどんは実は昨日まで四国で散々食べたのだ。
だけども神は僕に言うのだ。「この旅はしっかりうどんを堪能しなさい」と。
400円を入れ、ボタンを押すとニキシー管のメーターのカウントダウンが始まり、20秒ほどで取り出し口からアツアツのうどんが出てくる。
そこいらの工程は写真に撮っていないので、まぁあなたはイートインスペースの写真でも眺めておいてほしい。
自販機のすぐ隣にある半屋外的なスペースであり、居心地良さそうだ。
そしてこれが出来上がった"ふつうのうどん"だ。
「ヤベー、普通だ!!」って内心思った。
容器内の全てをまんべんなく占領する白い魔物、うどん。
…以上。
まぁチラッと緑の小ネギが見えているはいるが、それはバグなんじゃないかってくらいのささやかな物量である。
圧倒的な素うどん。かけうどん。
…って思って食べようとしたら、違和感に気付いた。
はい、デッカいヤツをサルベージしましたー。みんな大好き天ぷらですー。
フワフワの布団のようなヤツだ。今夜はこれを掛けて寝たい。
そして、オイこれとろろ昆布じゃねーか。
僕の知る限り、関西より東のレトロ自販機でとろろ昆布が入っているお店は1つも無い。
中国地方にわずかに存在するだけの、SSランクのレアアイテムだぞ。
緑の至宝、しかといただいたぜ。
なお、ここのうどんは400円とレトロ自販機にしては少々お高め設定だ。
しかし、まずはダシがとてもおいしい。
一口飲むと、長距離走行で疲れた体に優しく染み渡るようなダシだった。
さらに麺はしっかりと弾力があってもちもちで、かなりボリュームも多い。
自販機だと思ってナメるなよ。
これ、立派なグルメなんだぜ。
最後にゴメン、存在に気付かなかったけども、カマボコもあったぜ!
沈殿した天ぷらの衣の中から救い上げた。
うまかった!
"ふつうのうどん"とのことだが、具も麺も普通じゃないし。
何より僕の思い出の中では普通ではなくって"特別"だ。
福原酒店へのコンタクト
旅を終えた僕は思い返す。
必死に訪問して、ひたすらズルズルうどんをすすって、そのあと暗くなる前に瀬戸内海の呉市に行かねばならなかったので、嵐のように退散した。
だけども福原酒店について、もっと知りたいことがいっぱいあった。
もっとゆっくり見るべきであった。視野が狭すぎた。
だから福原酒店さんに遠隔取材した。
福原酒店は、なんと創業1928年だ。
昭和の中でも初期の初期、もうすぐ100年にもなる超老舗。
だから「職人気質なガンコなおやっさんだったらどうしよう…」って思って僕の方も相当に身構えて連絡をしたのだが、若き店主さんが丁寧かつフレンドリーに受け答えしてくれたので、とてもハッピーな気持ちになった。
ここの自販機は、現店主さんのおじいさんが最初に始めたとのことだ。
30代の店主さんが産まれる前からあったとのことだ。
この富士電気製の麺類自販機は40年以上前には製造が終わっているので、それも納得だ。
お店の前は国道54号なんだけどさ、昔は中国自動車道も無かったからここが交通の要所だったようだ。
そんな道行く人のために酒屋のおじいさんが設置したのが始まりだ。
なるほど、「なんで酒屋さんに麺類自販機があるんだろう?」って思ったが、国道を走る人へのオアシス的なスポットとして設置してくれたのだね。
ちなみに夏は30杯、冬は70杯ほども売れるのだそうだ。
冬は暖かい麺類だよね、やっぱ。
ただし、レトロ自販機保有店はどこもそうだけども、メンテナンスも仕込みもかなり稼働かかるし、お金もかかる。
維持には相当なご苦労をされているそうだ。
うーむ、体調崩さないように続けてほしい。
この自販機無くなったら日本中のマニアが泣くもんな。
ちなみに酒屋のほうの店舗だ。バリバリに綺麗だ。
どうやら2017年頃に大幅リニューアルしたらしい。
お酒好きなのに、店内を見るだけの時間の余裕も心の余裕もなくって今は後悔している。
僕がかつてWebで見て思いを馳せていた福原酒店は、もっと年季の入った建物だった。
あれはあれで味があって良かった。
ちょっとそのときの店舗も僕のブログを通じてあなたにお見せしたい。
そう思って店主さんにお願いし、過去の店舗の外観画像をご提供いただいた。ありがたい。
左下に麺類自販機があるのがおわかりだろうか。
その左側にちょこんとイートインスペースがある。
あそこでも食べてみたかったね。
老舗酒店と、レトロな自販機。
今後も永らく、幸あれ。
最後に店主さんからあなたへのメッセージだ。
いつもありがとうございます!売り切れが多くて申し訳ないです…。
値上がりしてお客様にご迷惑おかけしておりますが、御理解の程よろしくお願いします🙇♀️
壊れるまで頑張りまーーす !
この度はお忙しいところの取材対応、誠にありがとうざいました!!
(壊れないことを願っています)
あの日の僕は、うどんに満足した後に、夕方の少し涼しくなった風を車内に取り入れながら、一路瀬戸内海に向かう。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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