今から40~50年ほど前、つまり1970年代のことだ。
日本各所のドライブインには、麺類やハンバーガー・トーストなどの自販機が設置され、トラックドライバーや旅行者に愛用された。
まだコンビニも24時間営業のファミレスも流通していなかった時代だ。
24時間営業のドライブインの自販機は、彼らを支えるオアシスであったのだろう。
時は流れて令和の時代。
まだ少しだけ、そのような自販機は残っている。
全国わずか数10箇所。"レトロ自販機"と呼ばれ、マニアも多い。
しかし風前の灯火である。
時代の流れに身を委ねる者、逆境に抗う者、自販機オーナーもギリギリのところで生きている。
近い将来、日本から消えてしまう光景だろう。
そうなる前に僕はこの思い出を脳に刻みたい。
だから全国のレトロ自販機を巡って来た。
だが、また悲しい知らせを耳にすることとなる。
…そんな…、まさかアイツが…!
「オレンジハット 太田薮塚店」、2021年8月31日(本日)22時閉店。
オレンジハットは昭和レトロなドライブイン
8月28日(土)の深夜に、僕はこのニュースを聞いた。
「おいおいおいおい!急だなおい!」 って思った。
それから「夏の終わりは切ないと聞くけれど、こんな切ないニュースはカンベンだぜ」って思った。
しかし、どうやら店側の決断も直前だったようだ。
まぁこのあたりは後述しよう。
まずはオレンジハット太田薮塚店がいったいなんであるかを、ご説明したいのだ。
レトロ自販機探訪の神がいる。
神は上記サイトを運営している。
僕も全国津々浦々のレトロ自販機を回っているがね、所詮は神の手のひらでグルグルしているにすぎないと自負している。
神の情報があるからこそ、僕はレトロ自販機を巡れているのだ。
さて、このWebサイトから少し情報をいただこう。
こんな感じの分布だ。
2021年5月時点の情報だそうだ。
群馬スゲーし、オレンジハットもスゲーってことを言いたい。
あ、一店「オレンジ353」っていうお店もあるのだが、名前以外はオレンジハットだし、そもそももともとオレンジハットなので、オレンジ換算させていただいた。
数年前であれば、さらにオレンジハットが1店舗多かったんだけどね。閉店の4ヶ月ほど前に行ったのが最後になっちゃった。
そんな群馬県のみに存在する、昭和の生き残りのドライブインチェーン、オレンジハット様だ。
トレードマークはオレンジの帽子とヒゲ!
ダンディ!!
昭和のドライブインの看板の前に、昭和にギリギリ足を突っ込んだ車を停車させる。
わー、たまらんねー!!
別店舗だが、夜はこんな装いになる。
ライトアップされているのにどことなく暗く感じる、オレンジハットの文字が哀愁をそそるのだ。
ちょっとアンダーグラウンドな雰囲気も醸し出す。
これまた昭和に足を踏み入れる上でのスパイスだ。
それでは、僕がオレンジハット太田薮塚店を複数回訪問した記録を、今回ミックスさせてお届けしたい。
こんなちょっとのどかな住宅地に、オレンジハットは姿を現すのだ。
庶民の暮らしと融合しているかのような立地だ。
冬の日の出直後の太田薮塚店だ。
「オレンジハットとは、あの立派な瓦屋根の民家なのかな?」と思ってしまったら、それは間違いだ。
右側の建物がオレンジハットだ。あの瓦屋根の民家は、看板の裏にあるだけ。
とにかくポップでかわいい字体に心が躍る。
陽気な昭和が、ここに残っている。
看板近くから見た店舗は、こんな感じ。
平屋造りの真っ赤な建物。
この店舗には、さっき夜間の写真で引用したような店名の看板が屋根に乗っていたりはしないようだ。
従い、パッと見だと何の建物だかわからない。
あと、ブラインドが閉まっていてなおさら店内の様子がわからない。
ちょっとドキドキするのだ。
レトロ自販機のメニュー
麺類
まずは王道、麺類だ。
コンビニのカップ麺のように自分でお湯を注ぐ必要もなければ、フタを剥がす必要もなく、そのまま出てくる。
商品受領からひと口目まで最短2秒のスタートダッシュは、昭和の方に軍配が上がる。
手前に「うどんそば」。奥には「うどんラーメン」だ。
さらに奥にもレトロ自販機が並ぶが、まぁ焦るな。
まずはラーメンを食べようか。
小銭を入れてボタンを押すと、秒数カウントダウン表示が始まる。
10数秒で完成し、アツアツのラーメンが取り出し口から顔を覗かせる。
この瞬間、すごい好き。
スープがなみなみと入っているので、気をつけてテーブルまで運ぶのだ。
箸やコショウ・七味などの薬味は自販機の内部の専用ケースから自分で取り出す。
やや太麺。そして厚切りチャーシュー。
麵の奥をさぐっていたらワカメも出てきた。
自販機内で湯切りをする際に具材がこぼれないよう、小さい具材は麺の下に忍ばせておくという、店側の工夫だ。
スッキリしたスープが冬の朝の胃を喜ばせてくれる。
この窓際の席は毎回使った。お気に入りだ。
次は天ぷらそばだ。これまた麺が太い。
そしてかき揚げがゴージャスだ。
自販機の筐体自体が一緒でも、中身は千差万別だ。
本格的な蕎麦屋さんの手打ち麺が入っていることだってあるし、天ぷらも天かすだったこともあるし、エビ天が入っていたこともある。
これはなかなかのゴージャスである。
あと、つゆの味が濃かった。
トースト
かなりレアな自販機トーストだ 。
麺類自販機が全国で60台以上生存しているのに対し、トースト自販機は16台しかない。
麺類に対し24%だ。絶滅間近。
このレトロな赤さがハートを直撃する。
赤という色は、いつの時代だって正義だと信じている。
うん、なにこのイメージ写真。
ティータイムのお手本だ。100点満点。額に入れて新居に飾りたい。
次にメニューボタンにフォーカスしてみよう。
なんだかどっちもセピア・ワールド。
テプラで無理矢理過去を上書きし、ハムトーストとピリ辛トーストとなっている。
両方ご紹介しよう。
小銭を入れてボタンを押すと、内部でトーストが40秒ほど焼かれる。
「トースト中」の文字を眺めてワクワクしながら待とう。
チーンと鳴って落下音が聞こえる。
トーストが自販機下部の取り出し口に落下した音だ。
ここでドリンクの自販機のように不用意に手を突っ込むと、あんたヤケドするぜ!
いや、比喩でも何でもなく、本当にヤケドするぜ!
テプラをよく見てほしい。
『アッ、熱い、気をつけて下さい。』
『取出す時、大変熱いので気をつけて下さい。』
「アッ」という悲鳴が入っている。
これはリアルだ。言霊が宿っている。
だから備え付けのトングを使わせてもらおうな。
アルミに包まれたトーストサンド、これにて捕獲だ。
※備え付けのトングがない場合は、ハンカチなどを使おう。
これはピリ辛トーストだ。
具材はハム。そしてチリソースのようなものが塗られている。
何枚切りっていうんだ、これ?
薄さの極みだ。
こんなに薄く綺麗に切るだなんて、きっと名のある剣豪に違いない。
16枚”切り"とかではなく、16枚"斬り"っていう技の名にしたい。
ちなみに味は文字通りピリ辛だ。
既製品のパンとハムとチリソースだと感じた。あなたの脳内でも味は再現できよう。
次はハムトーストだ。
ぶっちゃけ、他店はハムチーズトーストなどにしているケースが多い。
ハムしか具材が無いのは少しだけ寂しい気持ちにもなる。
だから夜食べた。
夜は物悲しい時間帯だからだ。
少し見えづらいが、ハムの下にマスタードが塗ってあった。
これはほんの少しの贅沢だと感じた。
ボリュームは決して多くなく、成長期の男子であれば10個は食べてしまいそうな勢いだ。
しかし、ドライブで疲れた夜食としてはいいあんばいであった。
ハンバーガー
これはトーストよりもさらに貴重だ。
2021年春現在で、全国に12台しか生存していないらしい。
ハンバーガー自販機にはいくつかのデザインがあるが、これはもっともスタイリッシュなものだと個人的に判断している。
昭和の自販機かもしれないが、一番平成感が出ている。
この写真に写っているラインナップは、チーズバーガー・ベーコンポテチー、そして真ん中が何も書いてないのでわからない。
実はこのボタンの下にチラシが貼ってあったのだが、チリソース+ハム+ハンバーグの"コラボバーガー"だ。
他のハンバーガーが220円に対し、コラボバーガーだけ300円。ゴージャス。
あなたはおそらくコラボバーガーあるいはベーコンポテチーに興味を示すだろうが、残念、それらは買っていない。
他のオレンジハットで買ったことがあるので、ここではカレーバーガーにしたのだ。
(カレーバーガーが登場していたタイミングがあった)
60秒ほど自販機内部で温められた後、紙箱に入ったハンバーガーがポトッと落ちてくる。
中からは爺さんみたいにフニフニのパンのハンバーガーが登場だ。
そしてやや小さい。片手で包み隠せるくらいの大きさだ。
まぁでも自販機バーガーは大概こんなものだ。
鶏ひき肉かな?と思わせる庶民的な味のハンバーガーと、そしてカレーソース。
うまいかどうかと問われれば、そりゃうまい。
しかしな、味とかコスパを求めているのではないのだ。
「自販機で食品を買う」という行為にロマンを感じているのだ。
これが対人接客だったら興味ない?「は?なんで人間から物を買わなきゃいけないの?」とか思ってしまう。
お金を入れたらアツアツの食べ物が出てくる。
ギリギリを生きるブリキロボットのような自販機に、こんなピタゴラスイッチのようなギミックがついていることが、たまらなくワクワクするのだ。
小さい子供のようだろ?
しかし大人をナメるな。大人だってワクワクするんだ。ワクワクしたいんだ。
最終ゴールが食欲を満たすことに繋がるのだから、これはもう生存本能なのだ。
さようなら、太田薮塚店
オレンジハット 太田薮塚店、2021年8月31日(本日)22時閉店。
8月28日(土)の深夜に、僕はこのニュースを聞いた。
脳内で素早く、このお店を再訪する方法を考えた。
でもダメだ、僕のIQでは解決策を出せなかった。
僕はもう、あのお店を訪問することはできない。
閉店が決まったのは、早くて8月27日(金)、遅くて僕の知った8月28日(土)だ。
お店の貼り紙を撮影してくれた方がいるから、その文面をご紹介する。
お客様各位
8月27日太田警察よりゲーム機の営業を即時停止するように勧告がありました。
今後店舗継続が可能な形態としては自動販売機とゲーム機8~10台前後となり店舗運営は、収益的に考えて無理となり8月31日午後10時で閉店廃業とさせていただきます。
これまで多くのお客様に支えられ心より感謝とお礼を申し上げます。
ご案内が急なことで申し訳有りません、当局の勧告ですのでいかんともしがたく私どもの心情を御理解いただきお許しください。
オレンジハット薮塚店
店主・スタッフ一同
…なんとも無念さがにじみ出る文章だ。
そして、警察が関与しており、ちょっと物々しい空気感だ。
これはWebに流れている情報なので100%信用の置けるものではないですが…。
そもそも前提として、クレーンゲームなどの景品等に、ちょいとアダルトなものが含まれていたのだそうだ。
うん、これはわかる。
他の昭和系ドライブインでも複数目撃したことがあるからだ。
ユーザのターゲットが中高年男性なので、古来からこんな感じだったみたいだ。
それを直近で警察に通報した人がいる。
そこで警察が動き出し、ゲーム停止宣告をした…。
こんな感じのようだ。
決して警察に通報した人が悪いわけではない。
ずっと昔からとは言え、薄暗くてアンダーグラウンド感が漂い、そしてタバコの臭いの充満するこれらのドライブインは、カップルやファミリーで入るにはハードルの高いスポットだ。
令和のこの時代に馴染めているとは思えない。
それに、老若男女安心して楽しめるお店造りも必要だ。
しかし、おそらくコロナ禍で弱り切っていたこのお店への警察による宣告は、改善の余地すら与えない、一撃で致命傷となるレベルのものだったのだろう。
僕は決してアダルト商売の方を持つわけではない。
しかし、昭和の面影を残す営業形態・自動販売機が無くなってしまうことに、すごい寂しい気持ちになる。
大事なものは無くなってしばらくしてから気付くのだ。
古墳・宿場町・銭湯・城郭。
昔は当たり前のようにあったものがどんどん壊され、気付いたときにはほんの少しだけになった残骸を大事に扱うか、似たようなものを復刻するしかなくなる。
乱獲に伴う動物の絶滅だってそうだ。
どうにか、守るような方法はなかったのだろうか?
他のオレンジハット、そして他の似たようなドライブイン。
これらも今後標的となった場合、レトロ自販機は驚くほどのスピードで滅亡までの道のりを突き進む。
それがとても怖い。
22時を回った。
僕は自宅の自室で、どんな顔をしてこのお店に「お疲れ様」を言えばよいのだろうか?
ただ、レトロ自販機の全盛期を知らない僕が、過ぎ去ってゆく時代に少しだけ接触できたことは、人生に大きな意味を残してくれたのかもしれない。
今までありがとうございました。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報