自動販売機・自動精算機・券売機・ATM…。
これらは温かみや人情とは真逆の、無機質で冷たいイメージがある。
どんどん無人決済化が進んでいくこのハイテク時代、便利で素晴らしいのは確かだけれども、どことなく寂しい気持ちもある。
いや、だけれども全ての自販機が無機質だと決めつけてしまうのは、まだ早いかもしれない。
群馬の結構山奥に、僕のお気に入りの自販機があるのだ。
その名は「丸美屋自販機コーナー」。
昭和の中期~後期の、コンビニが無い時代に栄えたレトロ食品自販機。
昨今のレトロブームのおかげで、あなたもこういう自販機が存在していることは見聞きしているかもしれない。
だけどもね、ここはさらにひと味違うのだ。
自販機のそのもっと裏側、オーナーさんの人情をひしひしと感じることができるのだ。
では、1年で最も寒いこの時期、あなたの身も心も温かくなりますよう、今回の記事をお届けする。
【冬】 雪降るある日の物語
バリバリに凍結した真っ白い世界にて、僕は愛車HUMMER_H3のハンドルを握っていた。
相当に怖い道のりだ。
この先にある山間部の「草木ドライブイン」まで雪景色を見に行こうと、旅友のニコル君と共にドライブしていたのだ。
その途中で立ち寄って暖を取ろうと考えているのが、丸美屋自販機コーナーだ。
ここだ。ここで僕らはランチにする。
お世辞にも立派とは言えないプレハブ小屋である。
なんだったら、「地元の人か工事業者が重機を格納している小屋かな?」みたいに感じてしまったほうが正しい判断とも言えるようなビジュアルだ。
しかしそれがいい。
旅ではなるべくいろんなジャンルの非日常を楽しむべきだ。
手堅い選択なんて、日常の暮らしの中だけで充分なんだ。
これが内部構造だ。
壁一面に自販機が並んでいる。
そして反対側の窓側はカウンターテーブルだ。
この光景、圧巻である。これだけレトロ自販機が並ぶ光景は、そうそうない。
いや、2022年現在は神奈川県の「中古タイヤ市場 相模原店」っていうレジェンドがあって、100台くらいのレトロ自販機が並ぶという別次元の世界だけども。
僕もそこ、大好きだけども。
しかし、中古タイヤ市場がレトロ自販機営業を始めるまではここがTOPクラスだったんじゃないかな?
千葉・京都・高知の有名ドライブインと共に、四天王と呼んでもいいくらいの自販機数だったんじゃないかな?
なにより、ここは歴史が古い。
1975年創業だ。今から47年も前だ。
このレトロ自販機たちがレトロではなく、時代の最先端だった時代だろう。
そんな時代から現代まで、ずーっと同じように営業を続け、そして残っていることがすごいのだ。
さて、グダグダ言っていないで食べよう。寒いし。
僕は唐揚げラーメンにしてみよう。
今まで全国のいろんなレトロ自販機を巡っているが、唐揚げラーメンは他では見たことない。
レアなメニューを優先的に攻略したい。
料金は300円だ。
コインを入れてボタンを押す。
ニキシー管のカウントダウンを見ながら待つこと10数秒…。
はい、出てきた。もちろんホカホカだ。
ちょっといろいろ乱れているのは、自販機の中でアグレッシブな湯切りが行われた名残だ。
だから最初に少し整えてやると良い。
こうなった。ステキだ。
大きな唐揚げ2つ、煮卵、メンマ、ナルト、ワカメだ。なかなかに贅沢。
実は煮卵は全てに入っているわけではなく、ランダムだ。
上の貼り紙の通り、もし入っていたら大当たり。やったね。
ラーメンに唐揚げを入れる文化とは無縁の人生を歩んできた僕だが、食べてみると普通にうまい。
まぁ味はラーメンと唐揚げ。それ以上でもそれ以下でもないが、想像通りうまいってヤツだ。
煮卵も食べられて幸せだ。
一方のニコル君はトースト自販機からツナマヨトーストを買っていた。
これは200円であった。
このトースト自販機は、もう西日本には高知県の1つしか残っていないし、東日本においても絶滅間際のレア筐体だ。
ボタンを押すと60秒ほど内部でパンがこんがりと焼き上げられてから登場する。
ニコル君はレトロ自販機にあまり興味を持っていなかったので、僕は熱弁した。
唐揚げ食いながら熱弁した。
どれだけこれらの自販機がレアなのかを。
今ここで自販機メシを食えているということが、どれだけ幸せなのかを。
そして僕は煮卵をムシャムシャ食った。
パンは10枚切りくらいの、ちょっと見たことがないレベルの薄さだし、ツナマヨというネーミングに反してツナの主張が弱くってマスタードが目立つ。
…だからどうしたというのだ。
ニコル君はちょっとションボリ顔であったが、僕は「そんなもんだ」と雑なフォローをし、そしてまた唐揚げを食べた。
来訪ノートに、今日の思い出を書いておいた。
ちょっと身元特定されそうなところだけマスキングしておくよ。
そんな静かな自販機コーナー。
僕ら以外には、「コショウが出ないよ、そっちはどう?」って聞いて来るおじいさんが1人いただけで、全ての音は雪に吸収されそうな静かな空間であった。
【春】桜を見ながらひもかわうどんを
車中泊し、お花見スポットを巡りながらドライブをする旅をしていた。
その途中にここに立ち寄った。
うーん、最高。
待ちに待った春。そして愛車と自販機コーナー。
なんてのどかな絵だよ。もう一生春のままでいい、って思った。
自販機コーナーは、今日も元気だ。
開け放たれたドアから、数枚の桜の花びらが舞い込んだ。
今日、僕は飢えた状態である。
麺類2杯を所望する。
もともと自販機麺はそんな大きなサイズではないので、成人男性であれば2杯は普通にいけるであろう。
まずは激から青唐辛子入りの天ぷらうどんだ。
辛党としてこれは経験しておきたい一品だ。
『大当たり・エビ天 中当たり:カボチャ又はサツマ芋』って書いてある。
よし、ではエビ天よ来い!
祈る気持ちで250円を入れてボタンを押し、うどんが作られるのを待つ。
そして…。
イェーイ!!エビ天きたーー!!
そんでかき揚げもついているのかい。
てっきりかき揚げの代わりにエビ天になっているのが大当たりだと思ったら、両方乗っているのかい!
こりゃ盆と正月が一緒に来た気分ですな!!
青唐辛子?
ゴメン、そのことはよく覚えていない。
エビに夢中だったのだ。
記憶に残らないということは、そこまで激辛ではなかったと振り返る。
お替りいきまーす!
群馬といえば、ひもかわうどん!
レトロ麺類自販機でひもかわうどんが出てくるのなんて、ここだけであろう。
なんだったら僕はちゃんと店舗でひもかわうどんを食べたことがなく、これがひもかわうどんデビュー。
そんな人生にカンパイ!
なんか『冷やし中華始めました』みたいなテイストで書かれているのもいい。
山菜が入っているのもいい。春だもんな。
うまー!!
この幅広のもちもち麺よ!
そして油揚げには味がしみっしみよー!
そよそよと風に揺れる桜を見ながらうどんを食べた。
最高の時間だった。
また新しい年がやってきた。
【夏】緑のトンネルを抜けて
お盆が過ぎた直後、スカッと晴れた灼熱の群馬県。
僕はお馴染みの峠道を走っていた。
例の丸美屋自販機コーナーを越えて、「足尾銅山」だとかも超えて、日光方面に走って行く予定だ。
ちなみに全然腹は減っていない。
今回は群馬県に数多く残るレトロ自販機巡りの旅をしていた。
以前に上記の記事でも書いたが、全国のレトロ自販機保有店舗の54店舗中、11店舗が群馬県にある。(2021年時のデータ)
それらを少々巡っていたのだ。
こういうお店っていつなくなるかわからないから、未訪問店を優先して巡ったのだ。
そしたらご覧の通り、既に腹いっぱいというわけよ。
だからもう、丸美屋自販機コーナーはスルー… ――
…できなかった。
やっぱ寄っちゃった。
店内で食べるだけのキャパシティがないなら、持ち帰ればいいじゃない。
いや、麺類はさすがに伸びちゃう上に、そもそも容器は使いまわす貴重なものだから返却しなきゃダメ。
だけどもトーストであれば持ち帰りできる。
いつ見てもワクワクする自販機群。
店内の通路が狭いので、この圧巻の陳列風景を正面から撮影するのは困難であり、どうしてもすんごい斜めからの撮影になってしまうが。
一番手前がトースト自販機。
前述の通り昭和中期の超レアなものだ。全国で16台しか残っていない。(2021年の情報)
ラインナップは、以前にニコル君も食べたツナマヨトーストと、チーズハムトーストだ。どちらも200円。
60秒ほど待つと、灼熱のアルミにくるまれたトーストが出てくる。
ちょっと手で持てないレベルなので、僕は毎回この機種を使う場合はハンカチを使って取り出すようにしている。
店舗によっては専用のトングが備え付けられている。
本来だったらここに座って、緑あふれる山々を見ながらトーストを食べたい。
だけども満腹なので、このまま立ち去ることにしよう。
なんとなくトーストのいい匂いのする車内に幸せを感じながら、峠道を疾走した。
そして時間は少し経過し、自宅だ。
アルミのままトーストを温め、アツアツに近い状態になったら開封しよう。
右がハム。左がチーズだ。
チーズのサイズに少々切なさを感じるかもしれないが、「そんなもんだ」。
いつかニコル君に言ったセリフを、今度は自分自身で噛みしめる。
ちょっとフニャッとして、あまり腹に溜まらないボリューム。
もちろん多くの自販機を巡ってきたのでそんなことは知っている。
そしてそれも、また1つの幸せのかたちだと知っている。
1つの時代の終わり
オーナーさんの死去
…1月が終わり、2月がやってきたね。
僕は、瞬く間に過ぎ去った正月の思い出を振り返る。
…って書くと2022年の正月の話かと思われるだろうが、もう1年前である2021年の正月のことを振り返っていた。
あのときは本当にビックリし、そしてショックだったなぁ…。
以下のそのTwitterの内容のリンクを貼らせていただく。
お知らせ
— 丸美屋自販機 (@marumiyajihanki) 2021年1月3日
令和2年12月31日
もうすぐ除夜の鐘が鳴り出すという時
丸美屋自販機の創設者である斉藤政雄が
肝臓癌のため永眠しました
お客様との会話が何より好きで
皆様にもお世話になりましたので
ご報告致します
丸美屋自販機については今後もできる
限り続けていきたいと思っています pic.twitter.com/aJ5C0hUPgy
2020年の大みそかの夜、オーナーさんが亡くなったのだ。
2021年の正月にその情報がWeb上を飛び交い、僕もそれを知った。
とても残念だ。
SNS上で情報交換した方の何人かは、このお客さんとのお話が好きだというオーナーさんと交流の経験があった。
それがうらやましい。
僕はオーナーさんに一度も会えたことが無いままだった。
1975年に、この自販機コーナーを創めた人物。
話を聞いてみたかったな…。
きっと自販機愛に満ちあふれ、そしてTwitterの文面からも推測できる通り、お客さんとの交流が好きだった方に違いない…。
自販機を通じて育んだ交流
僕がレトロ自販機店の中でも、このお店が好きな理由…。
のどかな山間部にあるだとか、メニューの種類が豊富だとかっていうのもちろんある。
しかしそれ以上に、自販機にベタベタと貼られているPOPが楽しいのだ。
こんなにエンターテイメント性のあるレトロ自販機店は他に知らない。
1枚ずつご紹介すると写真の枚数が大変なことになってしまうので、一部だけだがうまいことマージしてお見せしよう。
これは僕個人の勝手な想像ではあるが。
オーナーさんは少しでもお客さんが楽しんでくれるよう、アタリつきだとか、季節の具材を入れたメニューを考えていたのだろう。
POPを書きながら、ワクワクする僕らのことを想像していたのだろう。
ちょっとイタズラ心で青唐辛子入りのメニューを開発したが、そのあとふと不安に駆られて「青唐辛子注意」の貼り紙をくどいくらいに作ったに違いない。
そんなことを妄想しながらここで麺をすするだけで、幸せを感じる。
「次来たらどんなメニューがあるのかな?新しい楽しみがあるのかな?」って思い、何度も足を運んでしまう。
そういう自販機コーナーなのだと思う。
オーナーさんを感じられる自販機だ。
40数年、オーナーさんに愛されていた自販機たちだ。
次の時代へ…
先ほどのTwitterの文中には、『丸美屋自販機については今後もできる限り続けていきたいと思っています』という不穏な文字がある。
もしこのお店が無くなってしまったら、この自販機たちや、ここに根付いた文化はどうなってしまうのか…。
コロナ禍なのでなかなか行楽もできない時期が続いた。
なおさら自販機コーナーの存続が危ぶまれた。
この1年、僕は結構不安だったりした。
だけれども、2022年も元気に稼働しているようだ。
自販機でミニおせちを販売したり、直近ではひもかわうどん自販機が故障したけどなんとか復活したり…。
あのPOP類も健在のようだ。うれしい。
コロナ禍になって以来訪問できていないけど、僕もSNSを通して応援している。
願わくば、次の桜の季節にでも訪れたい。
桜の木の下の自販機で、オーナーさんの想いをもう一度噛みしめたい。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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