「千里浜なぎさドライブウェイ」。
砂浜を愛車で走れる、日本唯一の道路である。
その距離は約8㎞。
波打ち際ギリギリの砂の上を、潮風を受けて走るのはメチャクチャにテンションが上がる。
2021年2月22日、この道路の真ん中付近が水没してしまい、復旧の見通しが立たなくなったというニュースが出た。
ショックを隠せない。
この道を走るのが好きなドライバーやライダーさんたちも「ザワッ」ってなった。
コロナ禍で気軽に見に行くわけにもいかない。
だからせめて、思い出を振り返らせてほしい。
いざ、砂浜に突撃
さぁ、まずは楽しい思い出から書こうな。
海沿いを走る国道249号を反れて、標識に従いさらに海方面を目指す。
車道の両側には、既にうっすらと砂が堆積している。
キタキタキターー!
お気に入りのロックミュージックのイントロが流れてきたときのような高揚感に包まれる。
幼い日の、海水浴に連れていってもらう際のワクワクも甦る。
「さぁもうすぐ海よ」
そう声をかけられて、夏の日射しに目を細めながら見上げる空は、まだ海が見えないのに、どことなく海色に染まっているのだ。
儀式だ。
砂浜に入る前に、僕は愛車の窓を全開にする。
そしてカーステレオの音楽を切る。
風を感じるのだ。潮騒を感じるのだ。
これ以上の贅沢があるだろうか?
ついに愛車のタイヤが砂の上に乗る。
「おっ…!?うほ……っ!?う、うほほほほーい!!」
みたいな感覚になる。
うまいうまいと聞いていた料理を、実際に初めて食べたかのような気持ちである。
まぁ僕は何度も千里浜なぎさドライブウェイを走ってはいるが、1回1回の訪問にはスパンが空いているので、毎回新鮮なのだ。
この絶妙な感覚をどのように表現すべきか。
アスファルトのように硬く無機質ではない。土の道のようなボコボコしてハンドルを取られる感覚もない。
例えるならば、ウレタンマットを押すような感覚だろうか?
もちろん砂浜はウレタンよりもずっと固いのだが、絶妙に角の立たない感触を演出してくれる。
気分は、初めて遊園地でゴーカートのハンドルを握る小学生のようである。
うわーうわー、うわーー!!!
笑みがこぼれる。
なんだったら、本能のままに「うおーー!!」って叫びたい。
いや、野生児のように叫んでもいいと思うのだが、僕は残念ながらここには1人で行くことが圧倒的に多いのだ。
1人だと、ちょっと恥ずかしいのだ。
この笑顔はもうどうしょもなく抑えることはできないが、歓声はあげずに心の中だけで咆哮する。
千里浜を疾走せよ
ここまでの写真をご覧の通り、横を見ると波打ち際だ。
ガードレールもアスファルトもなく、すぐに波打ち際だ。
車窓から海を眺めるシーサイドロードは、国内にも多くあるだろう。
ただし大体において、海に対して道路はかなり高めのところに設置される。
しかしここは、ほぼ同じ目線で海なのだ。
この違いは侮れないぞ。
海との一体感が違う。
ここは日本で一番、海と仲良くなれる道なのだ。
不必要にスピードは出さない。
ダカールラリーをやるつもりもない。
ただただ、この時間を楽しみたいのだ。
窓からは潮の匂い。おだやかなさざ波の音。足元からは砂浜を走る「ゾゾゾゾ…」みたいな独特の走行音と振動。
なによりこの絶景。
僕は、五感で千里浜を楽しんでいる。
これが大事なのだ。
ところで、あなたは旨味の相乗効果をご存じだろうか?
鰹節(イノシン酸)・昆布(グルタミン酸)・キノコ(グアニル酸)が混ざると、単体でも美味しいものにさらにブースターがかかり、何倍にも何十倍にもおいしさが感じられる。
味のシンフォニーだ。
千里浜なぎさドライブウェイも同じだ。
映像で見ても間違いなく素敵だが、こうして五感で味わうと旨味が大爆発だ。
困るね、これ。興奮冷めやらぬ。
ちなみに、車線こそないものの、ちゃんとここは僕らのジャパンなので左側通行だ。
僕はなるべく海のそばを走りたいので、すぐ左側に海を見れる北上ルートを使うことが多い。
もちろん南下ルートも使ったことはある。
ここまでの写真は全て北上ルートだったが、ここからは南下したときの写真も入れていこうかね。
南下ルートもステキだ。
海から若干遠いものの、砂浜を感じることができる。
もちろん海だって感じられる。
まぁここで究極のアドバイスなのだが、「一往復しよう」。
千里浜なぎさドライブウェイは無料なのだ。
せっかく訪問したのなら、このくらい堪能しても良いであろう。
停車に注意、愛車の水没に注意
さて、ここに来たらみんなやりたいのは、愛車との撮影だ。
砂浜を写真に撮るだけ、あるいは人間と砂浜の写真を撮るだけ、であればここじゃなくてもできる。
実際にやってみたこともある。
しかし、これではそこいらの砂浜とほぼ代わり映えはしない。
よーく見ると僕らの足元の砂が引き締まっているのがわかるくらいだ。
ただし一般の人は、砂浜での記念撮影の写真を見たときに、浜辺の引き締まり方は気にしない。つまるところ砂浜、引き締まり損だ。
冒頭でも記載した通り、千里浜なぎさドライブウェイのアイデンティティは、愛車を乗り入れできることなのだ。
だったら砂浜と愛車のコラボ写真を撮りたいのは、人の常である。
だからこれが正しい。
しかし、いいタイミングで転がって来た伊右衛門のペットボトル、おまえは正しくない。
千里浜なぎさドライブウェイは、正直どこからどこまでが車道なのか、あやふやだ。
いや、僕がそう思っているだけなのかもしれないが。
夏場などはかなり混雑すると聞いてはいるが、僕の訪問時は不思議と毎回閑散としているのだ。不思議。
みんな、通行のジャマにならないような位置に停車し、記念撮影をしている。
ちなみにバイクはスタンドの下に板切れなどをおかないと、スタンドが砂に刺さって倒れるので注意だ。
あと、これは大事な大事な注意点だ。
砂浜はどこもかしこも安心なのかというと、そういうわけではない。
車道として使われている部分は、砂がシットリと濡れて絞まっている。
だが、そこを反れると場所によっては砂が乾いて白っぽかったり、砂が堆積することでデコボコしている場所もある。
そういう場所は要注意だ。
タイヤを捕られて脱出できなくなるぞ。スタックするぞ。
愛車のスペックとも相談だ。
四輪駆動であればまだ良いかもしれない。
だけども僕の日本6周目の愛車である日産パオだとか、非力な車だとヤバいかもしれない。
海に近づきすぎてはキケンなのだ。
Googleなどで「千里浜なぎさドライブウェイ_水没」と入力すると、愛車を海に近づけすぎたために水没してしまった写真がモリモリ登場する。
砂にタイヤを捕られ、脱出にモタついていると満潮になって水没するのだ。
誠に地獄である。
もっとも、そんなに海に近付く必要もないのでは、と僕個人は考える。
後ろは何もない海なのだ。
好きなように愛車と海の写真を撮れる。邪魔なものは何もない。
無理に近付いてリスクを負うだけの価値はないのだ。
周囲の車をよく観察し、似たような場所に少し間隔を空けて停めれば良いと思うのだ。
まぁこの際なので白状しますがね、僕は過去にここでスタックしかけたことがあるのだ。
まだ危機管理能力も充分にない、日本2周目のときであった。
愛車のステップワゴンを結構波打ち際ギリギリに停めたのだ。
そして写真撮影後、再び走行させようとするのだが、タイヤが空転する。
あのときは焦った。
タイヤの下の砂が掘り起こされて、タイヤはさらに沈む。
アクセルを踏めば踏むほど、深みにハマる。
とりあえず、前進はできないが後退はできた。
さらに海ギリギリなのでドキドキするが、これで砂の深みを脱出。
この状態でローギヤでゆっくりアクセルを踏み、無事に走行開始できた。
他にも脱出策はいくつか考えたが、この程度で脱出できて本当に良かった。
ちょうどこの写真を撮った直後であった。
このくらいの位置は、ヤバいのだ。
いくら車で走れるといっても、砂浜は場所によって全然表情が違う。
自己責任なのだ。
無理のない範囲で楽しもう。
通行止めからの大逆転
千里浜なぎさドライブウェイは、高波などの影響で安全に通行できないと判断されると、通行止めとなる。
後述するが、砂浜自体が狭くなってきていることも、高波等の影響を受けやすくなっている原因かと僕は考える。
昨年2020年は、なんと過去最多の119日も通行止めだったのだ。
1年の3分の1だ。
むしろ今まで僕が一度も通行止めに合っていないのが奇跡なのかもしれない。
しかし、過去1度だけヒヤッとしたことがあった。
日本5周目のときである。
南側の入口に、通行止めゲートがあった。
今日は波が高く危険なので通行止めなのだ。
「バカな…。何度も来ているが、こんなの初めてだ。波打ち際ギリギリでも行かない限り、危険は無いと思うのだが…。」
僕はショックを受け、呆然としたさ。
とりあえず、入口付近の路肩に愛車のHUMMER_H3を停め、呆然としながらドライブウェイを見下ろす。
あー…、せっかく晴れて来たというのに…。
ここで晴天を祝って砂浜を爆走し、テンションをブチ上げようとしたのに…。
すぐに僕の後から兵庫県のナンバーの車がやってきた。
そして僕の後ろに停車する。
車から出てきたカップルは、僕と同様に失意の表情で砂浜を眺めている。
「やっぱ今日は入れないんですかねぇ…?」と聞かれた。
そうですねぇ。よくわからないけど、そうなんでしょうねぇ…。
以前より何度も走行している僕と比べても、ここを楽しみに兵庫県から初めてやってきたというカップルの絶望は見るに堪えないレベルであった。
砂浜の彼方を見つめていると、遠くからパトロール用の黄色い軽トラがこっちに向かって走ってくる。
…あれ?
僕は淡い期待を抱いた。
なぜ今あのトラックがここを走っているのか。
侵入者のチェック、あるいは波や道路の状態をチェックしている可能性が高いのだろう。
もし後者と仮定するならば、ドライブウェイの始点である僕の目の前まで走ってきた後に、「解除可能」・「解除不可」のどちらかの選択をすることになるのだろう。
トラックがドライブウェイ始点の僕のそばまで来るのを、丘の上から辛抱強く見守る。
ちなみにここが丘の上からの光景だ。
一瞬砂浜にいるように見えるだろうが、車のすぐ脇にかなりの高低差があり、その向こうが砂浜となっている。
ドライブウェイの始点付近まで走ってきたあと、パトロールトラックはその場で停止する。
今がチャンスだな。
上から見下ろしていた僕は即座に丘を駆け下り、トラックに乗っていたおじさんに声を掛ける。
「あ、なるほど、走りたいのね。いいタイミングだね。今から開けるよ。」
そう言ってくれた。
やったー!!
千里浜なぎさドライブウェイ、本日オープン1台目として走れる!!
すぐに愛車の元に戻り、横にいたカップルにゲートがこれから開く旨を報告する。
カップルもマジ喜んでいた。
イェイ、お幸せに!!
エンジンをかけ、ゲートの前にスタンバイ。
そしてついに千里浜なぎさドライブウェイに足を踏み入れるのだ。
感無量だ。
砂浜に車を停めて海を見ていると、先ほどの兵庫カップルもすぐそばに車を停めた。
「先ほどはどうも!HUMMERで渚を走れるなんて、最高ですよね!是非写真を撮らせてください!!」みたいに言われた。
なんやかんや、お互い写真を撮ったりした。ステキな交流だ。
そのときにカップルが撮ってくれた写真がこれだ。
(今、お二人は元気に仲良くやっているだろうか?)
砂浜を疾走していると、先ほどゲートを開けてくれたパトロールトラックが、またターンして北上していたところに追いつく。
トラックは北側のゲートを僕の目の前で開けてくれた。
つまり、南側から先に開けてくれたのだ。
ここ北側ゲートの入口はたった今オープンしたということだ。
これはすごいタイミングだったな。
パトロールトラックは「①北口から入る→②南まで走る→③南ゲートを開ける→④北口まで走る→⑤北ゲートを開ける」の作業順だったみたいだ。
これがもし逆側からの作業開始であれば、しびれを切らした僕は南ゲートで待ちきれなくなり、千里浜なぎさドライブウェイの走行を諦めていたことだろう。
ラッキーとしか言いようがない。
千里浜はなぜ車で走れるのか
そんな思い出の千里浜なぎさドライブウェイ。
冒頭記載の通り、日本で唯一の砂浜を走れる道路と言われている。
これを世界に広げても、ここを含めて3つだけだ。
後の2つは、アメリカの「デイトナビーチ」とニュージーランドの「ワイタレレビーチ」だそうだ。
※「頑張れば他の砂浜だって車で走行できるぞ」という声も聞こえてくるかもしれないが、あくまで観光用に世間一般的に、という視点から話すのでご容赦いただきたい。
ではなぜ、この千里浜なぎさドライブウェイは車で走れるのだろうか?
それには千里浜の成り立ちを少し知っておく必要がある。
石川県と岐阜県との県境の「白山」。
川は海に至るまでに山を削り取り、細かい石や砂となったそれらの破片を海に放出するのだ。
手取川が海に運んだ石や砂は、対馬海流に乗って北東に運ばれる。
もちろん、重いものから先に沈む。
大きめの石は、手取川の河口付近の陸地に堆積したりする。
最も細かい粒子が運ばれるのが、河口からおよそ50㎞も北東に位置する千里浜だ。
千里浜は、白山から日本海に至るまでに削り取られた山々の微粒子で出来ている。
細かくかつ均一な粒子がキチッと堆積しているので、ちょっとの衝撃ではもうビクともしない。
さらに浸透圧だろうか?
千里浜の砂は晴れの日でも少し湿っているのだ。
この摩擦でなおさら強固なものとなっている。
これが、千里浜の上を車で走行できる理由である。
「千里浜なぎさドライブウェイ」の名が全国的に知れ渡ったにはそんなに昔のことではない。
三十数年前、一人の観光バスの運転手が、広々とした波打ち際を思いっきり走れたらと、空バスを試走させたのがデビューにつながった。
これはドライブウェイの北側ゲートにある碑だ。
碑の設立年は1995年なので、ざっと1965年ごろ。
それが、千里浜なぎさドライブウェイが産声を上げた時代なのだろう。
消滅するドライブウェイ
僕は地質学者でも海洋学者でもないし、タモリさんでもないので、ここからの説明はさらにアバウトとなる。
千里浜は年々縮小が進んでいる。
砂浜の幅は1994年に50mあったが、2011年に35mになったと言われている。
他のWebサイトでは、過去70mだったのが30mになったとも言われている。
いずれにしても事実なのは、1年に1mあるいはそれ以上のペースで砂浜が消えているのだ。
その要因は1つだけではない。
砂が波にさらわれて沖合に流れ出てしまっているというのもある。
また、手取川にダムを造った影響で、海に放出される土砂が減少したとか不安定になったという説もある。
温暖化等で、海面が上昇したというのも一因かもしれない。
こんなこともあり、高波の日は通行止めになりやすくなったのだ。
せっかくのこの砂浜を守るため、地元はずいぶん前から対策をしている。
砂を運んできてまた補充したりと、このドライブウェイを守っているのだ。
それに、消波ブロックや人工リーフを作り、ちょっとでも砂が遠くに行かないように防いでいる。
それでも、前述の通り砂浜は年々狭くなり、そして通行止めの日も増えているのだ。
正直僕も近年懸念していた。
そこに来て、今回僕がこの記事を執筆する発端となった大事件だ。
2つほどニュース記事を引用させていただいた。
千里浜なぎさドライブウェイのちょうど真ん中あたり、奥行30mほどあった砂浜がなくなり、500mほどに渡って砂浜の道路が水没してしまったそうなのだ。
いや、いきなりこれだけの規模の砂浜がなくなるってのは、大津波でも来ない限り考えられない。唐突過ぎるニュースだ。
調べてみると、2020年の12月上旬から2ヶ月以上も、ずっと通行止めであったそうだ。
ニュースの中では『車の出入口付近が崩壊した』というコメントがあった。
しばらく水浸しであったことに加え、出入口が破壊されたことで「あぁ、出入りもできないし砂浜も無くなっちゃった。\(^o^)/オワタ」みたいな感じでニュースになったのだろうか。
復旧の見通しは立っていない。
今までもどこかから砂を持ってくることで、どうにかこうにか砂浜の減少を遅らせていた。それでも確実に砂浜は減少していた。
今回ゴッソリ水没したこの状態をリカバリできるのか。
前述の通り、車が走れるようなきめ細かい粒子の砂だが、そんなに大量にすぐに確保できるのだろうか。
そして、忘れちゃいけないことがある。
消えていっている砂浜は、何もこの千里浜なぎさドライブウェイだけではないのだ。
同じように全国各地の砂浜が、年々やせ細って行っている。
地球の陸地は少しずつだが常に変化している。
その一環として捉えるのか。
それとも、愚かな人間の環境破壊の一部として捉えるのか。
僕の頭では、正直その判断はできない。
しかしね、また笑顔であの砂浜を走れる日が戻ってくることを願っている。
僕なんかでは願うことくらいしかできないけど、あの砂浜を失いたくない気持ちは強い。
蘇れ、千里浜なぎさドライブウェイ。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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