僕は写真を撮るのがヘタだ。
少なくとも、プロの写真家と対比すれば、とんでもなく低い場所に位置する。
腕も悪いしカメラも安物だし、時間をかけて延々何10枚もの写真を撮ろうとも思っていない。
なぜかっていうと、僕は写真を撮るために旅をしているわけではないからだ。
そりゃ写真も好きだけど、さまざまな要素を自分好みにブレンドして、自分の求める旅を作り出している。
ここに1枚の写真がある。
「摩周湖」からの朝日だ。
"霧の摩周湖"の異名があるので、霧の中から太陽が出ている。
プロの写真家であれば、同じシチュエーションから撮影した1枚の写真で、閲覧者を充分に魅せられるであろう。
しかし、僕にはそれは困難だ。
でも、この1枚の写真を撮るに至ったドラマであれば、語れる。
だって旅人だもん。
同じ時間に同じ場所で写真を撮っていた人もいた。
たぶんその人の方が写真が上手だ。三脚とか使っていたし。
その人にもその人の物語があるだろうが、僕にだって僕だけの物語がある。
旅人として、今回の記事を書く。
旅人は朝日に思いを馳せる
道東、弟子屈の町。
未舗装の砂利道を進んだ森の中に、一軒の旅人宿があった。
そこで僕は久々に、ライダーのkatsu君と再会した。
以前に道東で出会い、一緒に走ったり・東京で飲んだり・山梨でキャンプをしたりした仲だ。
今回同時期にお互い北海道を1人旅しており、北海道半周分くらいを追いかけて、旅の終盤にようやく合流したのだ。
宿は簡素な男女別の相部屋だ。
何もないけど、この空間は旅人たちが輪になって地図を広げ、これまでの行程を共有したりオススメスポットを紹介するのにうってつけなのだ。
明日は稚内以外は大体くもりだという。
僕は日本3周目の残りの海岸線が道南に少し残っているので、明日のうちに函館近辺まで走るつもりだ。
katsu君は「層雲峡」に行くと言っていた。
他のライダーさんも交え、こんな話をする。
それぞれが旅人。またどこかで会うこともあるかもしれないが、基本的には一期一会だ。
ちなみにこの宿、1泊2食で3000円。大変にありがたい価格だ。
以前ここに泊まったときはもっとすごくて、2000円台の上にお寿司食べ放題だった。
夕食を食べ、そして飲み会タイムだ。
お酒もオツマミも無料。あとはお土産を買ってきた人、カンパがある人はそれを振舞ったりと、自由だ。
僕は今日は早々に飲酒を制限し、「明日は早起きして朝食前にドライブしようかな」と言い出した。
明日は道南に向けて一気に走る。観光よりも走行を重視する日なのだ。
だから朝のうちに「摩周湖」とか「硫黄山」とか見ておこうかなって思っている。
摩周湖の第一展望台は普段有料だけど、早朝だったら料金所も閉まっていて無料なのだ。早起きは三文以上のお得なのだ。
そしたらkatsu君が、「どうせなら摩周湖で一緒に朝日見ましょう。」って提案してき
た。
「いいぜ」って言いながら弟子屈の日の出時間を調べたら、4:30だった。ヤベェ。
ちなみに夏至だと3:40くらいの日の出だ。ハンパねぇ。
未明の弟子屈は霧の中
3:45に起きた。当然部屋の中は真っ暗だ。
横に寝ているkatsu君を起こす。
そして、他の人を起こさないように静かに窓辺まで行き、天気をチェックする。
窓の外は真っ暗で何も見えないんだけど、なんだかポツポツと雨が降っているよう
な音がする。
えっ!?まさか雨っすか!?
一瞬固まる。これは朝日を見に摩周湖まで行ったところで無駄足になるんじゃな
かろうか。
katsu君と話し合う。そして結論が出た。
行こう。せっかくこんな時間に起きたんだから。
そして、例え朝日が見れなかったとしても、それはそれで旅の思い出。
笑い話のネタくらいにはなるだろう。
笑えるなら、それでいいのだ。旅なんて、そんなもんだ。
ジャージのまま、最低限の所持品だけで外に出た。
外に出ると、モヤの中に薄っすらと月が見えた。
ちょっと安心。
分厚い雲が出ているわけではなさそうだ。
そして雨も降っていなかった。
さっき聞こえたのは夜露の音だったのだろうか?ナゾだ。
愛車の助手席にkatsu君を乗せ、摩周湖を目指して出発した。
周囲は全ての有無だった。
街中に出たが、当然のごとく町は静まり返っていた。
弟子屈の町の中心地の自販機で、缶コーヒーを買った。
8月とは言え道東の未明はとても寒いので温かいのを飲みたかったんだけど、冷たいのしかなかった。
濃霧の中、我慢して飲む。体はさらに冷えたが、目は覚めた。
2人でワハハと笑う。
市街地を抜け、道道52号を摩周湖に向かって北上していると、早くも空が明るくなってきた。
弟子屈の町の中はずっと深い霧だったけど、「摩周湖」への峠道はちょっと霧が晴れている。
これはもしかしたら日の出を見れるかもしれない!
テンション上がる!
…と思いきや、またすぐに深い霧の中に突入してしまった。
絶望しかない。
霧の中を慎重に走っていると、右手に摩周湖の第一展望台が見えてくる。
霧で駐車場自体がよく見えないくらいな状態。
ダメだ、今回の人生…。
しかし、僕にはまだわずかながらも希望があった。
希望の火は、まだ消えてはいない。
これが、摩周湖の西岸にある2つの展望台の位置関係だ。
あなたは第2展望台がないことに首をかしげるかもしれない。
昔は、第1と第3の間にあったそうなのだが、遊歩道を歩いて出ないと行けない上、現在は完全に閉鎖されて歴史の深淵に沈んでいる。
まぁそれは置いておいて、重要なのは標高差だ。
現在地である第1展望台よりも、3㎞ほど北にある第3展望台の方が、標高が120mも高い。
もしかしたら、第3展望台は霧の上かもしれない。
霧を突き抜けた。
第3展望台のわずか300mほど手前で、一気に視界が晴れたのだ。
そして頭上には再び月が輝く。
katsu君と共に「うおぉぉぉーー!!」って咆哮したよね。
さぁ、間もなく空が焼けるぞ。
雲上の幻想世界にて
4:24、僕らは摩周湖第3展望台に到着した。
空はボンヤリと明るくなってきてはいるが、まだ太陽が昇る気配はない。
日の出は4:30であり、海が見える立地であればもう空は真っ赤であろう。
しかし、ここは山間部だし下界はスッポリと霧で覆われている。
まだ時間はかかるだろう。
…「硫黄山」だ。
かろうじて雲海の上に顔を覗かせている。
こんなにおとなしい硫黄山は初めてだ。
小さいながらもカッカしている硫黄山、今は白いお布団を掛けてスヤスヤ寝ている…。
ちなみにこれが、快晴のときに下から見上げた硫黄山だ。
ボコンボコン噴火して、すごい迫力なのよ、これ。
では、摩周湖側を眺めてみよう。
反対側の硫黄山ばかり見ていたら、後ろでkatsu君が「湖が朝焼けに染まってきたー!」と僕を呼んでいるので。
あ、すっごいこれ。
雲の大海原だ。雲海とはよく言ったものだ。
呑みこまれそうだ。
信じられるかい?この下は一面の湖なんだぜ。
その湖面を分厚い霧がしっかり覆っている。
本当に、ギリッギリで雲の上にいるのだ。
あと10mも下だったら、全く何も見えなかったかもしれない。
霧の町釧路の海で発生した大量の海霧が、地形に沿って80㎞も内陸の摩周湖までやってくる。
そして、この摩周湖のすり鉢のような窪みにカポッとハマるのだ。
僕は、日本3周目に至るまでに何度か摩周湖は見ている。
しかし、スッキリ晴れ渡っているシーンが多かった。霧の摩周湖は久しぶりだ。
尚、晴れている日の摩周湖の話は、機会があれば別記事としてご紹介したい。
それはそれですんごいから。
普通であれば湖面が見えないとガッカリするのだろうが、今はこれが嬉しい。
湖に雲海だもんよ。
こんなシチュエーション、他にあまり知らない。
何枚だって写真を撮るさ。
今日はこの後、曇り予報なのだから。
今のうちに絶景を堪能しておかねばならない。
さらに言うと、僕はこの旅で日本3周目が終わる。
てゆーか、明日の夕方のフェリーで北海道を離れるので、本当にクライマックスなのだ。
旅が終わったら、日本3周目の後半を担当してくれた愛車のトヨタbBとも別れる。
何もかもが終わるを迎えるのだ。
だからこそ、今日のこの朝が感慨深い。
僕ら以外にはカメラを構えたおじさんが1人いるのみだったが、空が明るくなるころには7・8人に増えた。
みんな頑張って早起きしてきたのだな。霧の中、ここまで車を走らせてきたのだな。
仲間よ。
「日が昇りますよ…!」
katsu君が山の稜線を指さした。
摩周に金色の朝日射す
4:45。
静かに朝日が昇った。
映画のワンシーンかな。…って思うほどのドラマティックなシーンだ。
かすかに風が吹き、雲海がうねる。
寒すぎない程度のそよ風が、向こうから朝日を運んでくる。
僕らは、ただ無言であった。
katsu君が朝日の方を向いたまま、口を開いた。
「正直、あの天気で朝日は見れないと思っていた…。YAMAさんが『行く』と言わなければ1人でここまでは来なかった。だからこそ、感動です。」
僕も、1人だったら来なかったかもしれないな。
いずれにしても、旅先で誰かと一緒に朝日を見れるってのは貴重だ。
マジ、ありがとうだぜ…。
湖とは思えない、まるで深い山脈にいつかのようなこの絶景。
僕の人生の中でも有数の朝日だ。
これで日本3周目が終わる。
僕はこれを機にドライブ人生を引退しようかと思っているが、もしかしたらまだ続けるかもしれない。
だけども、これを超える朝日を見れるだろうか?
少なくとも、今日のこの日のことはずっと思い出に残したい。
摩周湖が真っ赤に焼けた。
一発逆転だ。
これにてミッション終了!
帰り際に見た、道路の反対側の硫黄山は、さっきよりも少しだけ頭が出ているように思えた。
なんだか天空の城の「竹田城」みたいな構図だな、これ。
宿に戻ろう。
車を走らせるとすぐに、また霧に包まれた。
摩周湖第1展望台もまだ霧の中だった。
僕らは本当にラッキーだったのだ。
宿に戻ってからも、興奮でなかなか寝付けなかった。
*-*-*-*-*-*-*-
そしてチェックアウトのとき。
層雲峡に向かうkatsu君と、函館を目指す僕とは途中までは同じルートだが、別々のタイミングでの出発だ。
僕らそれぞれに自分だけの旅がある。
自分のタイミング、自分のペースで走るのだ。
「また会えたら会おう」と握手をして、バイクで走り去るkatsu君を見送った。
「阿寒湖」や「オンネトー」を観光しつつ足寄の町まで来たら、偶然バイクを走らせるkatsu君を見かけたりしたんだけどね。
一瞬であったが、お互いピースを交わした。
バイバイ。
君の行き先に栄光があることを祈る。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報