富士の樹海こと、「青木ヶ原樹海」。
富士山の山麓に位置する広大な原生林である。
日本でもっとも有名な自殺スポットではないだろうか。僕も小学生のころから、「あそこは恐ろしい場所だよ」と、村に古くから伝わる悪霊の伝説のように聞いていた。
もう樹海と聞いただけで、忌まわしいものを見たかのような気持ちになったものだ。
確かに樹海は怖い。確かに自殺者も多い。
しかし、世間一般で言われるほどの「入ったら抜け出せない魔の森」ではなく、散策用の道も整備されているという。
(もっとも、それを踏み外したらマジに遭難の可能性が高くなるらしいが)
青木ヶ原樹海は、怖い顔も持っているけど、きっと一般観光客向けの優しい顔も持ちあわせているのだ。二面性なのだ。
だったら僕は、そのスレスレの部分を歩いてみよう。
…1人で。
富士山麓で車中泊
本編とは直接関係ないが、気分を盛り上げる意味も兼ねて、前夜に富士エリアで車中泊をしたので、その話からしよう。
…暗い。灯り1つ無い、漆黒の闇。
ここは「富士山スカイライン」の標高1200m地点にある、「西臼塚駐車場」だ。
時刻は深夜の1:35。
6月だがこの場所のこの時間は、気温1ケタである。寒い。
そんな富士山の深い森の中だが、ここに来るまでの走行中、シカ10数匹・ヒト1人を目撃した。
シカについては、ホントたくさん道路に飛び出してきてサファリパークて的な気分を味わえた。
ヒトについては、この極寒かつ真っ暗な深夜の山道を、リュックを背負いヘッドライトのみで1人歩いていて、ホラーな気分を味わえた。
さて、駐車場に入ったものの、愛車パジェロ・イオのヘッドライトでは、どんな広さの駐車場でどういう区画になっているのかすらわからない。
そのくらいの闇なのだ。
また、路面が砂利のダートなので、例え区画があったとしても、この闇ではわからないレベルだと思われる。
少なくとも、ヘッドライトを照らした範囲内では他に車も停まっておらず、ある程度の広さの敷地内に僕以外はいなさそうだった。
さらには、周辺には車通りもないし、一切の照明もない。
それだけに空は満天の星空だった。天の川も見えた。
では、闇に抱かれて寝るとしよう…。
いつもそうしている通り、車の窓を少し開けて寝ることとした。
すぐ横で、ヒソヒソと人の話し声がすることに気付いたのは、それから間もなくだった。
今初めて気づいたような気もするし、横になる前に星空撮影をする際に外に出たときにも声が聞こえていたような気もする。
でも、とにかく話している人がいるの。内容までは聞き取れない。
さっき駐車場に車で入ってきたときには僕以外の人や車はいないように感じたが、実はいたのか。
真っっっ暗なので全然周囲は見えない。目は開けていても閉じていても同じだ。
しかし話声の音量から、ここからの距離は10mほどではないかと推測した。
結構近い。地面が砂利だから、テントでも張っているのだろうか??
僕は星空撮影のために車のドアを開け閉めしたり、携帯電話のカメラで「パシャ」とか音を鳴らしていた。
ご迷惑でしたね、すみません。
改めて、僕は布団に潜り込む。
深夜の2:20。
寝 れ な い
ナニコレ?
寝れない事件勃発。
さらに頭がイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。
ついでに気持ちが悪い。
そして、隣からのボソボソ声がまだ聞こえているんだ。
たぶん男女。ある程度抑揚があるので、断じて動物や鳥の声ではない。
真っ暗な中、何時まで起きているんだよ…。
… うーん、うーん …
どのくらい時間が経ったのかわからないけど、まだ寝れない。
車中泊の旅はこれまで無数にしていたけど、こんなことって初めてだ。
もしかしたら寝れていたのかもしれないけど、すごく眠りが浅くて寝た気になっていないパターンかもしれないが。
だとするなら、体は寝ていても頭は起きているような、一番疲れるパターン。
時間を確認したいが、時計は真っ暗で見えない。
携帯電話を見れば液晶画面から確認できるが、その光でまた目が冴えてしまうことを懸念して辞めた。
それにしても、隣は何を話し込んでいるのか…。
窓を閉めておけばよかったなぁ、ホント。
4:05、起床。
ほとんど寝れていないけど、起きた。
若干空も白み、周囲が見渡せるようになったし。
イテテテテテ…。
頭痛に耐えながら、気になる隣人を確認するため、重い体をシートから起こし、窓から外を覗いてみたんだ。
だーれも いませーん …
どういうこと?
ついさっきまで話し声が聞こえていたよね?
僕が寝ている間に出発しちゃったのかもしれないけど、車にしろテントにしろ、それなりの音はするハズだよね…?
あれれ?なんだ?オバケか??
どっちでもいいけど、なんか気分悪いので早めに出発しよう。
死ぬほど頭が痛いし、右腕がハンパない倦怠感なんだけど、なんとかパジェロイオにエンジンをかける。
ブルン、ブロローン…。
エンジンがかると共に、なんかメチャクチャ生臭い風がエアコンの吹き出し口から出てきた。
おっ、おえぇぇぇぇ--…。
なにこの臭い。強烈。ダメこれ。
早く走ろう。窓全開で走って、車内の空気を浄化しよう。
僕は起きてからわずか5分後、4:10にアクセルを踏んだ。
サイドミラーを見てみると、黒い森の向こうから富士山がデロ~ンって出てきた。
うわっ、キモッ!
壮大で神々しいはずの富士山が、このときばかりは邪悪に見えた。
このあとは、「朝霧高原」で朝食を食べたり、日の出を眺めたりと、なんやかんやがあったのだが、そこは割愛しよう。
早朝5:30、僕は青木ヶ原樹海にやってきた。
霧の中の青木ヶ原大橋を渡る。
…いろんな意味でトワイライトゾーンだぞ、この先は。
樹海を単独散策する
※特にヤバい写真はございませんが、想像力が豊かな方については食事中の閲覧はお辞めいただけるようお願いします。
最期の地を探す心理
僕が今回探索の起点として選んだのは、「富岳風穴」という樹海内の観光洞窟の脇から入る散策路だ。
風穴の駐車場の端の端、一番樹海の開口部付近に愛車を停めた。
もし、あなたが「なーんだ、観光地の横だったら、自殺者なんているハズないよね。安心安心。」とお考えなのであれば、それは間違いだ。
なぜなら、自殺者は樹海のエキスパートではない。
かつ、バスでの来訪が最多だ。マイカーで来るにしても、それなりな駐車場がないと駐車困難だし、タクシーにしても不自然ではないスポットを指定しないと、ゴリゴリに怪しまれるだそう。
そして、樹海エリアだけども1人でバスを降りても不自然じゃない場所といえば…。
ここ「富岳風穴」や「西湖コウモリ穴」・「鳴沢氷穴」の3箇所が、その筆頭なのだ。
ちなみに、上記の理論は下記リンク先の文書を参考とさせていただきました。
◆青木ヶ原自殺対策事業【山梨県】
… 山梨県福祉保健部障害福祉課
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/33.pdf
◆自殺多発地における保健所・精神保健福祉センターの取り組み
… 山梨県立精神保健福祉センター
… 山梨県富士東部保健福祉事務所
https://www.pref.yamanashi.jp/seishin-hk/documents/22-2j.pdf
さて、上記の通り現在の時刻は早朝の5:30台。
こんな静まり返った時間帯に、僕のような根暗そうなメガネボーイが1人で歩いているところを目撃されたら、マジに上記引用したようなボランティアスタッフから心配して声をかけられるだろう。
そうならないうちに、僕は霧に紛れてスルリと樹海に潜入するとしよう。
では、ちょっと留守番を頼むぜ、我が愛車!
樹海には、『借金は必ず解決できる』とか『命は親からもらった大切なもの』だとかの、自殺抑制のおなじみの看板がある。
そして、それに加えて異様に圧迫感を感じたのは、監視カメラだった。
こちらをジッと熱烈に見つめる眼差しを感じた。
カメラにはこっちもカメラで対抗だ。
僕もオマエを監視してやろう。「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」。
僕は久々の樹海潜入だ。しかし単独は初めてだ。
ところで樹海の内部であるが、おそらく誰もがイメージする樹海に比べて、木々は細い。
原始時代からの巨木がうねるように育っているさまを想像するかもしれないが、意外と貧弱なのだ。
なぜなら、樹海はまだ若い森。
だいたい、1200年前にできたばかりという。
西暦864年、富士山は大きな噴火をした。ダイナミックに溶岩が流れ、北西の山麓を一面焼け野原にした。
その溶岩が冷え固まった後、若い木々が芽吹き、少しずつ森となった。
それが青木ヶ原樹海だ。
溶岩の上の森だから、十分な土がない。
土がないということは、栄養も少ないわけだし、木々が高く太く伸びようとしたところで、そのウエイトを支えるだけの基盤がない。
だから、木は細いのだ。
だから、このように太くて立派な木があると「おっ」って思って足を止めてしまう。
それと、木々は針葉樹が多い。僕は木の種類は全然詳しくないけど、ヒノキやツガが多くを占めると聞いたことがある。
これらの木は、枝分かれがそんなにない上、分岐したとしても人間の手が届かないような上の方だったりしている。
僕は、正直自殺者の気分で周囲をキョロキョロしていたのだが、安易にロープを設置して首を吊れそうな木はそうそうはない。
例えばこのようなちょうどよい感じの木は、かなりのレア案件だ。
もしかしたら、何度か使用されてしまうのかもしれないなって思ってしまう。
あなたは「いや、そんな歩道の近くで自殺なんてしないでしょ?」と思うかもしれない。僕もそう思った。今でもちょっとそう思う。
しかし、「見つけてほしい」という心理も働くらしく、すっごい樹海の深部で自殺する人は少ないそうだ。
むしろ、歩道付近が多いのだと聞いたことがある。
また、首を吊らないにしても、心理学的に人間は無意識に特徴的な場所でその歩みを止める傾向があるのだという。
「ちょっとここで小休止」・「ここで携帯電話をチェックしようか」。
それらの行動に関係がなくっても、人は何かランドマークとなるところで立ち止まる。それが己の人生を終える場所であれば、なおさらかもしれない。
上の写真のように、細い木が乱立する中に突如としてユニークな樹木があったら、それは最期を迎えるスポットとして魅力的に映るのだろうか…。
だから、昔どこかで耳にしたことがある。
青木ヶ原で毎年行われている一斉捜索では、だいたい決まったところを探せば自殺者の遺体を見つけられる可能性が高いのだと。
最期の地を探す者の心理は、みんな似通っているのかもしれない。
どこかの誰かの「落とし物」
前項に続いての見聞だが、自殺者は夕方くらいに現地入りするケースが多いと聞いたことがある。
つまり、発見されるとしたら翌朝である。
だから、僕は実は少しだけビクビクしているのだ。
だってさ、本日最初の樹海の訪問者は、きっと僕なのだから。
こんなものを見てしまうと、一瞬「ヒュッ!」っとなって息が止まってしまう。
人によっては、やはり最期に「見つけてほしい」という感情が働くのか、身に着けているものを歩道そばの目につきやすい場所に残してから、奥のほうへと足を踏み入れるケースも多いようだ。
では、僕が樹海の中で見かけた人工物を紹介しようと思う。
これは歩道から少し離れた場所で見つけた。
お酒の空き缶、5本だ。
樹海の中で、パーリーピーポーが酒盛りしていたのか?
そうでないとしたら、お酒の力を借りたのか?
まだ前者であることを願いたい。
コンビニ弁当だ。牛カルビ。おぉ、なかなかの奮発ではないか?
これも歩道から少し反れたスポットにあった。賞味期限は2ヶ月前。
牛カルビ弁当をコンビニで買って温めてから、ここでピクニックをしたのだろうか?
オニギリ・サンドイッチのような常温に強いものか、せめて冷めてもおいしいオカズのお弁当をチョイスしたほうが無難と思われるが…。
この弁当の主は、牛カルビ大好き人間のピクニックの残骸なのだろうか?
それとも、最期に奮発して一番高いお弁当にしたのだろうか?
まだ前者であることを願いたい。
スズランテープも、歩道を反れたところに設置されていた。
前者は目で追えないほどに深部に繋がっている。
興味本位の探訪者なのだろうか?
後者の2本の木の間を渡したテープは、何のためなのだろうか?
いずれにせよ、ほとんど茶色と緑だけで構成されるこの世界において、白や赤というのはすごく目立つのだ。
それだけで、小心者の僕の心臓は、ビクッと跳ね上がる。
なかなかにオーパーツ的なものを発見した。
最初は電源ケーブルかと思ったが、これは違うよな??
たぶん玉碍子(がいし)だ。電線の支線部分の絶縁に使われる、磁器のパーツ。それと、ダランと横たわっているのは電線だ。
もしあなたが気になるのであれば、下記リンクから「玉がいし」を調べてみてほしい。
…これは灰皿だろうか?土管のような造りだが。
Webで調べたところ、こういう灰皿も存在はしていたこともあるそうだが…。
しかし、原生林の中に灰皿とは、にわかには信じられない。昭和時代の名残か?
この原生林には、旧時代の落とし物もあるようだ。
美しき原生林
僕がこの青木ヶ原に来た目的の1つは、「単純に原生林を楽しみたい」というもの。
昔から森林ウォークは好きだし、屋久島では苔の魅力に目覚めたし、来週も「関西最後の秘境」と言われる原生林を探索する予定なのだ。
その前哨戦の意味もあって、今回この原生林へとやってきたのだ。
前述の通り、青木ヶ原樹海のベースは溶岩である。
噴火の際の溶岩流はすごい起伏がある。そんな状態で溶岩が冷え固まったから、地面もデコボコなのだ。
そのデコボコの上に、わずかな土壌があり、苔がそれを覆っている。
それが青木ヶ原の特徴だ。
中には、その当時の溶岩がそのまま露出している部分もある。
30haある青木ヶ原は、全てが溶岩フィールドなのだ。
さらに、その溶岩をしっかりとホールドするために、木々は溶岩を伝うように根を張る。いかんせん、潜り込むだけの土がないから、這うしかないのだ。
これでさらに地面はデコボコとなる。
まるで血管のように、木の根が地表を舐める。
この溶岩地帯を人が真っすぐに歩こうとしても、起伏が激しすぎて迂回などを繰り返さざるを得ない。
そうこうしているうちに、「真っすぐ」がどっちなのかさえもわからなくなる。
これが「迷い込んだら脱出できない森」の理由だ。
よく、山菜取りの人が行方不明になるニュースがある。
最終的に(生死にかかわらず)登山路から数100mも離れていない場所で見つかるケースが多いが、森ってそんなものらしい。
一度登山路が見えない場所に行くと、方向感覚を失う。
戻ろうにもどこから来たのかさえもわからなくなる。
普通の森でもそうなのだから、青木ヶ原樹海のこの起伏ではなおさらだ。
溶岩は固いから、躓いたりするとヘタすりゃ皮膚も肉もスパッと切れる。苔が覆っているから気付きにくいが、心の中にナイフを秘めているぞ、ソイツは。
だから相当な準備がないと、内部には足は踏み込めない。
当然僕も、歩道からはほぼ反れないように細心の注意を払った。
あと、万が一のためにマーカー用のスズランテープも持参してきている。
また、足元も注意だ。
溶岩樹型という現象がある。溶岩が流れて木々を飲みこんだが、その木々が悠久の年月を経て朽ちてしまう。そうなると、溶岩の中に木のかたちの空洞ができあがる。
樹海の中には、いたるところにそういうものがある。
大木が飲み込まれると、それはそのまますごい大きな落とし穴となる。
上の写真のように、細い木であれば小さい空洞となって残る。いずれにせよ、注意して歩いたほうがいい。
7:00になり、樹海の中までしっかり日が射し込むようになった。
あぁ、木漏れ日が美しい。
既に樹海に足を踏み入れてから1時間半。
この後の予定も鑑みて、僕は樹海探索を2時間半としておきたかったので、ここでUターンをする。
苔にも着目してみよう。
青木ヶ原樹海の特徴の1つが、この苔だ。溶岩の土壌をモコモコと緑に覆っている。
屋久島の「白谷雲水峡」を彷彿とさせる。
なんでこんなに苔が多いのかというと、駿河湾で発生する湿った空気が富士山に激突して雨や霧になるから。
高い湿度が保持されていることで、ここは苔の世界となっているのだ。
まさに一面、モスグリーンである。
青木ヶ原、それは貧弱な溶岩大地に必死に生きる、木々と苔の世界。
深い森に、今まさに日が差し込む。
神々しいな。
昨夜や今朝のダーティーな雰囲気を吹き飛ばしてくれるかのような、光のシャワー。森も喜んでいるかのようだ。
こんなにもステキな森。
東京都心からでも2・3時間で行ける大自然。心安らぐ森林浴スポット。
なのに日本最大の自殺の名所という、大変不名誉なレッテル。
地元はこの青木ヶ原のイメージ払拭に心血を注いでいる。
苔たちが、頭をもたげて僕の歩みを眺めている。
苔たちに見送られ、僕は最初の富岳風穴に順調に戻りつつある。
さぁ、そろそろゴールだ。2時間20分ほどに及ぶ、僕の早朝ウォーキングが終わりを告げる。時刻はまだ朝の8:00前だが、今日という日に大きな満足感を得られた。
ありがとう、青木ヶ原樹海。
少しだけ怖い、でも美しい森。
この森に、笑顔が溢れる日を僕も待ち侘びる。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報