大正レトロな旅館が立ち並ぶ「銀山温泉」。とりわけ雪の積もった夜の景観は幻想的で、多くの人の心を捉えて離してくれない。
僕も初めて銀山温泉を散策したときは、まるで初めて大規模遊園地を訪れたときのような高揚感があったよ。でも遊園地のようなシンプルでストレートな高揚感ではなく、歴史や文化の重さも感じる、もっといい意味での緊張感を持ったものだったけどな。

では今回は、夜にフォーカスして銀山温泉を語ろうか。
大好きすぎて何度も訪問しているが、夜訪問の部分だけ抜粋するぞ。
立ち寄り入浴したら熱湯風呂
銀山温泉には立ち寄り湯ができる施設が少ない。若干あるものの、日中のわずかな時間のみの利用可能だったりしている。
暗い時間に入浴できるのは、共同浴場「かじかの湯」の1軒のみだ。この共同浴場は残念ながら2018年に廃業してしまったが、その前に訪問できたときのことを書こう。

17時を回り、秋の東北は急に寒さを増した。空も深い紅色に変わる。頃合いだな。僕は真っ暗になると同時に銀山温泉に到着できるよう、車を走らせる。
山間部や小さな住宅地をクネクネと抜け、不安になるくらいの山間部に入っていく。標識には「銀山温泉」と書かれているけど、ここでいいのか?「この先駐車場はありません」みたいに書いてあるけど、どこに車を停めればいいの?
暗いので全くわからず、不安を胸に抱いたまま、温泉街の付近までやってきた。
よく見ると周囲に共同駐車場みたいなものがある。しかしその駐車場内はかなり車輌でギュウギュウだし、よくみると宿と思われる名前が書いてある。これ、宿泊者じゃないと駐車しちゃダメなのかなぁ?ハンドルを握ったままオロオロする。
すると宿のマイクロバスに乗ってちょうどやってきた従業員さんらしきおじさんが、僕を見て声を掛けてくれた。そして「観光で来たのなら、あそこの空いているスペースに停めていいよ」って提案してくれた。やったー、ありがとう!しかも無料!

駐車場から温泉街に向かって歩き出すのだが、真っ暗だし人もいない。もう日帰り観光客は帰っちゃったのかな?宿泊客はもう温泉街の外を歩くような時間でもないし。
本当にこっちでいいのか不安になりつつ、真っ暗な道をテクテクと5分ほど歩く。するとようやく遠くに煌びやかな照明が見えてきた。

あぁ、「これぞ銀山温泉」っていう光景は、温泉街の最深部の突き当りにギュギュッとまとまって存在しているのだな。
こうやって夜に歩くことで、その賑わいの分布がしっかり把握できたよ。明るさと人の数で如実に表されているもんな。

あぁ、荘厳な光景。川が流れ、両脇が谷に挟まれた地。その川の両側に温泉宿が立ち並んでいる。なるほど、これは車は入り込めないね。川沿いの道は全部遊歩道レベルの狭さだし。

温泉宿は、その1つ1つがすごく綺麗な金色にライトアップされている。
ガイドブックだとかWebサイトの写真って大袈裟に加工してあるものも多いけど、ここのはそのまんま無加工ですごいよ。山奥に突然ポッカリと現れた黄金郷みたいな場所。
僕の目が喜んでいる!きっと僕の瞳にもこの金色の旅館群が写り込んでキラキラしているに違いない!1人旅だから誰もそれを確認してくれないけども!!

まだ17時台だというのに、ほとんど観光客が出歩いていないのだな。ちょうど夕食の時間に差し掛かるくらいだからかな?
おかげで僕は自由気ままにこの空間を散策できている。宿泊しないがゆえのゴールデンタイムなのかもしれないな、今は。

「永澤平八」っていう旅館から奥がとんでもない絶景だな。ハイライト中のハイライトだな。そして「能登屋旅館」・「いとうや」…。こういうところに予約できたら最高だな。覚えておこう。宿泊できる、その日のために。
その奥は川が折れ曲がるとともに、温泉街も折れ曲がる。
いくつかお土産物屋があるものの自然身味のあふれる細い遊歩道になり、1・2分歩くとその遊歩道が真っ暗な山の中に消えていく。
この先には滝や坑道があるらしいが、暗い時間に行くところではないね。折り返そう。

では温泉に入ろう。共同浴場かじかの湯での入浴だ。川に迫り出すようなすんごい立地であり、上の写真は対岸から撮影した。
川の向こう側は、浴場の軒下を通らないと横断できない仕様なのだ。すげーな。

建物の正面に、いきなり男湯と女湯の暖簾。玄関的スペースなんぞないスタッフさんもいない。キラキラした銀山温泉において、無骨に入浴のことだけを考えている施設なのだな。ストイックスタイルだ。
暖簾の前に料金300円を入れるための箱があるので、そこにお金を入れて丸ノブのドアをガチャっと開けて、勝手に中に入る。

暖簾のかけてあるドアを潜った位置からの撮影したものがこれだ。
右手に靴箱、一番奥に12個のロッカー、そして左手が湯船。以上。潔い造りだ。とても狭い。洗面台だとかドライヤーとかトイレとかはないからな。
他に客もいなかったので大丈夫だったけど、ひしめいていたらキッツいね。
風呂も確かシャワー1つに湯船があるだけ。湯船に入ってみると飛び上るほどに熱い。
蛇口には「水を入れていいけど入れすぎ無いようにね」っていう貼り紙があったので、水を足してなんとか入れるレベルにもっていった。
しばらくするとツーリングライダーさんが3人ほどやってきて、やはり熱い熱いと言ってた。1人はもうギブアップで、全然入れない状態となっていた。かわいそう。
「いつもこんなに熱いんですか?」とか聞かれたりしたけど、知らないっす。僕も驚愕しております。ライダーさんたちとは世間話をして別れた。

ひとまず初回はこれでいい。また次くるときは、銀山温泉ならではの楽しみ方もしてみたいものだな。
夕暮れ空とはいからカリーパン
再び銀山温泉にやってきた。
それは寒さが身に染みる日本6周目の11月。気温は7℃だという。今シーズン一番寒い。夕方に一気に冷え込んだので、慌てて上着を重ね着した。

時刻は16時を回ったくらいだ。いいタイミングだ。徐々に暗くなる空を眺められるだろう。秋の日没は早い。例の旅館が立ち並ぶスポットに歩いているうちに、みるみる空は暗くなっていく。

16:30、到着した旅館街には間もなく夜がやってくる。山の谷間にあたるので、夜がやってくるのが早いのだなぁ。
今回は夜をテーマに記載するので詳細は端折るが、夕暮れの景観をいくつか巡り、そして煎餅屋さんで超絶固いお煎餅を買った。ご主人が「前歯を折らないように慎重に食べること」と真顔で言っていた。

旅館街を少し過ぎ、もうすぐ山間部エリアに入ろうというところに「はいからさんのカリーパン」というお店がある。ここ、以前から気になっていたのだ。"はいから"という言葉だけで僕、ノックアウト寸前だよ。なんか惹かれまくる。

名物のカリーパンは1つ210円。食べ歩きにちょうどいい気軽に買えるお値段だ。今回は同行者がいて2人なので、合わせて1つ買ってみよう。
山形県産の小麦粉ブランドである、"ゆきちから"を使ったパンなんだって。

外側はサクッと軽く揚がっているが、中はかなり弾力のあるモチモチの生地。そしてカレー自体はわりとスパイシーだ。
温かい状態で買うことができたのでハッピー。暗くなる小川を眺めながら食べるの、なかなか風情があるね。

さらに奥にある「疎水抗跡」・「白銀の滝」などを眺めたんだけど、ここも割愛。
間もなく17:00。いよいよ本格的な夜がやってくる。灯ったガス灯が夕暮れ空に映え、みんな写真撮影をしている。もちろん僕もだ。

良い。この時間がとても良い。以前に訪れた際にはこのエリア到着時には完全に闇になってしまった。だから夕暮れのまだ明るい時間を狙ってきたのだ。
これ高所からの夜景でもそうなんだけど、真っ暗よりも少し空が明るい時間帯の方が見栄えが良かったりする。そこから真っ暗になるまで、グラデーションのような空の変化を眺めるのが、個人的ベストプランなのだ。

能登屋旅館と永澤平八旅館。この2軒の並びがとても好きだ。永澤平八については次の章で大きくスポットが当たるので楽しみにしておいてくれ。

以前入浴したかじかの湯は既に取り壊されてしまっていた。少し切ない。昭和レトロな古い温泉街ではあるが、ちょっとずつ新陳代謝が行われているのだ。これも時代の流れよ。

「古山閣」。ここのライトアップがすんごい。
特に、明るい時間帯には見立たなかった、2階に設置されている鏝絵っていうレリーフのような鮮やかな絵画が浮かび上がっていて綺麗だ。どうやら四季折々の景色を彫って、展示してあるのだそうだ。
これと相まって、この古風な旅館全体が「千と千尋の神隠し」みたいな雰囲気になっているね。見とれる。

最後は足湯だ。このためにタオルを持ってきた。小川沿いに設置されている足湯に足を浸けるとギンギンに熱く、途端にポカポカだ。空気はピリッと冷たいが、身も心もほっこりする。
あぁ、いいなぁ、銀山温泉。
老舗旅館に宿泊してみよう
雨降る夜の温泉街
晩秋の小雨の降る日のことだ。僕はこの銀山温泉の旅館である永澤平八に宿泊したことがある。数年前から親を招待しようと思っており、それが実現したのだ。時系列的には前章よりも前に当たる。

上記が宿泊した永澤平八だ。
いきなり夜の写真のご紹介になるが、明るい時間は宿の中でお茶飲んだり、温泉街の各所を散策したりしていた。
ところで宿泊者だと、旅館外の駐車場まで宿のワンボックスカーが迎えに来てくれるんだよ。しかも小雨だからカサを持ってワンボックスに乗り込もうとすると、「カサが濡れてしまってはもったいないので、滞在中は旅館側で貸し出しますよ。カサは車の中に置いておいてください。」と言われた。なんて嬉しいサービス。
もっとも、カサは既にビショビショに濡れているのだがね。
車は温泉街の目の前の「白銀橋」まで行ってくれ、そこからら先の温泉街の中は車は入りきれないので徒歩。荷物は雨が入らないようにカバーをしたリアカーでスタッフさんが運んでくれた。

17:30、既に真っ暗だが夕食の前の散策を開始した。
玄関ロビーではスタッフさんが「寒いのでぜひコートも着ていってください」と無料貸し出し用のコートを薦めてくれた。
実は僕はさっきまで旅館内の灼熱温泉に浸かっていたから、むしろ外の冷気にあたって中和させたい。母親だけ貸出コートを借りての外出となった。

これらの光景にはみんなで「わぁぁ…!」って歓声上げたよ。明るい時間とは、また全然雰囲気が違いのだ。一気に夢の世界。
どこもかしこもキラキラだ。日本夜景遺産の1つにもなっているのもうなずける。

雨はまだシトシト降っているけど、水たまりがライトを反射して光っている。本物の光と水たまりの反射した光で2倍綺麗だ。雨もいいぞ。
雪もきっとすごくいいのだろうが、残念ながら僕はまだ雪の銀山温泉を見たことがないので、今後の楽しみにとっておく。

永澤平八の前に戻ってきた。この宿は木造3階建て。客室は8つ。外も中も大正レトロな感じで僕の好きなタイプ。
冒頭の章で興味を惹かれる宿を覚えておき、秋の予約激戦の中で、偶然キャンセルがでたところを妹と連携して即座に抑えたのだ。相当に幸運。
旅館内のお部屋と温泉
ここからは館内を少しご紹介しよう。

受付前のロビーには、小さな囲炉裏もある。ここでコーヒーサービスを受けることもできるのだ。
翌朝、僕らも朝食後にここでコーヒーを飲んだよ。先客たちも同じタイミングだったので結構な人口密度だったんだけど、ゆずりあったりしながらなんとか着席。スタッフさんが持って来てくれたホットコーヒーで温まった。

囲炉裏端で、浴衣を着て飲むコーヒーもうまいのだ。和風な旅館に宿泊していても、朝はコーヒーから始めたい僕としてはありがたい。

館内の通路はやや狭くって階段も急だけれど、これも趣きだと思う。
たぶん冬が長居し厳しいからね、旅館はくっつきあっているし、そんなに大きな窓もないのだろう。狭いがゆえの安心感を覚える。

そんな中で僕が気に入ったのは、2階の踊り場付近のちょっと一息つけるソファだ。ここは川側が見える貴重なスペース。
川沿いの温泉街の様子を上から眺められるのは、なかなか面白い。宿泊者だけの特権かもしれないな。

案内された客室は3階の奥。入るとすぐにクローゼットや洗面台や冷蔵庫のある板の間があり、そこからふすまで仕切られた和室が2つある。なんか田舎の家にお泊りに来たかのような落ち着くスペースだと感じた。
旅館内には4つの温泉がある。まずは男湯と女湯。これは日ごとに入れ替わるそうだ。それから、貸切風呂の小サイズと中サイズ。

まずは貸切風呂(小)だ。
本館からガラリと扉を開けて出た、3階のバルコニー的な位置づけにあるのかな、ここ?簡素な囲いと屋根のある、半分露天みたいな雰囲気の空間。全て木製なので温かみがあるね。そして脱衣スペースにハロゲンヒーターがあるのもありがたい。

で、お湯がメチャ熱い。やっぱそうか!銀山温泉はどこもシビれるくらいにお湯が熱いってこと、さすがに僕も学習しているぜ。これが銀山クオリティか!!
水で調整してよいとのことだったので、ドバドバ水を足した。かろうじて入れる熱さになった。無色透明なので「温泉だッ!」って感じではないけど、このこじんまりした空間でお風呂に入れるのは非常に気持ちいい。

次は大きめの共同浴室、男湯だ。
熱い!!飛び上るほどに熱い!!おそらく一番乗りで誰も入っていなかった状態なので、殺人的な熱さになっている。そしてこの規模だと、水を足したところでそう簡単にはぬるくはならぬよ。

どうしよう…って途方に暮れていると、なんか一緒に入ったマッチョ気味な弟が「兄者…!我に任せろ!」みたいなこと言うの。いや、弟ってそういう言葉遣いはしないんだけど、僕にはそういう感じに聞こえたの。豪傑だったの。
弟、変な気合いを入れて立てかけてあった湯かき棒を取り、ワッシャワッシャとお湯を混ぜ始めた。いや、もうすごかった。僕なんて「ほほう、これが有名な草津温泉の湯もみですかな」みたいなことを呟きながら見ているだけだった。
これでどうにか入れるかどうか、みたいなビミョーな温度まで下がり、2人で「アチチ…」とか言いながら浸かってみた。ほとんど入れなかったけどね。数10秒が限界。
だからこのあと夜の小雨の中で温泉街を散歩したのだが、コートなんかいらなかったのさ。
山形はご飯も酒もうまい
夕食は部屋食だ。18時にはもう食べ始めるという、極めて健康的な生活。

どれも綺麗だ。洗練されている、というよりかは温かみを感じるデザイン。野菜が多めだね。地のものが多いのかなぁ。きっとそうだろうなぁ。そうだといいなぁ。

卓上でグツグツ煮えていた鍋物は、山形名物の芋煮だった。芋煮ってまともに食べるのは初めてかも。キノコたっぷりだし、牛肉のエキスが染み出していてうまい。これはビールが進むな。
ここの夕食はそこまで量が多くなく、お酒を飲むにはちょうどいいくらいかも。旅館の懐石料理って胃袋をバーストさせに来ている感じのものも多いけど、ここはちょうど満足できるボリュームでありがたい。

弟と話し合い、冷酒のおばね酒をオーダー。チェックインをする前に中心地を通過した尾花沢のお酒だ。キリッとした飲み口でおいしい。
そして弟、毎度のことながらすぐに赤くなる安定品質。灼熱風呂のときの3倍赤くなっている。

そして、クライマックスに雪降り尾花沢牛のステーキってのが出てくる。はい、わっしょーい!柔らかくて脂が乗っていてうまーい!
牛肉!一人暮らしを始めてから永らく、牛丼チェーン店とハンバーガーショップでしか食べていない牛肉!うまいのなんの。

フィナーレはご飯とお吸い物。大満足だ。
そして毎度のことなんだけど、そのまま2次会として缶ビールをグビグビやるのだ。既に部屋の中にはお布団を敷かれているので、脇の座卓で。

ちょっとグチなんだけどさ、お酒の入った母親が僕のお気に入りのショルダーバッグのことをすんごくディスってくるのよ。
「毎回ボロい。いつ見てもボロい。薄目で見てもボロい。前回見たときあまりにボロいから新しいのを買ってやろうかとも思った。でも、これだけボロいと自分が買わなくてもYAMAが近々買うだろうと思っていたら、また今回ボロいバッグを持ってきた。」みたいなこと言うの。
確かにファスナー壊れているし底に穴は開いているけど、一緒に全国くまなくアドベンチャーしてきたバッグは早々に捨てられぬよ。

最後に朝ごはんをお見せしよう。
焼鮭・納豆・温泉卵・漬物・サラダと、定番の朝ご飯。鍋物は湯豆腐だった。湯豆腐なんて、めっちゃ久々だな。

湯豆腐の鍋って、昔のお風呂のフタみたいに半分だけ空いたりするの?そんでお豆腐はハエたたきみたいのですくうの?初めての体験、おもしろい。

こうして旅は終わるのだ。
銀山温泉、とてもいいところ。ちょこっと立ち寄っただけでも現実離れした景観に酔えるし、ちゃんと宿に宿泊すればお酒に酔えるのだ。
2024年10月、オーバーツーリズム抑制のために冬季の夕方以降は宿泊客以外は立入り自体が予約制になったり、そもそもマイカーを駐車できる場所が相当に離れた場所になってシャトルバスで温泉街に向かうようになったりして、ハードルが上がってしまった。
それだけ魅力的なのだろう。需要と供給が見合うように、うまく今後もこの世界観を維持してほしいな。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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