東京の下町っぽいテイストを残す江古田駅。
その駅前にバブリーなビジュアルのお店がある。
「江古田コンパ」。
なんだコンパって?
お店の外観を見たことがあっても、中まで入って真相を確かめた人は多くはないだろう。
今回はそんなあなたのために3回ほど突撃し、心を込めて執筆したから読んでいただきたい。
輝くアーチをくぐろうか
江古田コンパ、結論から言うとバーのようなお酒を飲めるお店である。
しかしまずは外観が怪しいのだ。赤ちょうちんに誘われてフラリと居酒屋に入る人はいても、この江古田コンパの外観に誘われてフラリと入る人はいないだろう。そんな人がいたらいろいろ心配になる。
昭和レトロなビルに「いらっしゃい」的なムード満載な黄色い電飾アーチが張り付いている。しかしその電飾アーチが怪しさ全開で、逆に本能が「やめておけ」とささやいてくるだろう。
僕もさすがに少しだけ事前調査した。
これでエロいお店だったりボッタクリのお店だったりしたら、少なくともこのブログ内にて大きな声では語れなくなるもんな。
しかしそこだけは安心めされよ。女性1人で入ってもまぁ大丈夫なお店だ。
ただ名物ママの長島さんが下ネタしか言わないので、そこだけご留意いただければ良い話だ。
…さて、初回のことである。
開店が19時だというのでその数分後に江古田コンパの前に行った。
別に待ちきれないほどワクワクしていたからではない。開店からしばらく時間が経つと、お客さんも増えてお店の雰囲気がいい感じに出来上がっちゃうでしょ?
その前に入っておいた方が自分を保ちつつお店の空気に馴染めるからだ。
お湯の中にカエルを入れるとビックリして跳び上がるが、水から徐々に温度を上げると気づかずに茹でられる…という残酷な例え話があるでしょ?僕は後者でありたいのだ。ビックリは危険。
ブッ…!閉まってるじゃねーか!!
当然ながらアーチの電飾も点いていない。
江古田コンパはいきなりしばらく休業したり、臨時休業することもあるとウワサで聞いている。ママは高齢だそうだしな…。
こりゃ空振りかな…。でもせっかく来たのだから数分ウロウロしてみようかな…。
しばらくお店の付近にいると、1人のおばあさんがトテトテ歩いてきた。そしてお店のシャッターをガラガラと開けた。
あっ!きっとこの人が名物ママ「長島さん」だ!
「お店に来たんですが、これから開店ですか?」って声をかけた。
すると長島さんは「これから準備するわよー。10分くらい待ってから来てね。着替えてお化粧して綺麗になっておくから。ムフン♡」と言って階段を登って行った。
とりあえず「マジかー。そりゃ楽しみですー。」って若干棒読みで返答しつつ、階段を登る長島さんの背中を見送った。
ロングドリンクス 自分で作る 処方
カクテル教室 コ ン テ ス ト
創作カクテル シェーク
アーチの左下にはそう書いてあった。なんだかわかるようなわからないような。日本語不自由なのか、この文面考えた人は…?
お店の入口で待っているのも、通行人から怪しい人だと思われかねないよな。江古田コンパのことをエロいお店だと思っている人もいるかもしれないし。
だからちょっと離れた自転車置き場の影から監視していたら、数分後にお店の電飾がビガガッと点灯した。
そのせいだかどうかはわからないが、自転車を発進させようとした若いお母さんが僕の横でズッコケ、助け起こしたりした。そのお持ち帰りの牛丼、崩れたりしていないですか?大丈夫ですか?
約束の10分が経った。…行くか。
いや待て。何で僕はおばあさん約束なんかでドキドキしているんだ。違う。これはときめいているんだじゃない、ビビっているのだ。
この昭和の歌謡曲番組の歌手登場ゲートみたいなのを、1人でくぐっておばあさんに会いに行くんだぜ。どういうテンションでいればよいのか。待ちゆく人の目には、僕はどのように映っているのか。
行くしかない。モジモジしていたらマジにヤバい人だ。
僕は無表情で煌びやかなゲートをくぐると、スタスタと階段を登り2階の店舗入口を目指した。
豪華なカウンターとカラフルな瓶
階段を登る。1階に何があるのかは知らないが、店舗は2階なのだ。
ペンダントライトが複数本ブラブラしている空間。向こうにマリリン・モンロー。あそこが店舗の入口だ。
根拠はよくわからないが、昭和テイストのあふれるドアだ。
丸い取っ手がそう思わせるのか。それともハンドメイド感のある花の絵柄がそう思わせるのか。…どっちもだな。
さて、店内はどんな様子なのだろうか。ドアを引く。
か、かっこいい…!!
すまん、心のどこかでこのお店をナメていた。
どうせおばあちゃんが自分の好きなように内装を整え、結果「物であふれた昭和の実家」みたいなノスタルジー空間が出来上がっているのだろうと、たかをくくっていた。
しかしここは違う。
左右に張り巡らされた重厚な黒いカウンター、赤い絨毯、酒の瓶の並ぶライトアップされたバックバー。
洗練らされた、文句無しにオーセンティックな空間だ。
長島さんが「お待たせ。さぁこっちに座って。」と言いながら現れた。
キチッとバーテンダー衣装に身を包んでいる。こちらも襟を正さねばならぬ。
あ、このタイミングで長島さんに許可を取り、店内の写真をいろいろ撮らせていただいたよ。
開店直後、他にお客さんのいない今が最大のチャンスだものな。
店内入って左側、中央付近のイスに座った。誰もいないときは基本ここになるぞ。
目の前には青くライトアップされた棚があり、まるで暗い水族館の中の水槽のように不思議な心地よさがある。
さらにその奥には、同一規格の瓶の中に色とりどりのお酒の入っている棚がある。
ちょっと他のバーでは見ない光景だ。
アメリカのお菓子屋さんでさ、カラフルなジェリービーンズをセルフサービスでスコップでワシャワシャ取るコーナーあるじゃない。アレを思い出したよね。ワクワクしてきた。
さっきの同一規格の瓶もバラバラの規格の瓶も、テプラが貼ってあってナンバリングと内容が書かれている。
あ、これはおばあちゃんっぽいぞ。
普通のバーだったらちょいとダサいが、このあとこのお店の空気を知った後は一周回って「クールだな」って思えた。
500円のおつまみを一品選べる。そしてチャージ料金は400円だ。
おつまみ不要な場合はチャージ料が900円になる。
どのみちドリンク以外に900円かかるのだから、おつまみオーダーしておけよって話だ。つまみ一切無しでお酒を飲むことを人生目標にしている人以外であれば。
お酒は基本的にショートカクテル。
所さん・日芸・ムサシ大学・令和・ながしま…。
???
お酒の名前に聞き馴染みがないぜ?そもそもこれ、お酒の名前なのか…??
ショートカクテル・チャレンジ
長嶋さんが「そんじゃアンタ、何が飲みたいんだい?どれもすんごくうんめェぞ?えぇオイ!?」って、独特のテンションで絡んできた。
一応好みだとかは聞いてくれるが、僕の経験上なんとなく”江古田の夜”という名物カクテルに誘導されることとなる。
僕は記念すべき1杯目を”ヨコハマ”にした。
「おぉ、なんだい。アンタ見る目があるじゃぁねぇか。」と長島さんが言い、後ろの棚の「ヨコハマ」と書かれたビンの中身と氷をシェイカーに入れてシェイクしだした。
そうなのだ、この店のカクテルはあらかじめ調合されてビンに入っている。
バーテンダーの役目はそれを氷と共にシェイカーの中で混ぜて冷やすことだ。
「はい、うめぇぞ、ヨコハマは」と言われて提供された。
「ホテルニューグランドで発明されたカクテルだな。今でもニューグランドで飲めるけど、あそこで飲んだら2000円以上はする。ウチではたったの800円なんだ。800円でいろいろ本格的なカクテルを飲めて、すげぇんだからな。」と、いちいちドラゴンボールの悟空を彷彿させるイントネーションでしゃべりかけてくる。
そっか、オラなんだかワクワクしてきたぞ。
ちなみにこれとほぼ同じ説明は1時間ほどの滞在時間で5回は聞いた。
バーテンダーのおじさん、原さんが出勤してきた。
長島さんは「シャケトバをお願いね」と、僕のおつまみを原さんにオーダーした。ささやかなボリュームではあるが、鮭とばはうまい。
2杯目は名物の”江古田の夜”だ。このカクテルの創作者は長島さん。
カウンターの上には「アルコール度数80%」と書いてあるが、実際はもちろんそんなではないよ。80%のあったら喉が燃えるね。
原さんは「これ、作ったのでどうぞ」と生チョコを出してくれた。マジでうまい。
原さんはご機嫌になり、市販のチョコからいかに簡単に生チョコが作れるのか熱弁してくれた。物静かだが女子力高いおじさんだ。惚れる。
メニュー表に”ばった(蝗虫・ミント)”と書かれたお酒がある。
これ、グラスホッパーだよね、間違いなく…。バッタと表記されるとは…。なんだか虫の汁みたいじゃないか。
しかし僕の好きなデザートカクテルなのだ。長島さんに「グラスホッパーのことですよね?」と確認を取り、オーダーした。
うん、うまい。バーでこれで締められると幸せな気持ちになる。
いい感じに酔い、僕は2軒目を探してまた江古田の町を1人徘徊し始めたのだが、それはまた別の機会に書くとしよう。
別の日の訪問時のメニューを書いていくぞ。
”ブルームーン”である。有名なカクテルだよね。ジンベースでスミレとレモンの香りのするスッキリかつフルーティーなカクテルだ。名前もよい。
おつまみにはナッツをオーダーした。僕はナッツが大好きなのだ。リスと同じくらいにナッツが好き。
長島さんは「ショートカクテルつぅのはよ、3口でグイっと飲むもんだ。でもアルコール度数が高いから必ずチェイサーの水が一緒に出てくる。ショートカクテルと一緒に水が出ない店は偽物だからな。」と謎に息巻いている。
モタモタしているとカクテルがぬるくなるから、昔はそのように言われていたよね。
僕はそこまで職人気質ではないので3口で飲むことは少ないが、おいしさが持続しているいうちに飲むようにはしている。
”所さん”という名のカクテル。
「所ジョージ」がこのお店に来たときに調合したレシピで作られているカクテルだ。このお店、自分でオリジナルカクテルを作ることもできるのでね。
よくわからないが、黄色ってなんだか所さんっぽいよね。幸せ色。
”グラッドアイ”。グリーンミントの香りがほとばしる、さわやかさ全開のカクテルだよね。グラスホッパーと同じく、僕はデザートカクテルとして飲むことが多い。
3回目の訪問時は、”令和”という名のカクテルで幕開けとした。
レシピはよくわからない。僕は特にレシピを知りたいとも思わないタイプで、見た目と味わいと雰囲気だけを重視する。
ラムっぽい?よくわからないが、おつまみのポッキーのチョコ味にとても合う。
メニューにはないが、この店に”ニコラシカ”があることは、以前近くにいたお客さんのオーダーを見て知っている。よしっ、ニコラシカ行くか。
これは原さんが作ってくれる。
ニコラシカはブランデーを注いだグラスの上にカットレモンと砂糖を乗せたものだ。レモンごと砂糖を口の中に入れてしばらく嚙み、そのあとブランデーを一気飲みする。こうして口の中で完成するカクテル。当然結構強い。
オーダーすると長島さんは「うほほー!知ってるねーアンタ!」と喜ぶ。
そして「飲み方知ってるかい?そうだよ、知っているのか、すごいね!30回は噛むんだよ!」とコメントしてきて、ちょっと離れたところにいる原さんに「30じゃ多いよ。20でいい…。」と冷静なツッコミを受けている。
ニコラシカはうまいが、一気に飲むから口から胃まで熱が一気にこもるぞ。
”サンダークラップ”をオーダーした。
長島さんは「サンダークラッ」という惜しいところで切れてしまったビンを手元に引き寄せるが、他のお客さんとの会話に夢中になり、「サンダークラッ」のビンが一本だけ寂しそうにたたずんでいた。
しばらくしてこのビンの不自然さに気づいた長島さんが「?」って顔をして本来の位置に戻そうとする。
すかさず「あ、それ僕がオーダーしてまだいただいていないヤツです」と説明した。
急かすことも焦ることも無いのだ。江古田の夜は長い。ゆるく行こうぜ。
雷鳴という意味のなかなか強いカクテル。しびれるぜ。最高だ。チェイサーの水もうまい。
あと、メニューにはないが”レインボー”という7層に分かれたとんでもないカクテルがある。作るのに非常に技術のいるカクテルを原さんが作ってくれる。
それなりに高価だが、あなたがもし興味あるならオーダーしてみるといい。
それとさっきちょこっと触れたとおり、この店ではオリジナルカクテルを作ることもできる。
長島さんとお客さんの会話が弾んだとき、あるいはこっちから会話を振ると専用のメニュー表を見せてくれる。
僕はやったことないので知らない。自分でやると失敗しそうなので手を出すつもりもない。
だけども興味のある方はやってみると楽しいと思うよ。自分でカクテルの名前もつけられるし。
1年に1回でその年の大賞を確定させ、大賞になると店内に貼りだされる。正規メニューになる可能性もあるから夢があるよね。
愉快なばあちゃんと仲間たち
…とまぁ、ここまでは江古田コンパのカッコいいところをメインに取り上げてきた。
ただし避けて通れないのが長島さんのキャラクター。むしろこのキャラクターを受け入れられなければ江古田コンパニの敷居はまたげない。
事前にほんのちょっとテイストは知っていたが、実際に話すと強烈なクセしかない人だな、長島さん。
初回、「江古田の夜をください」と言うと、「そっかそっか!江古田の夜か!♂♀だなー!」と謎の反応を示された。ちょっと待て、今なんつったよ、このばあさん??サラッと放送禁止用語言ったよね。
まぁ息を吐くのと同じくらい普通に下ネタを言う。
手持ち無沙汰になると「♂♀!♂♀…!」って、蒸気機関車の走行音みたいなリズムで繰り返している。
男女グループが来たときなど、♂♀の数でカウントしている。
イケメンが来ると素直にメッチャ食いつく。経験を聞いた来たり「今どきの…」とか言い始めたり、「みんな学生時代にここに来てお酒のことも性のことも勉強して大人になっていくんだ!」と語りだしたりする。
このノリが苦手だったらこのお店は向いていないだろう。
僕は別に好きではないし1人で入店するからワイワイと盛り上がることはできないけど、一緒にいるお客さんや長島さんとほどほどに歩調を合わせることならできるし楽しい時間を過ごせるから大丈夫だ。
常にクールで真面目な原さんとのギャップがまたいい。原さん、きっと何10年も長島さんと組んでいるからか、下ネタを聞いても眉1つ動かない。
でも、長島さんは半分ホスピタリティ、半分天然であろう。
触ってくるようなことはなく、あくまで客商売の一環としてやっている。
まぁ京都名物の生八つ橋を口に突っ込まれたことならあったけどね。常連の女性のお土産の生八つ橋がふるまわれ、「”あーん”しなさい!私がアンタに食べさせてやりてぇんだよぉぉ!」と言われたので。
10数年ぶりに食う生八つ橋が、こんな店でばあちゃんに口に押し込まれたものだったとはな。人生って何が起こるかわからんよね。
江古田コンパは創業70年ほどであり、長島さんは40年以上ここを営んでいるという。
「みんなでワイワイ飲みましょう。それがコンパの意味。もともとはドイツ語。」・「かつては日本のいたるところにコンパがあり、学生とか若い人であふれていた。みんなそこで大人の社会の勉強をした」・「今ではコンパという形態のお店は日本でここだけ」と長島さんは語った。
バーともスナックとも居酒屋とも違うこの空間。なるほどこれがコンパか。うまく表現できないけど、これを表す言葉がコンパなのかな?
旅人宿に悪酔いするメンバーが集結してしまったときの夜に近い雰囲気だ。
隣のグループと旅の話で盛り上がったこともある。
僕が日本を何周もし、車中泊したり旅人宿で出会った人と飲んだりしているスタイルを大興奮しながら「すげーすげー!」と聞いてくれた人もいた。
こういう出会いがいいよね。旅人宿での出会いもいいし、こういうお店での出会いもいい。
初回訪問時、長島さんは「すげぇんだから。江古田は学校がいっぱいある町だから、そのうち女の子がガンガン来るんだから。」と言っていた。
「えっと、武蔵と日芸と…」と早々に詰まり、あとは原さんが淡々と引き継いでいた。
「そんで男女が出会ってカップルが誕生したりしてな。今まで25組が…」って自慢気に話していた。
その話は1時間ほどで5回ほど出たが、出るたびに「23組が…」・「21組が…」と減っていっているのが謎だった。新手の怪談みたいにカウントダウンされているぞ?
初回は結局女子は現れず、男性客が数名来ただけだった。長島さんは「そのうち来るぞ!そのうち来るぞ!すっげぇんだから!」と言っていたが。
長島さんが過去の賑やかだったころの時代の妄想に取りつかれてしまっているだけかもしれない。それとも本当にたまたま静かな夜だったのかもしれない。
つまりは一度だけでの訪問ではこの店の本質を見極められない。だから僕はもう何度か通っていることにした。
日本で唯一のコンパという店、もうちょっと知りたかったのだ。
こうして2回目以降はワイワイした空気、2つあるカウンターの両方が埋まるような状態となって、長島さんが忙しそうに「♂♀・♂♀!ベロベローー!」とか言いながら走り回るカオスな様子も見ることができた。
間を空けて3回目では「あら?見たことあるわね。」・「そうなのね。遠くからまた来てくれたので、うれしいわ、うふん♡」と言われたりもした。
江古田の夜はこれまでもこうして何10年も続き、そしてこれからも続くのだろう。
時代と共に人も形態も少しずつ変わるかもしれないけど、長島さんのあの元気で暴走する姿はいつまでも変わりなくいてほしいものだ。
店を出るとさっきまでの熱気が嘘のように、木枯らしが吹いていた。
ふりかえった黄色いきらびやかなアーチが、夢の終わりを告げていた。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 江古田コンパ
- 住所: 東京都練馬区旭丘1-67-7
- 料金: チャージ&おつまみ¥900・ショートカクテル¥800
- 駐車場: なし
- 時間: 19:00~25:00(日曜定休)