日本100名城の1つでもある「白河小峰城」。
近くに「白川城址」という別スポットもあるけども、多くの人は"しらかわじょう"と言えばこの白河小峰城を指す。…ただ、僕はここでは"小峰城"と呼ぶね。この呼び方も一般的だし、白川城址との区別にもなるから。

…さて、小峰城はかつての奥州への玄関口にあたる場所に建てられた名城。桜の時期には180本の桜が咲き、「白河小峰城さくらまつり」も開催される。
さらには少し離れたところにある「南湖公園」は、日本最古とも言われる風光明媚な公園だ。本記事ではその南湖公園にも触れたい。

小峰城には何度も訪問しているが、今回は桜の時期に限定して紹介していくぞ。
じゃあ、行こうぜ春の白河市!
【日本3周目】春霞の日の小峰城
福島県内の桜スポットを巡るドライブをしていた僕は、その最後の地として小峰城を選んだ。
県内でも南に位置し、隣は栃木県の那須エリア。東北ともそろそろお別れなのだ。その前にもう一箇所立ち寄りたいと思い、Webで付近の桜スポットを検索してここに行きついた。

白河ICから車で10分ほどのところにある、アプローチのいいお城。僕は日本1周目・2周目共に訪問している、思い入れのあるお城の1つなのだ。駐車場が無料なのも地味にうれしい。
既に何度も訪問しているスポットなのだが、桜の名所という認識はあまりなかった。新しい一面を見れたことが嬉しいじゃないか。

お、早速いい絵だ。桜が似合う絵だ。これは一見すると天守閣のようにも見えるけども、実は天守閣ではなくって三階櫓と呼ばれる建物。
江戸時代の序盤で一国一城令っていうのが出てね、基本的に1つの国には1つの城しか作れなくなっちゃったの。江戸から見て、バキバキに城を造りまくっている国が他にあったら、敵対した時に怖いもんね。
それはその抜け穴的な感じで建てられた、「天守じゃないし、三階櫓だし」っていう感じの施設だ。…たぶん。歴史詳しい人、もし僕の説明が間違っていたら指摘してくれ。

城の見える芝生の敷地では、レジャーシートを敷いてプチお花見みたいなことをしている人もチラホラいた。いいね、今日はポカポカ暖かい上に日差しもマイルドなので心地良いだろうな。
そんな芝生の敷地を歩き、石垣を登って三階櫓の目の前まで行った。三階櫓は内部見学も出来るんだけど、今回はお城見学が目的ではなくって桜を見るのが目的なので、中に入るのは止めておく。
桜に囲まれた三階櫓はステキだろ?この絵を見るだけで満足なのだよ。

桜は8分咲きくらい。それでも充分にボリューミーで美しかった。
敷地内には観光案内センターみたいな施設があったので、その中で白河ラーメンのMAPを入手。このあと、お昼ご飯は白河ラーメンにしたいと思ったので。
有名どころの「とら食堂」はどうかなぁ…って思ったら、休業日。だったら以前食べて気に入った渋い「朝日屋食堂」かな…って思ったら、これもまさかの休業日。じゃあ馴染みのある「火風鼎」かなぁ。
…そんなことを考えながら桜の咲く城内を散策する時間が尊い。

そうそう、このタイミングですぐ近くの南湖公園を通りかかったんだ。日本1周目では春先にここでボートを漕いで遊んだりした記憶がある。ただしこの公園については次章以降で本格的にご紹介するので、ここでは多くは触れない。

南湖公園付近も桜が多く咲いている。それらを眺め、すぐに白河ラーメンのお店に向かった。そうなのだ、腹が減っているのだ。南湖公園よりもラーメンを優先すべき状況なのだ。

火風鼎は、独特のちぢれ麺がおいしい白河ラーメンの名店だ。
昔々、日本2周目を始めるときに僕が初めて買ったマイカーはステップワゴンだったんだけど、そのステップワゴン購入翌日に車を走らせてやってきたのが福島県であり、そのとき食べたのが火風鼎のラーメンだった。
そんな人生初のマイカードライブの思い出のラーメン屋さんなんだよ。
【日本6周目】快晴の青空の下を散歩する
コロナ禍の春は静けさで
それはコロナ禍と呼ばれる、外出するだけで危険と隣り合わせ、フラフラとドライブなんてしようものなら集団リンチされても不思議ではないような、ニューヨークのダウンタウンの路地裏レベルの危険な時代のことである。

すごーく爽やかな朝の6時台なのである。朝の空気は綺麗だ。チリ1つない。そして小峰城の桜は見事に満開を迎えていた。
まだ朝早いとはいえ、例年であれば散歩している人も多かろう。でも、今年は不気味なほどに誰もいないのだ。こんな広大な空間で1人静かに歩いていて、コロナに感染することもないだろう。でも、外に出ただけで非難される時代。周囲に誰もいなくてもマスクをしていないと、パンツ履いてない人と同じレベルでヤバい人扱いされる時代。改めて、どこか変だ。

わぁ、小峰城、雲1つない超快晴の空をバックに、まるで合成写真のように存在している。周囲に動くものが全くないので、なおさら合成のようだ。
それではここでほんの少し小峰城の歴史について触れていきたいのだが。
江戸時代初頭に天守を造れなかった理由は前章で書いたね。実はそれよりずっと前、1300年代から小峰城は存在しているのだが、大幅にリニューアル&バージョンアップしたのは1600年代の江戸時代初頭なのだ。
今の姿に近しくなったのが江戸時代なので、それ以前の話はここではしない。

江戸時代のうちに、ここは7つの家で引き継がれたという。つまり城主がコロコロと変わったのだ。でも、奥州への迎えとしての役割はずっと継続されていたそうだ。
1868年、幕末の戊辰戦争の際にここも戦場となり、焼け落ちて三階櫓もなくなってしまった。

だけどもね、1991年にそれらを再建したのだ。発掘調査の内容ももちろん参考にしたけど、江戸時代に「白河城御櫓絵図」っていう、小峰譲を詳細に実測して造られた絵図が残っていたので高い精度での復元が可能になったそうだ。
しかも木造で再建したのだ。近代の再建は鉄筋コンクリが多い中で、木造は相当に貴重だ。基準は知らないけど、そういうところが日本100名城たる所以なんじゃないかなって、勝手に考えている。

2011年の東日本大震災では、かなり大幅に石垣が崩れてしまうという事件もあったんだけど、以前にここを訪れた人の写真などから解析して頑張って復旧させたんだよ。
その工事にどれだけかかったのかというと、8年だ。2019年の3月までかかったのだ。すごい労力。頭が下がる思いだ。

ただ、その翌年である2020年の頭からコロナ禍となったよな。なんて皮肉。せっかく元に戻った姿、もっとみんなに見てほしかったよなぁ…!だから僕、来たよ。ちゃんと万全の感染対策をして。
そして、この美しくダイナミックな石垣を見上げるんだ。特に東北では珍しいと言われている、総石垣造りの名城。桜とも、とてもマッチする眺めだね。

心行くまで城内を散策したら、次は南湖公園に行ってみようか。
南湖公園は日本最古
南湖公園ができたのは1801年のころ。当時ここを収めていた「松平定信」が整備して、もともと沼だったここを庭園風にアレンジしたのだそうだ。諸説あるけど、小峰城から見て南に位置しているから、"南湖"って呼ぶようになったという説もあるのだよ。

ここは日本最古の公園と言われている。なぜなのかというと…。
松平定信は「身分など関係なしに、武士も庶民も関係なくここで憩いの時間を過ごそうぜ」っていうポリシーで南湖公園を造った。僕らってもはや"公園"という文字の意味を考えることもほぼ無いかと思うが、"公の園"なのである。武士も庶民も平等にすごせる園という意味で、元祖と呼ばれているそうなのだ。

さっきは"庭園風"って書いたが、実際はすんごい広い。「兼六園」や「後楽園」をイメージすると、そのスケールに圧倒される。マジで湖なのだ。
その大きさは44.4haある。ちょっと不安になるほどに広く、色は深いコバルトブルーだ。そして背後には雄大な那須の山々が連なっている。あと、湖畔にたくさん桜が咲いているのが見えるね、ステキ。

広大なので、「南湖十七景」っていうのいが存在するくらいだ。つまり、公園内に17箇所の眺めのいいスポットが存在する。あまりに多すぎて僕は巡っていないが、もしあなたがのんびりとここですごしたいのであれば、それらを網羅することを目的に散策しても楽しいであろう。
桜もあるし松もあるし、カエデもある。春夏秋冬、それぞれの顔を見せてくれる公園だ。さらには僕は訪れたことは無いのだが、歴史ある茶室も複数あるし、オシャレなカフェもあるそうだぞ。

湖の中の小島、大変良い。あのあたりは沼だった頃の面影があるようにも感じる。
前述したが、日本1周目では仲間と主にここを訪れ、みんなでボートを漕いで遊んだのだ。あのあたりにもボートで行った記憶がある。そんで園内で販売されている団子を食べたよな。

早朝かつコロナ禍なので、このときの僕は湖畔の一部をプラプラ歩いただけだ。
でも、それだけで楽しかったし、マスク越しとはいえ春の朝の新鮮な空気を吸い込むのは幸せな気持ちになる。人間にはこういう時間が必要だよね。

実はコロナが明けてから小峰城も南湖公園も行っていないんだけど、今はどうなっているかな?多くの人々で、コロナ以前のように賑わっているかな?
2026年4月現在、ちょうどここの桜も咲き始めたころだと聞いている。もし機会があれば、あなたも訪れてみてほしい。桜前線が東北に到達する様を、僕の代わりに見てきてほしい。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 白河小峰城
- 住所: 福島県白河市郭内1
- 料金: 無料
- 駐車場: あり
- 時間: 特になし