週末大冒険

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ちょっと出かけてみないか。忘れかけていた、ワクワクを探しに。

No.558【宮城県】桜咲く石巻の象徴「日和山」!震災の津波被害を受けた沿岸部を見下ろし…!

石巻市の海の近くには「日和山」っていうシンボリックな山があるんだ。

 

桜の名所で、春にはピンク色に包まれる。しかし2011年3月11日の東日本大震災の際には、沿岸部を壊滅させた悲劇の目撃現場となったんだ。

沿岸部の人は高台である日和山に避難し、すぐ足元まで迫る津波を見下ろした。日和山から見て海側は全て津波で荒野となってしまった。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

日和山から見て沿岸部、消えてしまった町を舞台としたエピソードは、過去に上記「がんばろう!石巻」の看板を軸に展開される、10年以上も続いた取材記事を上記に執筆済みだ。

 

 

なので今回は日和山。

同じく震災前からの訪問記録を書くぞ。ただしすべての訪問記録を書いてしまうと膨大すぎてサーバがパンクするので、桜の時期に訪問したときのことだけに絞りたい。桜以外の時期については、またいつか機会があったら書きたいねぇ…。

 

 

震災前、東北有数の桜スポットへ

 

震災前のことだ。

桜前線を追いかけて宮城県までやってきた。最大の目的は牡鹿半島の快走路を疾走することなんだけど、その手前の石巻市街には日和山という東北有数の桜の名所があるという。ここも大きな目的の1つだ。

 

初の日和山1

いくつか点在している、山の中腹の駐車場に愛車を停めた。どうやらここより上はもう全て埋まって満車になっているみたいだ。

付近はレジャーマットやお弁当を持って歩いているファミリーだとか、中高年カップルだとか、公園を目指して歩く人がたくさん。地元の人に人気がありそうな雰囲気を感じるね。

 

初の日和山2

僕と同行者も、人の流れに沿って丘の上の公園に向かってゆっくり歩いた。この日の気温は20℃もあって、結構体が火照る。東北も一気に春めいてきた様子だ。

丘の上、日和山公園にはには満開の桜が広がっていた。関東のの桜はもう葉桜だけど、また満開の桜に会うことができたよ。やったー!

 

初の日和山3

公園を桜を見ながらウロウロしていると、桜祭りの会場っぽい雰囲気をかもし出す方角を発見した。歩いて行くと、そこにはいくつか模擬店が出ていて大勢の人で賑わっている。こういうのを見ると、僕は大変にテンション上がるわ。

 

その脇には桜の木の下の芝生スポットがあり、お弁当を食べたり宴会をしている人がいる。ところで上の写真、芝生の中にクジラのオブジェがあるんだけど、何?そっか、石巻は捕鯨も盛んだったっけ?

 

初の日和山4

この日和山には「松尾芭蕉」も登ったことがあるんだって。園内には奥の細道の碑が立っており、桜の下の芝生地帯には松尾芭蕉"と弟子のの「河合曾良」の銅像もあった。

 

初の日和山5

日和山公園は旧北上川の河口近くにある公園。56mの高さのあるこの日和山から見下ろすと、川の河口近くとその中州にある「石ノ森萬画館」がよく見える。石巻市はどうやらマンガ家の「石ノ森章太郎」のゆかりの地みたいだ。

 

初の日和山6

石ノ森萬画館から視線を海方面に動かす。あそこが本当の河口だ。そこには「日和大橋」という大きな橋が架かっていて、加工を跨いでいた。

そんな光景を眺めながら山頂の公園内を散歩する。もうすっごいいい天気。下手すると日焼けするね、こりゃ。こんないい天気、満開の桜の中を散策できて幸せだ。

 

初の日和山7

では、ここで軽食を食べて行くか。お祭りだもん、模擬店メシを食べなきゃ。

桜スポットの横にある「金兵衛茶屋」っていう小さな茶屋に"石巻焼きそば"の幟が立てられている。…石巻やきそば?て初めて聞いたけど、とりあえず買って食ってみるか。焼きそば好きだし。

 

初の日和山8

石巻焼きそばって、どうやら茶色い麺の焼きそばらしい。ただしソースで茶色いんじゃなく、二度蒸しすることでで茶色いんだそうだ。祭り会場の案内所にあったパンフにそう書いてあった。

 

茶屋で焼きそばをテイクアウトし、さらに模擬店でフライドポテトを購入。これを桜の木の下で食べた。うまい。石巻焼きそばって目玉焼きが乗っているのが基本らしいけど、コイツにはないね。テイクアウトだからかな?いつか本物の石巻焼きそばを食べてみたい。

 

初の日和山9

あぁ、なんて穏やかで気持ちのいい春の日なのだろう。こんな清々しい気候が毎日続けばいいと思う。

焼きそばを食べながら、僕は東北の心地よい風に目を細めた。

 

 

震災の大きな被害の残る地へ…

 

2011年に日本列島の広くを襲った震災後、僕は再び日和山を訪れていた。

前夜は石巻市の市街地のバーで飲んだ。そしてそのまま駅付近で車中泊して、起き抜けの朝の5時台に日和山を散策することにしたのだ。

 

桜の季節の終わり

まだチラホラ桜は残っていたが、葉桜が多く間もなく桜のシーズンは終焉を迎えるだろうっていう感じだった。あと、早朝なので僕以外は誰もいない。

でも僕の目的は桜ではないのだ。あの春うららな日にここですごした光景が、今どうなっているのか知りたいのだ。知ることは怖い気持ちもあるが、知らないとダメなのだ。

 

中州を見下ろす

中州と、そこにある白いドーム状の石ノ森萬画館を見下ろした。あぁ、中州にたくさんあった建物は萬画館とその他わずかを残して無くなってしまっている…。

あの石ノ森萬画館も、震災のときは津波の被害を食らって休館が続いているとのことだ。(2012年の11月に営業再開となった)

 

その手前側、僕の言る沿岸部も良く見ると津波の被害を受けていて、道路はガタガタなのだ。僕もそんな中をここ日和山まで走って来た。

 

かつての中州

これは園内に掲示してあった、震災前の中州だ。季節のせいもあるかもしれないけど、青と緑が際立つ美しい世界だ。そしてとてものどかな光景だ。こんなところに津波が襲い掛かってきただなんて、今のこの目の前の光景を見ないととても信じられないわ…。

 

河口方面

これは加工方面だ。一段と被害が大きい。鉄筋コンクリの建物以外はほぼすべて無くなってしまっている。

ホントはあっち側も普通の住宅地が広がっていたんだよ。数千人には及ぶと思われる人々が生活していた、どこにでもあるような街だったんだよ。信じられないよね…。

 

あの日和大橋は真ん中を残して両側は津波に一度飲まれたそうだ。だからちょうど橋の中央付近にいた車以外は被害を受けてしまったと聞いたよ…。

 

日和山を歩く1

徐々に朝日が差し込んでくる日和山を1人散策する。

冒頭にも書いたけどさ、震災のときは沿岸部の生存者はここを駆け上って間一髪津波の被害を免れることができたんだ。もちろん逃げ切れなかった人も大勢いるのだけど…。

そして逃げてきた人はこの丘から、津波が飲み込んでいく自分の住む街を見下ろしたんだ。

 

日和山を歩く2

そのときの気持ちを考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。

ついさっきまでいつものように暮らしていた我が町、我が家、我が家族…。人生と共に歩んできた世界。人間関係。それが一瞬で奪われて更地になっていくんだ。人間、災害の前では無力すぎる。

 

日和山を歩く3

せめて津波の可能性があるならば、いち早く逃げて命だけは守ること。それが東日本大震災を経て人類が学んだ最大の教訓だと思う。いざってときに自分自身が実行できるかどうかはわからないけども。

 

日和山を歩く4

あの日石巻焼きそばを買った金兵衛茶屋。まだ早朝なので閉まっているのは当然なんだけど、この桜の季節はここは再開していたのだろうか?そもそも石巻の人たちは、ここに桜を見に来るほどの心の余裕があったのだろうか?

知りたい気持ちと知りたくない気持ちが戦い、結果調べないことにした。

 

日和山を歩く5

僕はきっとまたここに来る。そのときに、石巻の人たちもここで笑顔ですごしていれば、それでひとまずいいと思うんだ。もちろん心の傷は一生癒えることはないだろうけども、笑顔で桜を眺めるって、人生において大事なことだよ。

 

 

月日は流れ、町も少し変わり…

2018年

 

良く晴れた桜シーズン。僕は朝の空気の綺麗な時間を狙い、7時台にここを再び訪れていた。

 

満開の日和山1

控えめに言っても、今日の桜は10000点だろう。

なんてきれいな空、なんてきれいな桜よ。この日和山公園には大体400本ほどの桜が植わっているそうだ。そりゃあもう桃源郷のようだよ。

 

満開の日和山2

僕はあらかじめ淹れておいた水筒の中のホットコーヒーを飲み、そして桜の木々を見上げた。

あの日のように祭りでワイワイしている時間帯じゃなくって、まだ静かな朝。もしかしたら昼間には人で混雑するのかもしれないし、そういう光景も見てみたいけども、今は静かに見上げるこの景色が尊い。

 

津波跡地を見る1

桜に埋もれる日和大橋。チラリと除く沿岸部は相変わらず建物がほとんどない茶色い世界だけども、嵩上げがだいぶ進んで整備された茶色に変わりつつある。

僕はあの下界もたびたび走っているけど、走るたびにルートも標高も変わるんだ。津波対策が進み、世界が変わっていくのを感じてる。ただ、住宅地にはなりそうにないね…。祈念公園とする計画が進んでいると聞いているよ。

 

津波跡地を見る2

続いては中洲だ。おぉ、だいぶ整備されてきた。

人工的な緑のフィールドの広がる公園みたいなものができているし、建物も増えたし、船が複数停泊している。詳細はわからないけども、それらのすべてがアクティブな気配を持っているものだ。

 

そして写真では見づらいけども、白いドームの石ノ森萬画館から左に橋を渡った先、茶色くて大きな倉庫群のようなビジュアルの建物ができている。これは「石巻元気いちば」という土産物屋兼食堂で、地元にも観光客にも人気の施設だ。ここもいずれ機会があったら個別に取り上げたいな。

 

金兵衛茶屋

石巻焼きそばを食べた思い出の金兵衛茶屋…。

あの日の僕は石巻焼きそばの存在を初めて知ったけど、今の僕は石巻焼きそばのおいしいお店を何店舗か知っているくらいには成長したんだよ。でも、始まりがこのお店だったことは今もちゃんと覚えているんだからね。

 

松尾芭蕉

松尾芭蕉と河合曾良にも再会だ。彼らも僕と一緒に満開の桜を見上げているような構図だ。芭蕉がここに来たのは1689年。石巻市の繁栄っぷりを見て「すげーな!」って驚いたという逸話が残っているそうだよ。

 

クジラオブジェ

変わらない芭蕉さんに対し、クジラのオブジェは見るたびに劣化が進んでいるように感じる…。このクジラ、好きなんだけどな…。誰か補修してくれないのかな?撤去されてしまったら悲しいぜ。

 

満開の日和山3

いやはや、いろいろ写真を撮ったのだが、ここではそのほんの一部しかお見せすることができなくって残念だ。もしあなたが日和山を訪れたのなら、丘という立地ならではの、立体的な眺望をぜひ楽しんでみてほしい。

起伏に富んだ斜面に植えられた桜、角度によって全然印象が変わるので歩いていて見飽きないから。

 

満開の日和山4

これは日和山の山頂にある「鹿島御児神社」。

ここの神社は斜面ギリギリまで迫り出しているので、見え方によっては天空の鳥居みたいになるよ。そこいらは次章以降で頑張ってご紹介していこうかな。

 

満開の日和山5

そして、ちょっと喧騒から離れたところにある「たい平桜」。

落語家の「林家たい平さん」にちなんでいるらしい。僕はたい平のことはよく知らないけど。

たい平さんは若き日に自分探しの旅に出ていて、その途中でここ石巻に立ち寄った。市内の施設で落語を披露して反響が大きく、まだ幼木だったこの木の前で改めて落語家になる決意を固めた…という話だそうだ。

 

満開の日和山6

いろんな人の想いが詰まった山、日和山。

 

 

2019年

 

奇しくも僕は、その翌年の桜の時期にも日和山を訪れていた。桜の名所だもん、呼ばれていたのかな?

 

再び、桜の時期に1

前回ほどの超快晴ではないが、今回もそこそこの晴れだ。そして日差しが強すぎずに実際はとても居心地のいい気候だ。何より桜はジャスト満開。これがとても大事。

 

再び、桜の時期に2

前回や前々回と大きく違うのは、今回は日中帯の訪問であったという点だ。時間は14時ごろ。なのでチラホラと宴会をしている地元の人もいた。

 

ただ、震災前に来たときはすごく多くの人がレジャーシートを敷いていて、僕らは座るところを探すのもちょっと苦労するくらいだったと記憶していたんだけどな。今はそこそこ人もいるし駐車場も満車近かったけども、みんな散策がメインでレジャーシートを敷いて滞在型の楽しみをする人はやや少数派な印象だ。

 

再び、桜の時期に3

1つ嬉しいのは、あの金兵衛茶屋の営業風景を再び見ることができた点だ。

震災前以来の営業風景目撃だ。だんごもラーメンも石巻焼きそばもあるぞ。僕は購入はしなかったが、この公園ならではのレトロチックな店構え、桜に囲まれたそのロケーションにキュンキュンした。

 

再び、桜の時期に4

中州の様子は大体前回と同じだ。

ただ、石ノ森萬画館付近にて旧北上川を渡す橋が2本となり、新しい方の橋は来年から開通すると聞いている。そのために今、橋の両側の道路の整備が進められている感じだ。

 

手前側の陸地については残っていた建物の残骸が綺麗に撤去され、何か新しいスポットに生まれ変わろうとしている。今はブルーシートだけども、今後どうなるのだろう?

 

再び、桜の時期に5

前章で少し触れた、山頂の鹿島御児神社の鳥居だ。この鳥居の向こうは沿岸部へと降りていく急な階段なので、鳥居付近はとても展望がいい。沿岸部を見渡したい人はみんなここで写真を撮っているよ。

ただしこの鳥居、経年や地震の影響で結構ガタが来ているとのことだ。近々撤去されるかもしれないと聞いている。日和山のシンボルの1つだから、新しく建て替えられるといいね。

 

再び、桜の時期に6

今回は芭蕉さんの写真は撮っていない。その代わり、園内にいた他の人の銅像の写真を撮った。ただ、これ誰さんだったっけ…?忘れた。誰か知っている人、教えてくれ。

 

再び、桜の時期に7

少しずつ復旧工事が進んでいく沿岸部。また見に来るよ。

 

 

コロナ禍、どうしてもここに来たくて

夜桜はこんな感じ

 

2021年のことだ。このときは夜に日和山に行った。一度夜桜を見てみたかったのだ。ライトアップしているのか、街灯があるのかも知らなかったけど、とりあえず突撃してみた。

 

夜桜1

時刻は18:30。西の空にはほんの少し残照があった。この時間、好き。

桜はちょうど満開のようだ。いつもタイミングがいいね。そして夜が迫っているからか、花がとても白く見える。でも園内は誰もいない。少し寂しい。そういえば駐車場にも車は全然いなかったな。

 

夜桜2

公園内には街灯ならある。だけども普通に公園内の遊歩道の街灯としてのものであり、桜のライトアップのためのものではない。従い、夜桜が綺麗に見えるのは街灯の光の当たる一部の木々だけだ。

それでも綺麗だけど。そして暗くて静かな夜の公園歩くのも好きだけど。

 

夜桜3

夜風でサラサラ揺れる桜の花は、夜の暗さにブレた。なかなか夜桜の良さを写真で伝えるのって、素人にとっては難しいね。

ただ、いいもんだ。1人で見上げる夜桜も、いいもんなんだ。僕だけの秘密のスポットみたいな感覚だ。全国的にも有名なスポットなのに。

 

夜桜4

丘から見下ろす太平洋。あえて柵ギリギリまで近づかないのは、そこから見下ろす景色がまだまだ暗いからだ。津波に飲まれた沿岸部であり、光の少ないエリアなのだ。夜にそこに近づくのは、ちょっと怖いものがあるんだぜ。

 

夜桜5

今まで目にしておきながらも、初めて写真に収めた建物。ちょうど金兵衛茶屋の向かいあたりにある。

観光案内所とか食堂とか土産物屋とか、そんな感じのものの廃墟であろうか…?上の階層の方がマッチョであり、ちょっと東京ディズニーシーの「タワー・オブ・テラー」を彷彿させるデザイン。だからこそ、夜に訪問した今回に初めて意識したのかもしれない。

ちなみにタワー・オブ・テラーの世界観、バックストーリー、僕は大好き。

 

夜桜6

暗い遊歩道を歩いて、いつもの中州を見下ろすスポットにも立ってみた。

町には光がついていて、ちゃんと生きているって感じがする。車のヘッドライトもたくさん動いている。石ノ森萬画館もライトアップされていて、まるでUFOのようだ。

震災を乗り越えた人の日常がここにある。

 

 

整備されてきた沿岸部

 

ではでは、いよいよ最終章だ。同じ年の日中帯の桜の写真をお見せしたい。

 

たい平桜と中洲

まずはたい平桜だ。見事に満開である。

その向こうには中洲と、そこにある石ノ森萬画館がチラリと見えているね。たい平桜は中洲を見下ろす丘のギリギリの場所にあるのだよ。とってもいいロケーション。

 

鹿島御児神社1

それから、丘の上の鹿島御児神社なのである。僕も今回はここでお参りをした。

コロナ禍でどうにも楽しみづらい世の中だけども、この息が詰まるような日常にいつか終わりが訪れますように。マスクをしないで外出できる時代がまたやってきますように。

 

鹿島御児神社2

その鳥居。現在のものは1935年(昭和10年)からここに立っているそうなのだ。90年近い。先ほども書いた通り、もうかなり傷んできて限界間近だという。

 

現に僕がここを訪れた1ヶ月ほど後には解体されてしまったので、これは長年この町を見守った鳥居の最終盤を撮影した貴重なものとなったかもしれない。この年の暮れ、新しい鳥居がこの場所に立つこととなる。

だからさ、あなたはぜひこれからの時代を見守る鳥居を眺めてほしい。

 

クジラは耐える

クジラのオブジェは、もうかなり色褪せてはいるけども相変わらず残っている。

もうこのままボロボロになりつつも桜の海を泳ぎ続けてほしいよね。コロナ禍以降はしばらくここを訪れていないけど、2026年現在もこの子はいる?いてくれたら嬉しい。

 

思い出の茶屋

お馴染みの金兵衛茶は今年も元気だ。ラーメンの幟は見当たらないが、どうなったのだろう?とりあえず石巻焼きそばの幟はあるのでアイデンティティはちゃんと守っているぞ。

 

店頭にはお面がズラリと掲示されている。お面、いいなぁ。すごくすごく小さな頃、母方のじいちゃんに連れられて行ったお祭りで目を輝かせて購入した思い出がある。でも小学生に入る頃になると急に興味が失せてしまったりしてね。

つまりはお面は、僕にとってはピュアだった時代の象徴みたいなもんなのだ。だから愛おしい。

 

石巻城址

そうそう、ここ日和山は「石巻城址」だったのだ。あまり知られていないけども、それを示す石碑だってあるのだよ。

存在していたのはかなり昔で、鎌倉時代くらいと言われている。つまりは1200年代とかかな?廃城したのは1590年だ。つまりは江戸時代すら見ることができずに滅びたのだ。

 

ここに城があったと判明したのは結構最近で、1983年のこと。これだけ存在自体が歴史に埋もれていたので、当時の痕跡はほぼ無いっぽいよ。それでもここは、見晴らしもいいし町も栄えているし、城を作るにはいい条件だったのだろうなぁと想像できる。

 

芭蕉と曾良

いつものように松尾芭蕉の銅像も撮影しておこう。

あなたが見てその繁栄ぶりに驚いた石巻の町は、一度大変な災害に見舞われたけども、また立ち上がっているから。そしてきっとまたあなたを驚かせてくれるから。

 

沿岸部を眺める1

津波に飲まれて、住宅地だったところが壊滅してしまった南浜地区。今は「石巻南浜津波復興祈念公園」となっている。中央に写っているのは震災のリアルな記憶を紹介する「みやぎ東日本大震災津波伝承館」だ。

コロナの影響でOPENが遅れているそうだ。

 

drive-ns.hatenablog.com

 

この祈念公園に何度も通い、そして伝承館を訪れた記録については、過去に上記の記事で執筆しているのでぜひ読んでほしい。あっち側からこの日和山を遠望する写真も出てくるから。

 

沿岸部を眺める2

見違えるようにきれいに整備されたなぁ。手前にはマンションもできた様子だ。

しかしいいのか悪いのか、そこには人の生活を感じさせる温かみはなくなったなぁ…。

 

沿岸部を眺める3

いつまでも同じかたちの町は無い。町も生き物だ。時代と共に姿を変えていく。時代時代に合った町の姿がある。今の僕には何が正解かはわからないけども、新しい時代に向かって進んでいく石巻の町のことは心から応援したい。

 

新しい時代に思いを馳せて1

老夫婦に声をかけられた。色々聞かれたので、遠い地から来てここを見守っている旨を話した。老夫婦は涙ながらにあの日の思い出を語り、そして僕に感謝の言葉を言ってくれた。

感謝されるようなことなんてしていない。僕だって無力さを感じてもがいている。被災した人への接し方だって悩むことばかりだ。それでも、ありがとう。これからももがいてみるよ。

 

新しい時代に思いを馳せて2

日和山で桜を見る人、町を見下ろす人。

誰が何を考えているのかはわからないが、東日本大震災とは切っても切れない要素を持つ日和山。いろんな人の想いがきっと交錯しているのだろう。逡巡しながら自分を見つめ直す場所でもあるのだろう。

 

新しい時代に思いを馳せて3

桜に感動しているのか。それとも地震の記憶に悲しさと切なさを感じているか。

僕自身の気持ちもわからないが、それでも季節は巡るし月日は流れていくんだよな。

 

以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。

 

 

住所・スポット情報

 

  • 名称: 日和山
  • 住所: 宮城県石巻市日和が丘2-2
  • 料金: 無料
  • 駐車場: あり
  • 時間: 特になし