大月市っていうと、「あぁ、信州方面から都心に向かう際にヤバいレベルの渋滞がスタートするところね」みたいなイメージが強いかもしれない。ぶっちゃけ僕の場合はそうだ。
だけども、その大月市には「猿橋」というファンタスティックなビジュアルの橋があるんだ。

一見すると「何の変哲もない短い橋じゃないか」って思われるかもしれない。
まぁその誤解は追って解いていこうな。それに駐車場も橋自体も無料だしさ、チェックしておいて損はないぞ。なにせ猿橋は日本三奇橋の1つ。知っておけば必ずやどこかであなたのステータスになりますって。
国道脇の名勝へ
国道20号を反れて100mくらいのところに猿橋は存在する。まずはこの猿橋へと入っていく国道の交差点が、僕的に萌え要素の1つなんだ。

見て、このアーチ。『歓 名勝 猿橋 迎』。ちょっと昭和レトロなこの看板、離れちゃった"歓"と"迎"の文字の時点で、僕の胸は高鳴るのだ。
こういう系の看板は、表記とは裏腹に「大丈夫?本当に名勝?」、「僕らは本当に歓迎されているの…?」という戸惑いを僕らに与えてくれるのだが、それがいい。少しハードルを下げてくれるの、とてもいい。

このカッコいい車が僕の日本5周目を担当してくれた愛車だ。
駐車場は狭めだけども無料。斜めに頭から突っ込むスタイルで、駐車場の先はすぐに行き止まりなのでバックで出るしかない。つまり駐車場に入れるのはラクラクだが、出るのは地獄の仕様。
いや、隣の車に合わせて顔面から飛び込んだけど、最初に苦労して転回してからバックで入れた方が良かったのかな?

直近で行ったときにはみんなバックで入れていたのでそれに合わせた。
あ、ところで今回は3回ほど訪問した際の記録をマージして語っていくので、いきなり季節が変わるかのような写真があっても、そういうことだとご承知おきいただきたい。

駐車場の片隅には三猿塔というオブジェがある。見ざる・言わざる・聞かざるの3匹だ。特に一番下の"聞かざる"がただの丸くて白い顔で猿っぽくなく、ホラーしか感じない。

で、すぐに猿橋が現れる。受付とか料金所とかは無い、フリーダムに通行できる橋だ。長さは約31m。このどこが奇橋なのだ、なんも奇妙なところなんて無いじゃないかって、思うかもしれない。
そうなのだ、渡っているだけでは気付かないかもしれないのだ。表側からではわからないかもしれないのだ。秘密は裏に潜んでいるから。
無敵の橋を造るために
…というわけで、この章ではいよいよ猿橋そのものを見ていこう、渡っていこう。先ほども述べた通り、渡っていると橋の側面や裏面は見えない。なので見る角度を変えていくぞ。

見ろこれ。橋の下になんかマッチョな付属物がいろいろくっついているんだぜ。武家屋敷の屋根瓦みたいなヤツが、橋の裏側についているんだぜ。謎だろ。
これが猿橋の最大の特徴なのである。以後はこれを”刎木(はねぎ)”と呼ばせてもらう。
諸説あるみたいだが、この橋の歴史は西暦600年代の推古天皇の時代まで遡るという説がある。

百済(くだら)からやってきた技術士の人である「志羅呼(しらこ)さん」が、この深い渓谷に橋を架けてほしいと頼まれたのだそうだ。
ここに橋を架けたい理由は2つ。川の水面からかなり高度の高い位置に両側の崖が迫り出しているので、いい感じに橋を渡せば橋脚を造る必要がない。そうすれば水流が爆増しても「橋脚が破壊されるかも!」みたいな心配がいらない。無敵。
それに、増水で水面が上昇しても、橋が遥か上空なのでこれまた無敵、という点だ。

言うのは簡単だが、そんな橋脚もない橋をこの深い渓谷にどうやって架けるのか。志羅呼さんはいろいろチャレンジしては失敗した。
そんな折に、この谷を渡る猿を目撃したのだ。猿は複数匹で数珠つなぎになり、自分自身が橋のようになって見事に谷を攻略したそうなのだ。まぁ僕は猿の生態には詳しくないので、猿がどのようなアクションをすれば数珠つなぎになれるのかはピンと来ていないけどな。

あ、そのシーンは猿橋のすぐ西側にある「新猿橋」の欄干に表現されているから、よろしければ探してみてね。
…というわけで、このモンキー・チェーンに着想を得た志羅呼さんは独特な橋を生み出す。それが、刎木を使った"刎橋"と言われる形態の橋だ。

まずは両側の崖の岩盤に短い刎木を突き刺す。
その刎木の上に、もう少しだけ長い刎木を突き刺す。下の刎木があるから、もう少しだけ長くても支えられるよね…っていう理論だ。これを4回繰り返す。
最後に、両側の刎木と刎木の間を結ぶように、橋の路面部分をそーっと乗せたのだ。

はい、これで橋脚の無い橋の完成。めでたしめでたし。
重厚な刎木を愛でよう
改めて、猿橋を刎木に着目しながら見ていこう。

うーん、かっこいい。4層の屋根が折り重なるような刎木のデザイン、渋いことこの上ない。なんでこんな屋根のような形なのかというと、雨で腐食したりしないようにするためだ。ちゃんと理にかなった優しい設計なのだ。

見下ろすよう角度も美しい。
橋脚を使用しないタイプの橋は、実はみんなもご存じの吊り橋が現代では一般的ではあり、古来から使われていたんだ。でも西暦600年当時のこの地では、頭をひねって刎橋を発明したようだね。

結果として、刎橋はとても珍しい存在となっている。
石やコンクリートなどの素材を使った刎橋はまだ各所にあるが、木造の刎橋は日本でここだけにしかないのだ。つまりは日本三奇橋にふさわしい超激レアな工法の橋なのだ。

江戸時代にはすでにこの猿橋は有名で日本三奇橋にエントリーされていたそうだ。
「葛飾北斎」も絵に描いていたし、「歌川広重」も「甲陽猿橋図」という絵に描いた。上の写真は、甲陽猿橋図を紹介する現地の掲示物から撮影させてもらった。
1932年に国の名勝に指定されたそうだ。何度か架け替え工事が行われているが、現在のものは1984年に架け替えた際のものらしい。とはいえ、デザインは江戸時代のものを忠実に再現しているんだって。

そんなオンリーワンの刎橋を無料で、しかも信州の大動脈である国道20号から1分反れるだけで見学したり渡ったりできるなんて、お得情報だとは思わないかね?
あ、ところでここ以外の日本三奇矯には山口県の「錦帯橋」が入るのはテッパンなのだが、3つ目はブレることが多いぞ。
栃木県の「神橋」、徳島県の「祖谷のかずら橋」、富山県の「愛本橋」、長野県の「木曽の桟」…。あなたの中ではどれが正解? 僕の中の正解はあえてここでは言わないが、やっぱ現在も存在しているものを3つ目としてほしいけどな…。
奇矯を見ながら蕎麦食ったり
最後に、この猿橋のすぐそばのスポットをご紹介する。

まずは、猿橋の駐車場から見落とすことができる「八ツ沢発電所施設第一号水路橋」だ。猿橋と並行して架かっている。前述の写真では猿橋と一緒に写ったりもしている。
これは明治時代に造られた水路橋で、国の重要文化財にもなっている、とてつもなく貴重なものだ。だから猿橋観光の際には、この橋も忘れずに見てあげてほしい。

現在「東京電力」と呼ばれている会社は明治時代当時は「東京電灯株式会社」だったんだけど、その東京電灯が造った八ツ沢発電所の設備の1つ。鉄筋コンクリート製の水路橋としては、当時最大規模だったらしく、技術の粋を結集して造られたものだったそうだ。
角度を変えると、赤レンガ製の水路が山肌の中に続いているのが見える。かっこいい。

そしてこれは、猿橋と並行して架かる新猿橋。さっきモンキー・チェーンの欄干が設置されている旨をご紹介した橋だ。
これは猿橋から眺めた図。猿橋を渡って、新猿橋から駐車場に戻るといい感じの構図を楽しめるぞ。

猿橋の目の前にあるのは、「大黒屋」という蕎麦屋さん。もともとはこの甲州街道の老舗旅館であり、その歴史は300年ほどもあるらしい。江戸時代の侠客「国定忠治」の常宿でもあったそうだ。
僕はここで、日本5周目の夏にランチをしたことがある。

国定忠治の名前を冠した"忠治蕎麦"っていうのがオススメらしいので、それを注文した。蕎麦は素朴な味で、何かすごい特徴があるようには感じられなかったが、食べやすくてうまい。夏に食べるのに最適なツルツル感だ。量は結構多い。

あと、このときは同行者がいて2名だったので、馬肉の竜田揚げをオーダーしてシェアした。
やっぱちょっとだけ独特のクセがあるけど、そういうのは嫌いじゃないよ。そういう普段食べなれないものを食べるのも、旅の醍醐味だよね。うまいうまい。

ちょっとだけマイナーでちょっとだけ地味かもしれないけど、背景を知って行けば猿橋はいいところだ。あなたも先人の努力の結晶、猿の数珠つなぎに思いを馳せて眺めてほしい。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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