フグというのは高級な料亭で日本酒でも嗜みながら食べるもんだと思っていた。未だにそういう機会は訪れないが。
そんな僕が、朝日の射すベンチで潮風にあたりながら1人でムシャムシャとフグを食べたのだ。
目の前をジョギングの人も横切った。ジョギングの人は僕を二度見して「こんな人は初めて見た」みたいな表情を一瞬浮かべたが、僕だってこんなシチュエーションでフグを食べるのは初めてなんだから、お互い様だ。

少し寒いけれども爽やかな、朝の6時16分。
そこに至るまでのストーリーを語りたいと思うのだ。
日本最大のフグ市場へ
ここは下関。本州の最西端の町。
寒いし眠い。それは今が午前5時だからなのである。本能が「もっと寝ておけ」と言っている。

しかし午前5時の関門海峡はすごく美しく、「早起きした価値があるな」って思った。あれは本州と九州とを結ぶ「関門橋」だ。あの向こうの陸地は九州福岡県。
もうこれまでに20回~30回は見ている橋であるが、何度も見てもいいもんだな。早朝の景色というのがまたいいんだと思う。

それに、早起きしたのには理由があるんだ。このすぐ先にある「唐戸市場」で朝ごはんを食べたいのだ。どうやら朝の5時にはOPENして、せりが始まったり、一部店舗は営業開始するらしい。
ならばせりを見て、そして朝ごはんを食べよう。僕の旅の行程はやることを死ぬほど詰めていくハードスタイルなので、朝の5時台にこれらの用件を終わらせて、ガンガン次の目的地へと走っていきたい。そう考えている。

近くの駐車場から関門橋とは反対方向に海沿いをテクテク歩くと、唐戸市場が見えてきた。この建物の中が市場の施設だそうだ。
あ、そもそも僕がここに来た経緯を話そう。実はほんの2日前まで、この唐戸市場のことは「聞いたことあるけど詳細は知らない。特に興味もない。」っていうレベルだったのさ。
だけども一昨日の夜に広島県呉市の行きつけのバーである「ナポレオン」で飲んでいたら、マスターが「この旅の行程で唐戸市場に行けるなら行くといい。刺身とかお寿司とかかって、屋上の芝生スペースで食べると最高だよ。」って教えてくれた。
僕は「行くー!マスターのおススメなら絶対行くー!」って答えた。

これは市場前の「ふぐせり像」だ。巨大なフグの前で作業服の人がせりをしている。
右側の2人、それぞれ片方の手を筒状のものの中に入れているのがわかる?これは”袋せり”っていう、ここだけのせりのやり方なのだよ。袋の中で、仲買人がせり人のどの指を何本握るかによって、誰にもわからぬように希望価格を示せるんだ。
なるほどなるほど。像だけ見るとお互い笑顔で筒の中でガッチリ握手でもしているのかと思いきや、無言で高度な交渉をしていたのだね。
ところで一番左の人は、なんだそのポーズ。

ふぐせり像を背後から見てみた。向こうには朝焼けの関門海峡が広がっているので、それと共に写したかったのだ。
ここ下関は日本のフグの実に8割ほどを取り扱っているという。下関市内の少し離れたところには、同じ組織が運営している「南風泊市場」っていう市場があるんだけど、そこは日本で唯一フグ専門の市場なのだそうだよ。
いやぁ、楽しみだなぁ。ちょうど5時を少し回ったところだし、フグのせりを見られるのだろう中。フグも手の届く金額だったら食べてみたいなぁ。
ワクワクしながら建物の中に足を踏み入れた。

…うん、せりやってないよ。割と静かな朝。What??
早朝の市場を見学する
せっかくワクワクしながら5時に来たのに、せりが行われていないのだ。たくさんの生け簀があって魚はいそうなんだけども、人が全然いないのだ。

Webによると日曜以外はせりをやっているそうなのだが、今日は平日。どうしたのだろう。
全然魚が採れなかったのか、関係者全員寝坊しているのか、せりに使う袋をなくしてしまったのか…。たぶん全部違うんだろうけど、寝起きの僕の推理力では正解を導き出せない。この事件は迷宮入りだな…。
まぁ良い。とりあえず市場内を少し見学してみようか。

んっと、事前に断っておくと、ここからのレポートはあなたの旅の参考にはあまりならないかもしれない。早朝すぎて店もお客さんも本格的に動き出していなかったからだ。もっとワイワイした図をお望みとあらば、Web検索し直すのが賢明だ。
…あ、でもちょっと待って。せっかく当ブログに来て見れたのだから、もうちょっとだけ読んでいって。

僕は市場全体を見下ろす見学デッキにいる。
まだ賑わいとは正反対の情景であり、観光客は皆無と行っていい。業者さんも少なく、静かに作業をしている。ただ、だからこそなのかもしれないけども、緊張感のある空気が漂っているような気もしたよ。お客さんがいないってことは、作業に集中できる時間。

ブースに照明がついており、かつ消費者として目を引く看板はあるものの、ショーケースにはまだ何も入っていない。上から見下ろすと一目瞭然だ。この時間はまだ本格的な販売は始まっていないのだな。

巨大なフグのオブジェもあった。仮に本物だったら身の毛もよだつサイズだ。膨らんだらトラックが押し潰されそうだよね。夜明けの静かな建物内に鎮座しているがゆえの恐怖感。
よく見ると小さなマスクもしている。これは訪問当時、まだコロナ禍といわれる時代が完全には終わっていなかったからであろう…。

下のエリアに降りて、店舗等が立ち並ぶ通路を歩いたりもした。たぶんあと3時間もすれば観光客でひしめくであろうこの通路も、今は暗く場違い感がハンパない。
仮にお弁当みたいな、テイクアウトしてすぐ食べられるものがあるので、あればそれを購入するのもアリなのだが、そういう雰囲気でもない。業者さんにも声をかけにくい雰囲気だ。
建物内には食堂も数店舗入っている。それらの写真は取り忘れてしまったのだが、どの店舗もまだ開店前だ。どうやら6時オープンのようだね。

これは唐戸市場のマスコット「福招金(ふくまねきん)」というのだそうだ。顔をなでるとご利益があるという。とりあえずなでておいたよ。我が人生、今後もいいことありますように。
…それでだ。結論から言うと、アプローチしたのが少し早すぎたと感じた。せめて6時が良かったのかもしれない。であれば、あと数10分車で待機しよう。それからもう一度ここに戻ってこよう。

そう決意し、僕は一度唐戸市場を退散する。
朝日と共にフグ刺しを
唐戸市場を出たところ、ふぐせり像のところで朝日を目撃した。

ステキ!関門橋の向こう側から日が昇ってきている!
これを見れただけでも、唐戸市場を一度離脱した価値があったなぁ…!もし市場内でご飯食っていたら、この瞬間は見逃していたもんなぁ。

唐戸市場のほぼ対面には「赤間神宮」という竜宮城みたいな神社がある。さっきはまだ薄暗くて見えづらかったけど、今はしっかり目視できる。
調べてみると、この神社で祀っているのは「安徳天皇」。平安時代の末期、平家と共に行動した6歳数ヶ月の天皇で、源平合戦の最後のバトルである関門海峡を舞台とした壇ノ浦の戦いにて、祖母に抱かれて入水したのだ。
合点がいった。最期、安徳天皇は祖母に「どこに行くの?」と尋ね、祖母は「波の下にも都はあります」と答えた。小学生のころ、平家物語でそう読んだ。その都を竜宮城のようなビジュアルで再現したのだね。

6時ちょいすぎ、僕は唐戸市場に戻ってきた。
朝日を眺めたり赤間神宮の外観を眺めていたので、時間はあっという間に数10分すぎていた。車に戻ったものの、少し旅の記録をつけたりしていたらすぐ6時だったさ。
心なしか、市場内は明るく活気づいてきたな。
だが、食堂エリアに行ってみてもまだ食堂は開いていなかった。改めて確認すると早朝かえ営業する食堂は水曜日は定休日。そんで今日がその定休日だ。あぁ、ついてないな…。
ならば、市場のブースで何かテイクアウトできるものを買おうか。

でも、やっぱお弁当とか海鮮丼のようにすぐ買ってすぐ食べられる系のものがなかなか見つからなくって。魚1匹買ったところで嚙みつくわけにはいかないし。
そんな中で見つけたのは、フグ刺しだ。値段は600円と良心的。そしてせっかくの下関なのだ、「フグを食べれた」というステータスを得られるのが嬉しい。さらに、僕は朝ごはんはほとんど食べなくっても大丈夫な人なので、わずかな量であっても満足できる。

フグ刺しを買い、関門海峡を一望するデッキスペースに出た。
一昨日の暮れのバーのマスターは「屋上の芝生がおススメ」と言っていたが、僕はさっき朝焼けや朝日を見た、この海沿いのデッキがいいや。屋上への上がり方を模索するのが面倒ってのもあるし。

山口県のマフグだ。ポン酢ともみじおろしがついてきているので、それをつけて食べることとする。
もしかしたら過去にフグを食べたことがあったかもしれないが、意識して食べる初めてのフグがこれだ。関門海峡の朝日に照らされたフグは美しく、風はちょっと冷たいが心地いい。フグデビューとしては、とても良いシチュエーションなのではないかね?

朝日の射すベンチで潮風にあたりながら1人でムシャムシャとフグを食べた。
目の前をジョギングの人も横切った。ジョギングの人は僕を二度見して「こんな人は初めて見た」みたいな表情を一瞬浮かべたが、僕だってこんなシチュエーションでフグを食べるのは初めてなんだから、お互い様だ。
僕のイメージするフグ刺しって透き通るくらいに薄くって「ホントにこんなんで満足感は得られるか?」みたいなものなのだが、これはそこそこ厚みもあってコリコリした歯ごたえが楽しかった。
正直、味はよくわからない。うまいとは思うけども、魚の味自体にインパクトがあるわけでもなく、ポン酢ともみじおろしをメインに味わったような気持ちにもなった。

ただ、僕はそれでもいいと思った。初めてのフグだもん、そんなもんさ。
まだ人生は長い。この先ゆっくりと時間をかけて、フグとはどんなものか、経験を積んで解像度を高めていけばいいのではないかね?それより今は、朝日の中でフグを食べたという思い出の方が大事であり、何よりも尊いのではないかね?

日が完全に昇って最高の青空となった関門橋を臨みつつ、僕はドライブを再開する。今日もいい日になりそうだぜ。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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