「夢想平」。これは正式に存在するスポット名ではないようで、Web検索をしたところで情報はほぼ皆無だ。
だけれども、一部の人々の心の中には確かに存在する幻の湿原。立ち枯れの木々が残る、静かで神秘的な湿原。
きっと北海道を愛する人が探求心を元に活動して発見し、口コミのみで伝承されるスポット。僕もそんなごく一部の人間の1人であり、そうなれたことを嬉しく思っている。僕はとある旅人宿のオーナーさんから教えてもらった。

場所の詳細はあえて明かさない。
ただヒントとして、オーナーさんからもらった手書きMAPの一部だけを写真紹介しよう。ご覧の通り「落石周辺地図」という名のMAPだ。ここにその夢想平の名が登場する。

僕が訪問したのは少々昔、日本4周目のことだ。その思い出を今宵語ろう。
たぶんもう二度と行かない、行けないスポット。今はどうなっているのかなぁ。もし2020年以降に行ったことある人がいたら連絡ほしいなぁ…。
台風の中で宿主は語る
根室のとある旅人宿。夕方からすさまじい豪雨に襲われた。チェックインのとき、宿の駐車場から建物に入るだけで決死の覚悟だったさ。ダッシュしたけどずぶ濡れになった。

台風が根室に向かってきている。今は三陸沖らしい。今夜遅くにここまで来るそうだ。
本来はこの宿には僕以外にライダーさん3人が来る予定だったそうだけど、この悪天候のためここまで到達できないらしい。従って今晩の宿泊客は僕1人だ。
それもまたいい。一期一会の旅人たちでにぎわって活気のある飲み会になるのも楽しいし、北海道を大好きなオーナーさんと1対1で本気で語らう夜も、いいもんなんだ。

外はゴウゴウ言っている。ときどき雷も鳴っている。
夕食と共に酒を飲んだ僕は、夜更けにオーナーさんとコーヒーを飲みながら談話室で語り合っていた。
僕は「昨日の宿で話題になったんだけど、根室の最奥の槍昔っていうすんごい小さな秘境集落を知っていますか?」って聞いたりしていた。
オーナーさんは「行ったことはあるよ。だけども近年は防波堤とかガンガン作ってて昔ほどの風情がないよ。」みたいなことを言っていた。ちなみ僕、この翌日に実際に訪問したんだけど、その話はまた機会があったらで。

「そうだな…、もし君が秘境を好きなのであれば…。」
オーナーさんは物思い深げにゆっくりと話を切り出した。外で雷が鳴り、オーナーさんのメガネが光った。
「その秘境は"夢層平"と呼ばれていてね…。立ち枯れの木々が生えている湿原なんだよ。それが、ここの比較的近くにある。」
秘境大好きだ!そして立ち枯れの木々も大好きだ!興味津々でその話に食いついた。
旅人宿のオーナーさんって、大体昔はご自身も旅人で、その土地が気に入ったから引っ越してきて、自分らの後輩である現役の旅人にいろいろ情報を与えてくれるんだ。好奇心旺盛な人がほとんどだから、誰も知らないようなスポットをたくさん知っているケースが多い。
そんなレアで生きた情報をくれるから、北海道では車中泊ではなくて旅人宿に泊まるんだよ、僕。
オーナーさんが古いアルバムを引っ張り出して、夢想平の写真を見せてくれた。
それから手描きの地図を1枚くれ、アプローチの方法を丁寧に教えてくれた。ちょっと路面が悪めのダートをそこそこの距離走らなければならないらしい。そして目印もほとんどなく、わずかなポイントをキッチリ押さえながら進まないとヤバのだそうだ。
縦横無尽に配置された林道なのでオーナーさんでも道に迷うことがあるそうだ。マジか。行けるのか、僕?

自室に戻った。TVがある贅沢な部屋だ。台風が気になるので、普段TVを見ない僕だがつけてみることにした。
…すごい被害が出ている。京都の中心部が浸水して、秋の行楽シーズンだというのにお店が大惨事になってしまっている。鴨川沿いが特にひどい。鴨川、旅の仲間たちと3回ほど川の中にザブザブ突入したこともある思い出のスポットだ。なんてこった。
そして今日観光していた釧路や厚岸も町中が浸水しているとのことだ。僕、間一髪で観光していたのか…。
そんな複雑な思いを抱きつつ、明日の走行プランを組み立てた。もちろん夢想平は午前中のうちにアプローチするつもりだ。

こうして暴風雨の中、夢を抱いて眠りにつく。
僕は夢想平に行けるのか…?
台風一過の未舗装路アプローチ
翌朝…。数10年に一度来るかどうかというレベルの強烈な台風は、過ぎ去っただろうか…。不安だったので少し早めに目を覚ましてしまった。
窓の方を見てみる。カーテンの隙間からレーザービームみたいな光が部屋の中に射し込んできている。
これは…、もしや…!!カーテンを「バッ!」と勢いよく開けてみた。

いいぃよっしゃーー!!晴れた!!台風一過!!
おはよう北海道!おはよう、北海道!!
もうルンルンで朝ごはんを食べたよね。そして食後は窓の外の絶景を眺めながらコーヒータイムだ。さらに最後にもう一度夢層平の位置をオーナーさんと復習しておいた。

風の強い、とても天気のいい爽やかな日の出発。宿の前で手を振るオーナーのおじさんに別れを告げ、愛車のアクセルを踏み込んだ。
ありがとう!ご飯、とってもおいしかった!!夢想平、絶対行くからね!!
…このあと、僕はまずは"北海道三大秘岬"と呼ばれる、お気に入りの「落石岬」に突撃するんだけど、それは本題ではないので飛ばそう。
台風一過で岬の先端に至るまでの草むらもズチャズチャの水浸しで、せっかく履いたばかりの靴下が靴と共にグチャって泣きそうになったんだけど、それもなおさら本題ではないので飛ばそう。

チェックアウトから1時間ちょっと。
僕は手描きの地図を見ながら慎重に進み、夢想平に至る林道のゲート前までやってきていた。
あえて加工して塗りつぶしてしまったが、写真左側の看板には林道の名前が、そして右側の看板にナンバーが書かれている。
オーナーさんが「このナンバーが目印だからね。そしてここの林道入り口のゲートが閉まっていたらオシマイだからね。」って言っていたところだ。ゲートは開いていた。やったぁ。

快晴の朝のダートは気持ちがいいな。バリバリ森の奥へと進んでいく。
部分的に道は荒れているところがある。やっぱ昨夜の台風の影響なのか、道が大きくえぐれている部分があるのだ。一般の車じゃ厳しいかもね。四駆でよかった。山奥の秘境や廃村などを巡るため、僕には四駆の車が必須なのだ。

この林道、日陰に当たるところは土の地面がヌタヌタ。さらに傾斜も激しい部分がしばしば登場する。一気に走り抜けないと、さすがのこの車でもスタックしかねないよな…。そういうところは一気に駆け抜ける。
それ以外の気持ちのいいエリアについては、ところどころで駐車して写真を撮ったりもした。

すれ違いが可能なところはほぼゼロだが、結論から言うとこの林道エリアでは一台も車を見かけなかった。自分のペースでこの朝の道北の爽やかな空気を楽しみながら、ゴトゴトと未舗装路を走った。最高。
夢層平と、それを阻むアイツら
たぶんここだ…。僕は林道の端に愛車を停めて、エンジンを切った。

一見すると目印も何もない、未舗装路の途中のカーブ。だけども頭上に送電線が通っている上、右手に見える景観がオーナーのおじさんが教えてくれたものと一致したから確信できた。
ここからは徒歩だ。なんか行先はすんごい茂みだ。
スニーカーで行きたいところだけど、スニーカーは落石岬で水没してグチョグチョだ。しょうがない、サンダルで行くしかないか…。
天気がいいので濡れたスニーカーは車のボンネットの上に乗せて干し、サンダルを取り出した。

目的地はあそこだ。眼下に見える湿地帯だ。
この送電線を辿って降りていけば、目的地。目を凝らすと木道が見える。あと、上の写真では分かりにくいけど、立ち枯れた木々も。
茂みの中に入り、降下を始めた。
足元は濡れ地て滑るし、茂みはとても元気に成長している。サンダル、やっぱキケンだったな…。

湿地帯の景観がだいぶ開けてきた。あれが幻の湿原、夢想平だ。
ここからはまだ完全に全容が見えないが、あの送電線へと繋がる木道は湿原の中を突っ切っていて、それ自体が幻想的な景観だと聞いている。
でもここ観光ではない。木道も送電線のメンテ用のものなので、送電線以外の部分へは繋がっていないのだそうだ。

ズームしてみた。送電線の先、川の対岸にはビッシリと立ち枯れの木々が見えている。送電線のところまで行けば、もっとよく見えるだろう。見てみたい。
…いや、問題が発生した…!!
前方におびただしい数の蚊がいるのだ。蚊柱だ。もしかしたら台風一過で一気に羽化したのかもしれない。しかもその蚊、1匹1匹がかなり大きいのだ。
僕は蚊が大嫌いなのだが、蚊は僕のことが大好きだ。O型で蚊に刺されやすい性分であり、他の人が大丈夫でも僕だけ集中的に刺されるのはいつものことだ。さらに、僕は皮膚が弱いために刺された場合に悪化しやすい。

あぁ、もう少しだったに…!たぶんここへはもう二度と来ないのに…!!
それでもこれ以上進むのはマズいのだ。僕を感知し、蚊柱が僕の方に向かってきた。昔のマンガで、人間がハチの大群に追われているような絵面が出来上がっている。
素早く取り出した携帯電話で夢想平のラストショットを撮り、素早く踵を返して遊歩道を登り始めた。
ここからの撤退劇は、すごいもんだったぜ。そりゃもう、パニック映画みたいな感じだったぜ。
蚊の大群に追われながら、ダッシュで愛車のところに帰る。蚊が到達するギリギリで車に乗り込み、ドアをバタンと閉じる。その一瞬後、僕を追いかけてきた無数の蚊が窓ガラスにへばりつく。うおぉ、こんな映画みたいな展開、本当に起こるのかよ…!

ふぅー…、と一息ついて車を発進させるべく前方を見たら、僕の靴がボンネットの上に載っているではないか…!そうだった、そこで乾かしていたのだった…!!
どうしよう、運転席の窓ガラスは蚊だらけだ。ここから出たら刺されまくるし、ドアを開けた拍子に車内にもたくさん蚊が侵入するであろう…。
では、後部座席だ。後部座席に移動して、そこから音速でボンネットのスニーカーを回収。再び後部座席から車内に戻る。蚊には気付かれなかった。僕は蚊よりも頭が良かったのだ。誇らしい。
そしてエンジンをかけて出発!!逃走する!!
むー…、しかしこのまま撤退もカッコ悪いな…。ちょっとルートを変えてみる。

こうして辿り着いたのが、ここだ。たぶん夢層平の一部ではあると思うんだけど、適当に走って辿り着いたのでよくわからない。「もう一度行け」と言われても、もう行けないかもしれない。
ただ、ここはなかなかいいな。誰も知らない、静寂の世界の秘密の湿原。昨日の暴風雨がウソのように風もなく、時間が止まったかのようだ。

立ち枯れの木々もこうして間近に見ることができた。
しかしなんで立ち枯れているのだろうか。海が近いのでこの湿原は海水を含んでいるのかな?昔は陸地だったのが、徐々にかたちを変えて浸水してきたのかな?同じ北海道の野付半島にある「トドワラ」や「ナラワラ」は、こうして立ち枯れていったよね…。

しっかし川の水がきったねぇな…。笑えるくらいにチョコレートブラウンな色だ。あるいは青森県の「不老不死温泉」の色だ。台風直後だからな。本来はきっと澄んだ流れなのだろうが、これだけはしょうがない。

カモがのんびり泳いでいた。癒される光景だった。
この光景を堪能して後ろを振り向き、白い愛車が無残なまでにドロドロに汚れていることに気付いた。ここの未舗装路もドロドロだったし、おとといも別の未舗装路を走ったしな…。
まだ旅の序盤なのに酷い汚れだ。ここの川に文句言っている場合じゃなかった。車の方が茶色。

ま、それでも空は青い。このあとは北海道はずっと快晴続きなのだそうだ。存分に走ろうぜ。
実はこの旅は日本4周目のファイナル・ラン。これで日本本土の海岸線走行ルートが繋がり、そして毎度のことなのだが周回が終わるごとに僕は愛車を手放す。
つまりこの車と一緒に走れるのは今回が最後であり、2・3週間後には日本5周目のための愛車を納車予定なのだ。(次はHUMMER_H3っていう車)
こうして茶色く汚れた車は、道東の青空の下を走って行った。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 夢想平
- 住所: 非公開
- 料金: 無料
- 駐車場: 路肩に2台分ほどあり
- 時間: 特になし(林道ゲートの状況次第)