三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)はヤベェ。大正時代に起きた日本の歴史上最悪のクマ被害事件であり、7人が死亡し3人が怪我をした。
現場は15軒しか家がない山間部の小さな集落なのだが、事件から100年以上が経った今も、その現場が保存されていて観光スポットになっている。
…とはいえ、周囲は鬱蒼としていてなかなかにヘヴィな空気が漂っているし、自分以外の観光客に会ったことはないし、延々道を走ったドン詰まりにあるのでアプローチも最悪という、マニアックなスポットなんだけどな。
物好きな僕はそこを2回訪れているので、今夜はその話をしようと思う。
三毛別羆事件とは…
三毛別とは、苫前町にかつて存在した集落の名前だ。ここで事件が起きた。
先ほども書いた通り、三毛別は町から30kmも離れておる山の奥深い小さな小さな集落で15軒しか家がない。電話したり救助要請をするだけでも、往復半日はかかるんじゃない…?っていう立地だ。しかも事件が起きたのは真冬で雪も積もっていたそうだし。

この事件はそんなクローズド・ワールドでのパニックホラーだ。
最初に襲われた一家の奥さんの残骸を持ち帰ってお通夜をしていたら、肉を奪われたと思ったヒグマがリベンジに来ててんやわんかになったり、夜に小さな子供がたくさんいる家に突撃してきて阿鼻叫喚のスプラッタになったり、村人が一斉発砲しようとしても鉄砲の手入れがおろそかで1丁しか発砲できなかったり…。
文章で書くとサラッとしてしまうかもしれないが、緻密に書くとエグいことになってしまうので、このレベルで書くしかない。詳細が気になるなら各自調べてほしい。「知らなきゃよかった」と後悔しても責任は取らないけど。

終盤、凄腕のクマ撃ちのおじさんが参画したり、本格的な討伐隊が組まれたり、ヒグマをおびき寄せるために遺体を一部を使ったり…。最後はクマ撃ちおじさんがヒグマとの1対1で対峙し、見事しとめるんだよね。
ハリウッド映画並みの起承転結だと思った。

Wikipediaには10年くらい前まで、この事件が鬼のように詳しく書かれており、重厚な小説を読み終えたときのような感覚に浸った。
当時は「ネットで検索してはいけない単語」として、この三毛別羆事件が存在していたほどだ。それほどに、当時のWikipediaのこの事件の解説は生々しかった。
僕は日本3周目、まだ駆け出しの旅人であったころに1人でここを訪れている。
前夜に苫前町の隣にある羽幌町の旅人宿で出会ったライダーの「sottoooさん」がここに立ち寄りついでにチェックインしたと言っていた。恐ろしい雰囲気だと言っていた。なので翌日、僕もここに来た次第だ。それらが本章でお見せした写真だ。
なかなか怖かったぜ。ヒグマはデカすぎて、今の僕ではまだ勝てそうにない。今はまだ…。
では、sottoooさんは旅人宿を営んでいるそうなので、これからその宿を訪問して宿泊し、このスポットについて語りたいぞ。
2024年、三毛別の雰囲気は変わらない
車道が消える、その地まで
時は流れて2024年。行くか、久々に三毛別に。あのヒグマに会いに。
「あれから筋トレして強くなった僕が会いに行くぞ」とか言えたらカッコいいが、それはちょっと違う。誠に残念なことに、ぜい肉が増えただけだ。

苫前の町中の国道を反れて、事件現場までは18.5kmだ。その道を「ベアロード」と呼ぶので覚えておいてほしい。
信号は1つも無くってスイスイ進むものの、裏を返せば信号すら必要のないほどのローカルな道であり、だんだん気持ちは不安になってきたりする…。
しかもこのときは夕方の17時近くだったからなおさらだ。

終盤はアスファルトが剝げ落ちて、深い森へといざなわれていく。ここまでくれば三毛別はもう目の前だ。
ただね、これ真面目な話、北海道ってどこにでもクマが出没する可能性がある。こういう人里離れた山の中ならさらにその可能性は高い。心してかかれよ。僕は1人だから内心穏やかじゃないんだぜ。

なんだか昭和の映画みたいな画風とロゴで、現場まで200mを示す看板が設置されている。
ちなみに"三渓"っていうのは今の地名だ。今は三毛別という名前は消滅してしまった。あまり発音変わってない気がするけど、なんでだろ?やっぱ過去のこの事件で不吉なイメージがついてしまったからかな??

そんでその直後から未舗装路になる。ウゴゴゴゴ…、車体を揺らせながら突き進む。
…こうして辿り着いたベアロードのドン詰まり。そこがヒグマ事件の現場である、「三毛別羆事件復元地」だ。

これが三毛別羆事件復元地のほぼ全景。駐車場がどこだかわからないけども、まぁ誰もいないからどこに停めてもいいよね。
え?画面左端にいる黒い物体は何か、だって?なにかそこにいるのか?ちょっとよくわからん。
案内図と説明版を把握する
では、夕暮れの森の中にポツンと1人で怖いけど、ここを観光していこう。

案内看板がある。なんかこの看板の時点で怖い。絵のタッチが怖い。
スポット名に「くまの穴」・「くまの足跡」・「ひぐまのひっかき傷」などもある。特に足跡とか、辞めてくれよもうって思う。ただ、結論から言うと地味すぎてどれがどれだかわかりづらい。多くの人は「開拓小屋」だけ見て帰るんじゃないかなって思う。

どんな感情の顔なんだろうね、これ。
笑顔?笑って観光できるスポットなのか、ここは??

事件の概要を記した手書きの説明版もある。左上のクマの形相が、絵の上手な小学生が描いたみたいで好き。
なんで真冬に事件が起きたのかというと、そのヒグマは冬眠できなかくってすごく不機嫌かつ空腹だったのだ。人間もクマもだけど、裏を返せばお腹いっぱいでスヤスヤ寝ていたら幸せなのだ。怒る気力も無くなるのだ。
だからこのこと、僕の一番身近な人によく言っているんだけど、相変わらず僕はよく怒られます。なんで?…おっと、話が脱線しそうだ。

家の見取り図を描くスペースが思ったりより狭くなってしまい、文字と文字の間に「△クマ」とか書く、すごくアクロバティックな構図に僕も手に汗握った。事件もすごいがこのギリギリの手書き説明版の構成も手に汗握る。
説明版に記載のある臨月の婦人は、胎児を守るために「腹を食わずに喉を食って殺してくれ」とクマに懇願したのだ。ここまでは書かれていないけど、ご婦人は上半身だけ食べられた。でも腹も掻っ捌かれて胎児が外に出てしまい、直後は胎児は生きていたけどその後に死んでしまった。やるせないね。
一般的にはその胎児も死亡数にカウントされているよ。

前回も撮影した、ここで事件が起こったことを示す石碑だ。かなり苔むしてきたね。
事件後に少しずつ人が去って廃村になってしまったこの地。観光地化されたのは実にそれから75年後の1990年だ。観光地化がなければ、忌まわしき都市伝説みたいな感じになり、この地も森に飲み込まれていたかもしれない。
ヒグマ事件の現場を見て回る
では、メインとなる開拓小屋から見ていこう。

小屋とクマが向こうに見えている。相変わらずすごくデカくて震える。もしお隣さんの家がまさにあの状況だったとしても、僕は助太刀に行ける自信がない。クマのワンパンで地平線まで吹っ飛ぶ自信ならあるけど。
手前の木には「ハチに注意」と書かれている。こっちも怖い。

クマはオスで、体長2.7メートル・体重340kgであったそうだ。
一般的なヒグマのサイズは2mちょいで150kgほどなので、コイツはとんでもなく巨大だ。最後に猟銃で倒したマタギのおじさん、百戦錬磨とはいえ胆力がすごすぎだ。

近づくと見上げるほどにデカい。
実際に出てきたら、僕が仮に素早く愛車に逃げ込んだとしても、軽く車ごと転がされるだろう。あるいは車ごとペチャンコにされる。
それでは、この開拓小屋の中へと入ってみよう。

ちょっとした農具などが展示されているだけで薄暗く、大体見えない。不気味な感じしかしない。あまり長居はしなくない空間だ。一瞬だけども「何を開拓できるのかな?」って思ってしまった。でも、過酷な北海道の地を切り開いた先人たちには感謝しかない。
…とはいえ、1分2分いれば充分すぎる空間だ。だからほぼ写真は撮らなかった。

『ご感想を記帳ねがいます』という札とノートがある。
大体みんな書いてあることは同じだった。「山深い」・「事件怖い」・「クマがデカい」くらいな感じで、小学生みたいな感想ではあるがそれだけシンプルかつ正しいコメントなんだと思う。僕も同じ感想だ。

開拓小屋を出た。ここの敷地内はなんだか地面がヌッタラヌッタラしていて歩きにくい。今日は快晴なのにこんなにぬかるんでいるということは、日差しが充分に届いていないのかな?これも空気を陰鬱にしていしまう要因の1つだよな…。
あと、林の中に置いてあるこの鐘みたいな物体は何。

ところで先ほど一瞬チラ見せした、この子クマのオブジェ。これは今回(2024年)に初めて見た気がするのだが、前からいたっけ?
三毛別を襲ったクマは10歳足らずのオスのクマで冬眠に失敗した個体と聞いているのだが、なんで子クマと一緒なの?この子も寝つきが悪いの?

これ以外の見どころはほとんどないのだが、一応冒頭の案内板に沿って敷地を一周してみよう。川を渡ると「ひぐまのひっかき傷」があるという木と、「くまの穴」と「くまの足跡」があるんだったな…。

たぶんだけども左の木が「ひぐまのひっかき傷」、そして右側が「くまの穴」だと思う。Webを軽く見てみたが、ここまでしっかり見学している人の情報は見つけられなかったさ…。
ただ、穴は確実に人工のものだね。木のひっかき傷はどこにあるのかわからないが、本物?あと、くまの足跡もわからんかった。

写真中央の倒木が、案内図にあった「開拓当時の大木」という倒木ではなかろうか。倒木に対し"開拓当時"とわざわざ書くくらいなので、裏を返せば当時からちゃんと立っている木はないってこと?
だとしたら先ほどの「ひぐまのひっかき傷」はやはり人工的なものの可能性が高いのだろうな。ま、ぶっちゃけどっちでもいいけど。

なぜなら、また似たような発言をしてしまうが、事件が事件だからあまりここにいたくないのだ。
戦のあった場所や凄惨な事件があった場所も行ったとあるが、それとはまた違う。だってクマ、マジに出てくる可能性があるんだもん。ここは北海道の森の中なんだから。
そそくさと車に乗り、この地を後にした。
凶悪クマをゆるキャラ化しちゃうのかい?
最後に少し別角度からの話をしよう。苫前の町中から三毛別の現場までの道を"ベアロード"と呼ぶことは、冒頭付近でお話しした通りだ。今度はこのベアロードにフォーカスしてみようと思う。

三毛別羆事件復元地に至るまでの道には、ポツポツとベアロード特有のデザインがされた看板がある。ベアロードなのでクマが描かれているのだ。
ただ、そのクマがちょっと実態と違うテイスト。三毛別羆事件復元地で見たようなおどろおどろしい感じじゃない。

「さぁ、僕と一緒にクマ被害現場に行こうよー☆」みたいなテンションを感じる。この温度感のギャップはどこから生まれたのだろう…。オマエ、何人も人を殺しておいてその顔か?サイコパスなのか??

早川の集落を示す木造看板。その左下には帽子をかぶったかわいいクマのキャラがいる。トニートニーチョッパーみたいなキャラだ。かわいさしかない。凶悪さゼロ。
すごく良く見ると、左の黄色い看板にも子クマをなでる親クマのイラストが描かれていた痕跡がある。
さぁ、次はまとめて一気に行くぞ。

どうしたどうした!?三毛別羆事件って、クマの親子愛を感じるスポットだったのか?なんでこんなにほのぼのしているんだよ…!コンセプト、違うじゃないか…。
幼稚園児とかだったら、「この先にクマさんのテーマパークがあるんだね、ワクワク…!」とか言いながら車窓からこの看板を眺め、そんで現地でギャン泣きするね。地獄に叩き落された気分になるわ。

ここにも同じテイストのクマの親子がいるね。ポールにはなんて書いてあったのか上半分は読み取れないが、「羆風」はこの事件を現したノンフィクション作品だね。
…いやはや、真に恐ろしいのは日本人よ…って思った。
割と過去の出来事も笑ってすませることができる国民性かもしれない。戦後もすぐアメリカ大好きになったし。僕もアメリカ好きだけどさ。
こんなポジティブ精神だから、ベアロードをクマのゆるキャラで埋めてしまったのだ。

「苫前で史上最悪のヒグマ事件があったから、じゃあイメージキャラクターはクマで!」という強気精神。このマインドは僕も見習わなければならないな。
過去には苫前中心地に立つユニークなクマのオブジェの記事を書いているが、ここにクマがいるのもそもそもは三毛別羆事件によるものなんだからな。

それじゃ、いい時間なのでそろそろ宿に向かおうかね。
今夜の宿?あぁ、それはsottoooさんに初めて会って三毛別羆事件復元地の情報を知った、羽幌町の旅人宿さ。あれ以来頻繁に立ち寄る常宿になっている。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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