世界で初めて有人飛行を成功させたのは「ライト兄弟」だ。
知ってる。小さい頃にライト兄弟の伝記を読み、枕の下に入れて寝るほどに夢中になっていたからな。飛行機が人を乗せて初めて飛んだのは、1903年12月17日のことであった。

そのほんの少し前の日本。
同じように大空に夢を馳せた人物がいる。それが「二宮忠八」だ。ライト兄弟が空を飛ぶ10数年前には、もう有人飛行機の設計をしていたという。
惜しくも人を乗せて飛行機を飛ばすのはライト兄弟の方が先であったが、無人状態の動力付き飛行機を飛ばすことだったら、ライト兄弟より先だったと言われている人物。
今宵は、そんな二宮忠八に関する資料館を偶然訪れることになった話でもしようかね。
道の駅には飛行機のオブジェ
香川県の山間部をプラプラとドライブしていた僕は、「道の駅 空の夢もみの木パーク」にやってきた。
目的はトイレだけだ。さっさと済ませた。何の変哲もない、いつものドライブのひとこま。道の駅でちょいとトイレ行ったり自販機でドリンク買えたりと、便利だよね。ずっと前から活用している。

いつものようにサクッと立ち去ろうとした。ただ、車に乗り込もうとしたときに、道の駅の駐車場の片隅にあるオブジェが気になり、近くまで歩いて見に行った。
道の駅ってときどきのオブジェだとか、あったりするじゃない。そういうのも見るのも好きなんだよね。地域ごとにいろいろと特徴があって面白んだよ。何気にインパクトがあるものも多いんだよ。

この道の駅のオブジェが何かというと…、飛行機だ。
色々調べたところ、ムーニー M20っていう機種かな?1955年から製造された、4人乗りの小型飛行機。機体には「JA3318」と書かれているが、これは機種名ではないよね?車で言うところのナンバープレートだよね?

…ということは、これはかつて実際に空を飛んでいた本物の飛行機なのだな。こんなところですんごい余生を過ごしていらっしゃる。
ここまでは「ふーん…」くらいにしか思っていなかった。

しかしその飛行機が乗っかっている柱を見て一気に興味がそそられた。
『空の先駆者 二宮忠八』
『世界初飛行原理着想の地』
あぁ…、そういえば子供の頃に本で読んだことがある。ライト兄弟よりも前に飛行機を考え付いていた日本人がいたと…。それがここか。ずっと忘れていた記憶が呼び起された。

ふと見ると、道の駅の敷地内には「二宮忠八飛行館」という施設がある。いわずもがな、二宮忠八の飛行機にかけた情熱の数々が展示されている資料館であろう。
うっわ、なんかものすごい後光が射しているし、「夢は大空」とか、もう僕の歳になると恥ずかしくて口に出せないようなフレーズを自信満々に掲示してあるし。
あんまり道の駅の中の有料施設って入ったことない。
でもここはちょっと興味を惹かれている。きっと飛行機の模型だとかいろいろあるんでしょ?僕も男の子だからワクワクしちゃうよねぇ…。

直接は本編に関係ないけど、これは飛行館に入ろうかモジモジしている僕が、道の駅の駐車場を撮影したもの。
山がきれいだね。近くに「樅ノ木(もみのき)峠」っていう峠があり、二宮忠八はそこで飛行原理を思いついたらしいよ。残飯を狙うカラスが滑空しているシーンから着想したんだってさ。やっぱ才能ある人は違うね。僕だったら「あぁ、残飯を狙うカラスが滑空しているなぁ」としか思わないもの。
さて、話が横道に反れたが、僕は飛行館に入ってみることにしたぞ。ワクワク。
ハンマーで砕けた玉虫型飛行器
入館料は200円だ。安い。ま、確かめてから入ったんだけどな。
だけども受付でスタッフさんに「JAFの会員証はありますか?」と聞かれ、それを提示したら100円になった。なんというお手頃価格。こりゃあこの道の駅に来たからには見学しないともったいないくらいの存在だぜ。

館内はガランとしていて、僕以外にお客さんはいなかった。
展示スペースは大体上の写真に納まっている範囲だ。中央には後述する玉虫型飛行器の実物大模型が鎮座し、それを取り囲むように数々の飛行機模型。
そして壁際には飛行機の歴史や二宮忠八の人生を振り返る説明パネルなどだ。

受付付近には、小さな売店コーナーもあった。
なんか昔の駄菓子屋さんでありそうな、発泡スチロール製の飛行機だよね、これ。たったの130円だ。乱暴に扱うと数回の飛行でブッ壊れるヤツ。あるいは製造工程の段階で不備があり、うまく飛ばなかったりするヤツ。懐かしい気持ちになった。

こちらは中級者向けと銘打たれた、ゴム動力でプロぺラを回して飛ぶタイプだ。1700円ほどする。
これまた眠っていた記憶が呼び起されたんだけどさ、小学校中学年の頃に父親に近所の科学館に連れて行ってもらい、これ買ったことあるわ。そして父親が組み立ててくれた。
華奢すぎる構造なので小学生男子が思いっきり遊ぶにはちょいと懸念のある代物だけど、今から思えばよく設計された一品だったと思う。

さてさて、それでは二宮忠八の半生を軽く振り返ってみよう。
彼は1889年、23歳の時に前述の通りカラスの滑空を見て飛行原理をひらめいた。その1年半後にはから姿の模型飛行機を作り、ゴムを動力をして飛ばしたのだ。
これが「日本で初めて動力飛行機が飛んだ瞬間」と呼ばれている。
1893年には人を乗せることを前提とした飛行機を設計したのだ。
これは玉虫型飛行器って呼ばれている。飛行"機"じゃなくって飛行"器"なのがユニークだね。

こうして大型の模型ができた。ただ、実際に人を乗せるだけのパワーを持たせるには、もっと巨大化させないといけないし、大型のエンジンを開発しないとなので、すごくコストがかかる。
だから当時所属していた軍に掛け合って資金提供を依頼したんだけど、「飛ぶかどうかもわからないものにお金を払いたくない」とのことで、却下されてしまった。
なので自己資金でどうにかこうにか頑張っていたところ、1903年にライト兄弟が有人飛行機を作ってしまったのだ。
二宮忠八、憤慨して作成中の玉虫型飛行器をハンマーでぶっ壊しちゃったそうだよ。なんてこった。

完全にスネちゃった二宮忠八は、以降は飛行機開発から離れ、製薬業を成功させたりした。なんだかんだで多方面に才能あるのな、うらやましい。
後年、玉虫型飛行器はちゃんとした原理を踏襲しており、空を飛べるものであることがわかっている。あのとき軍が資金を出してくれれば、ライト兄弟より先に有人飛行を成功させていたのだ。軍の人はちゃんと二宮忠八に謝罪に来たらしい。

1903年に初めて有人飛行をした飛行機。
その後、瞬く間に進化をし、1940年代前半の世界大戦のときには空をブンブン飛んでいたし、1969年にはアポロ11号が月面着陸している。
人類が文明を持って数千年が経つのに、たぶん人類はずっと大空に憧れていたのに、1900年前後に急に飛び立つことを覚え、そしてその後はとどまることを知らないほどに飛翔している。
この先、人類はどこまで飛ぶのだろうね。ワクワクするような、ちょっと怖いような気もするけど、夢はきっと果てしないのだろう。無限の宇宙のように。
玉虫型飛行器を飛ばそうぜ
お金が無くって空を飛べなかった玉虫型飛行器。ハンマーで砕かれてしまった玉虫型飛行器。
そんな切ない結末を迎えた玉虫型飛行器だが、ここ二宮忠八飛行館では飛ばすことができるんだぜ。

飛行館の片隅には、こんなちょっと地味でレトロなコンピュータがある。
画面を見てみると、「二宮忠八物語」・「飛行機の飛ぶしくみ」・「クイズゲーム」などと共に「飛行ゲーム」というのがある。
よーし、ここは飛行ゲーム一択だろうよ!二宮忠八の代わりに飛んでやんよ!んで、何を飛ばすの?どの飛行機を飛ばすの??初見ではそう思った。

おぉ、玉虫型飛行器を飛ばせるとは!これは二宮忠八の供養のためにも僕が操縦桿を握るっきゃないよね。
うまく飛ばせばライセンスをもらうこともできるそうだよ。だとしたら、友人には明日からは僕のことを"機長"って呼んでもらいたいな。

ゲームは無料だ。練習ステージ・平地ステージ・山地ステージの3つがある。
いきなり本番といこうかなって思ったけど、まぁここは堅実に練習するか。玉虫型飛行器をまたぶっ壊すわけにもいかないからなぁ。

玉虫型飛行器が海の上をフワリと舞い上がった。
二宮忠八ー!見てるー!キミの飛行機、飛んでるよー!これから僕がキミの夢を叶えるよーー!!

飛行機をレバーで上下左右に動かして、一定時間を風とかに負けずに画面中央にキープさせるゲーム。
練習ステージでは上下のブレはなくって左右だけ。風も少ないので余裕で安定飛行ができた。これ僕、ライセンス取得確実じゃね?

さて、本番ステージだ。ここは風との闘い。風に煽られて高度0になったら墜落なのでゲームオーバーだ。高度は下がらなくっても、画面中央からズレてしまってもポイントが下がってしまい、それが何度も続くとゲームオーバーだ。
特に「やまじ風」っていうのが強力らしい。なんだそれ。とりあえず飛ぶか。

序盤は順調だったが、強風が吹いてきて急に機体が浮上した。グラグラ揺れる。練習モードでは上下の動きは無かったが、上下の制御こそがキーだ。練習させてほしかった。
現在は風速9m。これでもなかなか制御が困難だ。
そこへきて、後半やまじ風が吹き荒れた。画面に「やまじ風発生」の文字が浮かび、とんでもなく機体が揺れる。風速は40mに届きそうだ。

あれ!!玉虫型飛行器どこ行った!どっか吹っ飛んで行った!助けて二宮忠八ーー!!
…てゆーか薄々思っていたけど、これ誰の目線なんだよ…。
一瞬画面の隅に飛行器の羽が写ったりしたけど、これを立て直すのは至難の業だ。

終わった…。ゲームオーバーだ。玉虫型飛行器、終盤は大体フレームアウトしていた。
こんな操縦では二宮忠八がハンマー持って襲いかかって来かねない。自分のふがいなさを感じたよ。残飯を狙うカラスが滑空している様から飛行原理をひらめいた二宮忠八の足元にも及ばない。さしずめ僕は残飯だ。

…と思ったら副操縦士並の腕前だと判定された。
そうなのか、副操縦士ってやまじ風で吹っ飛ぶレベルでもなれるんだな。『でも、よかったね!』のコメントがウケる。全国の副操縦士の皆さんー、この処遇にご意見ありますかー?
ところで、副操縦士でもライセンスを無料発行してくれるらしいよ。

しかしこれ、カメラに顔を写して、その写真をライセンスに印刷してもらう仕組みだそうなのだ。受付のスタッフさんから受け取るシステムらしい。
1人でフラッとやってきた僕がライセンスを申し込むのも、なんか恥ずかしい気がするぜ…。…というわけで、辞めておいた。いつか機長クラスになったらもらうことにするよ。
こうして二宮忠八飛行館の見学を終えた。100円でかなり楽しめ、何より勉強にもなった。
みんなもここを訪れ、僕を乗り越えて機長になってほしい。この国から機長がたくさん生まれれば、たぶん天国の二宮忠八さんもハンマーなんて投げ捨てて喜ぶだろうから。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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