明治時代に造られた中央本線の鉄道トンネル、「旧大日影トンネル」。安全上の理由から実に8年も立入禁止だったのだが、2024年に再オープンした。
長さは1368mもあり、内部は歴史を感じさせるレンガ造り。足もとには線路が残る。機関車の吐き出した煤が黒くこびりついており、標識や水路や待避所もそのままだ。さらにはここ、無料で通行できる。

ワクワクする要素が散りばめられているじゃないか。
長年、「旧大日影トンネルに行ってみたかったけど、もう行けないのかなぁ…」と地図を見てションボリしていた僕は、再オープンの知らせに小躍りして現地に赴いた。
あ、以後は面倒なので"旧"を取って大日影トンネルと表記させていただきたい。
遊歩道の入口は少しわかりづらい
そうなのだ、まずは大日影トンネルに続く遊歩道の場所を発見するのにあたり、少々苦慮した。

まずは、トンネル入口が2つある点だ。結論から言うとどっちでもOKなのだが、当然僕の体は1つなのだから、どっちかを選んでアプローチするしかない。
僕は北側を選んだ。なぜなら周辺を見ての通り、北側の方が道路が密集していて栄えているように思えたからだ。受付のようなものがあるとしたら北側の方が断然確率が高いであろう。
※南側に行くときには、「勝沼トンネルワインカーヴ」を目指すといいです。地図上の「大日影トンネル遊歩道入口」を目指しても、その手前までしか行けません。

注意点なんだけど、北側入口をGoogleマップにてナビ設定して向かったら、とんでもないところで「目的地付近です」って言われた。
周囲にトンネルなんぞなく、車を降りてマップを詳細化しながらトンネル入口と思わしき方向に歩いて行ったら果樹園の中の小路みたいなって、こんな先には間違いなく観光トンネルなんてないだろうと悟り、引き返した。

結論から言うと、「勝沼ぶどう郷駅」に向かうのだ。ここが大日影トンネルに通じる車道の最終地点だ。Googleマップはさらにその先のトンネル入口を目指そうとしていて拗らせ、トンネルの上部の丘のあたりに導いてくる。

大日影トンネルは9:00~16:00まで通行可能。片道1300m以上もあるので、普通に徒歩で往復すると40~60分かかるよ。雰囲気だけ味わいたいのであれば、入口からちょこっと歩いて適当なところでUターンするのも良いであろう。

勝沼ぶどう郷駅から大日影トンネルまでは徒歩5分。その経路も詳細に書いてるので心強い。とにかく勝沼ぶどう郷駅にたどり着くことが大事だったんだね。

駅からトンネル方面に向かう公園には、列車が静態展示されている。「EF64形式電気機関車」という名前で、1960年代当たりのものらしい。失礼ながらそんなに興味もないので、サラッとだけ眺めた。

ここを過ぎると、薄ら寂しい林の中の遊歩道や階段が出てくる。
僕、ちょっと勘違いしていた。大日影トンネルってもっとバリバリな観光地で、近くの車道には標識が出ていたり、現地には受付などあったり、ヘタすりゃ売店くらいあるようなスポットを想像していた。
そうじゃないのだ。ひっそり存在するかつてのトンネルへのゲートが開けられているだけなのだ。
なるほど、僕ってばもともとキラキラ観光地を敬遠するタイプだったのに、心のどこかではそういうのを望んでいたりもしたんだねぇ…。

途中では明治時代に造られた河川隧道を見下ろしたりなんやかんやし、ついに大日影トンネルが見えるところまでやってきた。足元にはかつての線路が登場した。テンション上がるぜ。
上の写真は現役の中央本線のトンネルと大日影トンネルが並んでいる、胸アツな構図だよ。

トンネル直前、眼下には先ほど徒歩でウロウロした果樹園と、その向こうに広がる甲府盆地が見えた。これでGoogleマップの意図が理解できたってわけだ。
じゃ、トンネルに入っていこう。
当時のままのトンネル内部を探索
大日影トンネルは、明治時代中期に「甲府と八王子を鉄道で結ぼう」っていう目的のもと建造された。1902年(明治35年)に貫通して、その翌年から開通したそうだ。

トンネルの歴史や特徴については、トンネル入口や内部にパネルで説明されている。僕もその情報をもとにポツポツ語っていくね。
上の写真は工事が完了した際の感動的な写真。トンネルの銘板のところまで登っている人、きっと僕と同じタイプの人だ。登りたいよね、そこ。

このトンネルが開通したことで、甲府のブドウやワインを東京にガンガン送り込むことができて、そのために甲府が経済的にすごく潤ったそうだよ。
明治時代だから、きっと東京の人たちはワインとかのハイカラなものが好きだもんね。極論、このトンネルは日本にワインを広めた立役者なのかもしれない。

中に入って、思わず「うっほー!!」って声が出た。
この一直線にどこまでも続くレンガのトンネルと線路、薄暗い空間と身を包む冷気。ここを歩けるだなんて、なんてステキな話だよ。
正確に言うと、トンネルの出口は見えている。約1.4km先ではあるが、ゴールを目視できるって、安心するよね。

トンネル内は、予想はしていたけどもすごく人が少ない。
往復2.8kmほどで、出会った人は10人前後だったと思う。ここまでたどり着く人が少ないし、たどり着いたとしても序盤で引き返してしまう人もチラホラいたみたいだ。
変わり映えのしない眺めだから…っていうのも引き返してしまう要因の1つであろう。僕の場合、今回は同行者がいた。談笑しながら散歩したので、この距離でも全く苦にならなかったという点もあるな。あと、トンネルの先がどんな世界が知りたかったし。

経年で少し表面がポロポロ崩れてはいるが、それでも今なおガッチリと組まれているレンガ。100年以上の歴史を眺めてきたレンガ。大先輩だ。
ここは2007年に近代化産業遺産にも登録されたのだよ。

最初はSLが走っていたので、当時の煤がトンネル内のレンガに残っていたりする。
だけども前述の通り甲府の経済が潤ったので、1931年、つまり開業から30年弱で列車は電力化することができたのだそうだ。

SLが走っていた頃の絵画もトンネル内に掲示されていたよ。
当初は単線の鉄道であった。複線になったのは1968年とのことだ。
どんどん需要が拡大して単線じゃまかないきれなくなったってのが理由だろうが、これは個人的にはずいぶん時間がかかったなって思った。もっと早い段階で複線できるだけのポテンシャルを持っていると思ってしまったよ。

で、大日影トンネルはこの通り今も単線なのだが、どうやって複線にしたのかというと、横に「新大日影トンネル」を掘り、上り列車をそっちに通したのだ。つまりはこのトンネルは下り専用となった。
このトンネルはその後も1997年まで現役だったが、さらに新しく完成した「新大日影第2トンネル」に役目を譲って引退したのだ。

序盤では線路に水が流れていたりするよ。トンネル内って水が染み出してきちゃうケース多いもんね。トンネル内のせせらぎ、なんだかワクワクする。
一見すると変わり映えのないトンネル風景だが、そこかしこにドラマが転がっているようだ。

水が出てきたところには、その後の保線作業をした際のメモが残されていた。
綺麗な数字だ。字が下手な僕が作業していたらトンネルの黒歴史として残っていただろう。

かつての退避所がそこかしこに点在する。左右含めるとたぶん20箇所くらいあったのではないかな。
大半はトンネル紹介のパネルが貼られているだけだが、2箇所ほどはこのようにベンチが設置されている。これで足腰がくたびれても安心だ。僕は全然疲れていないけど、この秘密基地感のある空間に魅力を感じ、無駄に座ったよ。

各所にはトンネル内の現在地のプレートも設置されている。ここでちょうど半分だ。
出口もずいぶん近くになってきたように感じられ、少しズームして撮影したら出口部分に置いてある立て看板まではっきりと見えた。

このトンネルの歴史の話に戻るが、1997年に廃止されて以降はしばらく放置されていたそうだ。
2005年にJR東日本から旧勝沼町に譲渡され、旧勝沼町が整備することによって2年後の2007年に観光スポットとしてオープンした。
ところがその4年後の2011年、トンネル内の水漏れが発見された上にそれがどんどん激しくなってきたため、一度閉鎖して2013年に再開。でも2015年に調査したところ「まだヤバい」とのことで、2016年から8年間封印して整備していたのだ。

現役を引退してからもわりと波乱万丈続きのこのトンネル。それを無料で通行できるのって結構ありがたい。
でも、今後もいつまでもこのように通行できるとは限らないのかもしれないな。また長期閉鎖されてしまう日がやってくるかもしれない…。
トンネルは水との闘いだったのだな。後半になると上の写真のように、線路部分に水路を設置している旨の標識が現れた。わかるかな?上の写真でも水路の水が少し見えているのだ。

これまでは気分次第で線路の右に行ったり左に行ったりしていたが、ここからは不用意に線路内に足を踏み込むと水路に落ちかねないので注意が必要だ。ここから300mほどが水路エリアなのだそうだ。
途中でUターンしていたら見られなかった光景。ここまで来てよかった。

解説パネルもあるぞ。トンネル内の湧水対策の水路は、他には「笹子トンネル」にも存在するそうだが、とても珍しいものなんだって。
…では、100年を超える歴史を持つ明治時代のトンネルも、いよいよフィニッシュだ。もう出口が目の前に見えてきた。

…ん?トンネルの向こうはまたトンネルだ…!なんだあれは…?
あっちの世界はどうなっているのだろうか…??
トンネルの向こうの世界は
1300mを超す大日影トンネルを北側から南側まで歩いた。所要時間は20分ほどであった。

トンネルの先には「深沢川」という川が流れ、線路は鉄橋を渡っていた。あぁ、ここで線路は完全に地面に埋め込まれてしまっているのだね。
ここには登山姿のおばさまが数人いたよ。周辺を見学してから、キャッキャしながら大日影トンネルに入って行った。たぶんこちら側から歩いてきた人たちなのだろう。

大日影トンネルを振り返る。改めて、トンネル開口部の放射状のレンガの積み方が美しいなって思った。
では、軽くこの周辺を見て回ろう。まずはこの鉄橋から見下ろす川には大日影トンネルと同様のレンガ造りの河川隧道が見えた。まぁこれはそこまで心惹かれなかったので、写真掲載は無しとしよう。

周囲は山深くて静かだ。冒頭のMAPでトンネル南側を示したのが、ここに当たる。車道は通じているのでこっち側に直接来るのもアリだ。
そのメリットは2つあって、うち1つはトンネルまでの歩行距離が少ない点。前述の通り僕は勝沼ぶどう郷駅からトンネル入口まで5分歩いたのだが、こっちだと1分あれば充分だ。トンネル前に綺麗で立派なトイレもある。

もう1つのメリットは、これから記載するけどもさっきから見えていたもう1つのトンネルに容易にアプローチできるという点だ。
つまりは南側に駐車すれば、「大日影トンネルをチラ見→もう1つのトンネル→トイレ」と、10分で観光が完結する。北側からだと、もう1つのトンネルまで徒歩で往復して1時間ほどかかるって感じだ。
まぁでも僕はトンネル内を一度全部歩いてみたかったので、これで後悔はしていないけどね。

銘板には勝沼トンネルワインカーブと書かれているが、もともとは「深沢トンネル」という名前だったトンネル。長さは1100mあり、大日影トンネルと同様の生い立ちなのだそうだ。
1つ前の写真のように分厚い鉄扉で封印されているが、実はこれは手動で空く。一般人も物おじせずに開けていいのだ。せっかくだから開けてみるべし。

実はここ、中はワインセラーになっている。
有料で契約した人が、ここでワインを貯蔵できるのだ。トンネルの中は年間を通して温度も湿度も一定だから、ワイン貯蔵には最適なのだよ。

契約者や関係者以外は、入口から数10mの部分だけ立ち入ることができる。その際、入口の樽の上に置かれている見学者受付票に記入をする。

そこから本当に一瞬の距離であるが、立入禁止ロープがあるところまで進み、ワインセラーを遠目で眺めることができるのだ。上の写真、管理している人も奥の方に小さく写っているね。

ワインが格納されている黒いコンテナが並ぶ。大日影トンネルもそうだけど、ゆるーい上りになっているのがよくわかる。
いつか僕もここでワインを貯蔵できるような身分になってみたい。まぁワイン買ったところですぐ飲んじゃうので無理だろうけど。
…こうして一通りの見学を終え、また大日影トンネルを歩いて引き返す。車が勝沼ぶどう郷駅付近にある以上、歩いて帰るしかないもんね。

サクサク歩いて20分後、勝沼ぶどう郷駅前に帰ってきた。
いやぁ、いい体験だったぜ。鉄道の歴史を間近で見ることができたし、内部は春夏秋冬も天候も関係なく安定だ。山梨観光する上でチェックしておくと良いスポットだから、みんなも覚えておくといいよ。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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