レトロ自販機は、この10年でずいぶんと知名度を上げたように感じられる。
具体的には、神奈川県の「中古タイヤ市場 相模原店」が2016年にレトロ自販機を設置し始め、その翌年くらいから頻繁にTVに取り上げられたのが、世間に浸透する大きなきっかけになったように感じられる。
僕が初めてレトロ自販機の存在を知ったのは2011年の暮れ。
そこから数年の間、残念ながらレトロブームの波が来る前に閉店してしまったお店もある。

「神栖 丸昇」。2012年4月に閉店してしまったドライブインだ。
これはその1ヶ月前、2012年3月のデータがGoogleマップのストリートビューにわずかにあったので、それをご紹介させていただいた。
神栖 丸昇の最後の最後の姿なんだな、これ。
実は僕も在りし日のこのドライブインを訪問している。
ストリートビューの車と同じく、閉店前月の2012年3月。レトロ自販機の存在を知ったばかりの僕の、最初で最後の訪問であった。
ずいぶん昔の話になるが、僕のレトロ自販機巡りの原点に限なく近いお話だ。
昔のことだし、写真撮影した枚数は結構少なめなので恐縮だが、それでも避けるわけにはいくまいて。
丸昇は2つある
『神栖 丸昇は2012年に閉店してしまった』と書いたが、もしかしたら「まだあるよ」というお声をいただきそうなので、そこいらを最初に開設する。

丸昇は、実は2店舗あったのだ。もう1つは、今回ご紹介する神栖 丸昇から見て「利根川」を挟んだすぐ先の千葉県香取市にある。
こっちの店舗名は正式には「24丸昇」という。たぶん系列店。

当然と言えば当然なのかもしれないが、この2店舗はすごく似ているのだ。
濃いレンガ調のレトロな建物である点も、ガラス戸なのに中があまり見えなくって入る前にドキドキする点も。

そしてちょっと暗くてアンダーグラウンドな店内も、いろんな自販機があるがお弁当の自販機に力を入れている点も同じだ。
24丸昇は2025年現在も元気に営業しているから、もし神栖 丸昇のかつての雰囲気を味わいたいなら、24丸昇を尋ねてもいいかもよ。
はい、あまり24丸昇のことについて触れると、そのうち執筆するであろう24丸昇の記事でのネタがなくなってしまうので、この辺にしておこう…。

2012年春の僕も、実は千葉県香取市の24丸昇で食べた後に、利根川を越えて茨城県に入り、神栖 丸昇を訪問した。今ではもうできない、丸昇をハシゴするドライブだったのである。
では、次章からが本題だ。
一度きりの神栖 丸昇
神栖 丸昇に到着した。まずは奇抜な看板の歓迎に度肝を抜かれた。

ビビッドな青と赤と黄色を使った電光看板。1970年代のアメリカ西海岸もビックリするような配色だ。
力強く『ドライブイン ゲームセンター お弁当⇒ 24時間営業』と書かれている。

極めつけはその頭頂部だ。『昇』の一文字が強烈すぎる。何あれ。"昇"だけに、太陽みたいだ。あるいは江戸の火消しの纏かな。いずれにしてもめでたい。
僕はこの電光看板を昼間しか見たことが無いが、夜にも見てみたかったな。きっと周囲がドン引きするくらいの存在感を放っていたであろうな…。

神栖 丸昇の店舗。24丸昇と同じくレンガ調の茶色で、入りにくい雰囲気を醸し出す建物だ。
そんで中に入った空気でさらに感じ取ったんだけど、24丸昇よりさらにアンダーグランド色が強いぞ。いや、この辺を詳しく書いちゃうと、当時の常連さんとかが嫌な思いをしちゃうかもしれないからここまでにしておくけどさ。

店舗は広め。飲食ブースもゲームブースもあるのだが、そのどちらも24丸昇の倍くらいあるようだ。そこを店員のおじいさんがせわしくなく常に動き回って、自販機の補充から片付けなどをしている。
常連さんはそんな店員さんに代わって電話に出たり客対応もやっちゃっている様子だ。店と客の境界線があいまいな世界なんだね。

自販機のラインナップは24丸昇と大体一緒で、麺類自販機・トースト自販機・お弁当自販機など。
しかしだ、ここの最大の特徴はこのレトロみそ汁自販機だ。現存する日本で最後の自販機と言われている機種だぞ。マジ貴重。見れて感動。
※その後、神奈川県の中古タイヤ市場 相模原店が同機種を修理して2025年現在も稼働している。現在はそれが唯一の稼働筐体。

やたらエッジの効いた"みそ汁"の文字とお椀。反して"あったか~い"の文字がプニプニ。
ボタンは白みそと赤みそがあるが、実際に販売しているのは白みそだけ。値段は100円だ。じゃあ、白みその味噌汁食ってみるか。

100円玉を入れてボタンを押すと、紙コップに入って味噌汁登場だ。ネギっぷりなのだね。
飲んでみると…、しょっぱーい!!すっごい味噌が濃いぞ!エスプレッソタイプ!!
店内を見渡すと、はカップ麺とかのためと思われる、お湯の出てくる装置がある。そこのお湯を味噌汁にチビチビと足して薄めながら飲んだ。たぶん結果的に2.5杯分くらいのボリュームになったと思う。お得感。

あと、ここのレトロトースト自販機には、イチゴジャムトーストがある。これは珍しい。ハムチーズトーストやツナトーストなどがメインであり、イチゴジャムは日本中でもここだけなのではなかろうか…?

しかし僕はイチゴは食べられない、…というより生まれてこのかた食べたことがない。なので今回もこれは食べない。
今回は同行のメンバーが数人いるので、僕以外のメンバーが食べたよ。味は普通だったそうだ。普通が何のか知らんけど。

ところでだ、お気づきだとは思うが今回の記事は今までのレトロ自販機シリーズと比べて、自販機自体の写真がとても少ない。
どうしてかというと、撮影できる雰囲気ではなかったからだ。
一応前述のおじいさんスタッフに撮影可能か聞いてみたら、かなり気難しい人で「あ"ぁ"!?ダメとは言わんけどよぉ!」みたいな感じだった。撮影ハードルがかなり高いことは知っていたけどね。
そして常連さんたちが監視するようにこっちを見ていたので、おいそれとカメラを取り出すのは憚られた。なので、一部の商品は外に持ち出した状態で撮影しているのだよ。

そんな中で撮影できているのが、超貴重なレトロ弁当自販機だ。
普通のお弁当もあるが、パスタまであるのが特徴だ。これは気になる。仲間の1人がこれを購入したので、ひとくちわけてもらうことにした。

こんなふうにパスタとソースが分かれている。パスタは乾燥しないようにちゃんとフィルムで覆われているんだね。アツアツの状態で出てくるので、パスタソースをかけて完成だ。
うん、みんな知っているミートソースの味。だけどもこうやって食べると、うまいのなんの。
他のメンバーは、麺類自販機でラーメンを食べていたり、お弁当自販機のカレーを食べたり。カレーもご飯とルーが分かれて出てくる仕様だよ。ちなみにここのラーメンは24丸昇よりずっとおいしいらしい。

ゲームコーナーだ。
ちょっと聞いてくれ。写真がブレていたのでAIに頼んで綺麗に補正してもらったら、なんだかウソくさい写真になってしまった。実際以上に床とかゲーム機がピカピカになってしまった。
ま、でもだいたいこんな感じ。メンバーの一部はここでスロットに興じ、大勝ちして喜んでいた。
そんなこんなで楽しく過ごすことができた。
おじいさんスタッフは最後まで無愛想だったし、常連さんたちの視線は鋭かったけどな…。
13年経ち、あのドライブインは…
時は流れて2025年だ。2012年に神栖 丸昇が閉店してから、実に13年が経過していた。
僕は神栖の町には以降も何度か訪問しているが、神栖 丸昇の跡地を尋ねたことは一度もない。あのドライブインは、今はどうなっているのだろうか…。

空が夕闇に染まる時間帯、神栖市に入った。
市のキャラクターは、右側のポールに描かれている。「カミスココくん 」だ。頭部が茨城県のかたちで、神栖市に当たる部分を矢印で指し示しているので、「神栖ここ君」だ。
みんなも神栖、これで覚えたね?

日没からずいぶんと時間が経ってしまった。
黄昏時のドライブイン跡を見るにはいい時間帯かもしれないが、それにしても20分ほど見込みから遅れてしまったな。現地に着くころにはかなり暗くなってしまうぞ…。ちょっとだけ焦る。

こうして辿り着いた、神栖 丸昇跡地。
写真に撮るのを忘れてしまったが、あの特徴的な電光看板を足部分のポールがまだ残っていて感慨深い。
そして神栖 丸昇。なんとまだ当時のまま建物が建っているのだ。
いや、実はGoogleマップのストリートビューでそのことは知っていたけども、実際に目の当たりにすると懐かしさがこみあげてくる。

敷地には、ロープが張られているので入れない。遠望するしかない。
僕のすぐ背後は大通りであり、絶え間なく車が走っている。その車の人々から見る僕は、「アイツなんでこの暗がりに突っ立って廃墟を見ているんだろう…?」って感じだと思うが、僕にとってここは大切な場所なのだ。

よく見ると、まだカーテンも設置されている。ガラスも傷んでいなくってピカピカのようにも見える。ドアノブ部分にはステッカーだか札だかがくっついている。
内部はどうなっているのだろうか…。
カーテンがまだあるということは、テーブルやイス、もしかしたら自販機も往時のままに残っているのだろうか…。あのとき僕らがワイワイ楽しんだ空間の面影は、13年経った今も健在なのだろうか…。なんか泣きそうになる。
ただ、残っている可能性があって嬉しい反面、撤去や解体ができない事情もあるのかもしれず、切ない思いもする。

消えてしまった思い出を、こうして無理矢理掘り起こすのはいいことなのか、はたまた避けた方がいいことなのか…。
正解は無いのだろうけども、僕はもうきっとここを再び見ることはないであろう。
それでも今回来たことは間違っていなかったと思っているし、残照はジワリと心に沁みるほどに美しかった。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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