ガチめな古民家みたいな旅館で、1人軽く酒を飲んで布団を敷いて寝るのが好きだ。
10代の頃は和室に泊まるのが嫌で、ホテルのベッドに憧れていた時期もあった。今は違うんだ。詫び寂びを堪能することこそ旅なんじゃないかと考えている。
だから昭和レトロな雰囲気の宿を追い求めている。もしかしたら、もう二度と泊まることのできない、祖父母の家の和室のぬくもりを心のどこかで追い求めているのかもしれないな。知らんけど。

…というわけでだ、2025年の春先のことだ。
福井県西部にいい感じの激渋旅館を発見し、このご時世だというのに素泊まり4400円だっていうからホイホイ予約して向かった。
んっと、何この道。狭いし暗いし。本当のこの先に民宿はあるのだろうか…!
闇夜で民宿を探し彷徨う
「民宿さるはし」に向かっていた。
高浜町の海沿いギリギリの集落、かなり道が狭いんだね。すぐそばの国道27号であれば幾度となく走っているのだが、少し入ると静かな住宅地で別世界だ。

カーナビが「ポーン」と音を立てた後、「目的地に到着しました」と言った。「マジかよ…」って思った。
時速3kmくらいでゆるゆると進み、闇の中に「さるはし_駐車場」と書かれた看板を発見。なんか広大な空き地のような闇空間に車を停めて、外に出た。
車も人もいなくって、ひたすら静寂の暗い道。えっと、民宿どこだ?スマホからGoogleマップを起動させた。

Googleマップによれば、正面左側の建物がさるはしだ。しかしなんだろう。ウェルカム感がゼロだ。
具体的には、まずは敷地への入口がわからん。全てが閉ざされており、門扉のような部分に手をかけてみたもののビクともしねぇ。
さらいは隙間からチラッと見えている中の建物も、街灯は1つあるものの内部に照明が灯っている気配がしない。
これ、営業しているのか?僕は確かに予約した宿に今到着したのか?
電話予約なので証跡が手元にあるわけではない。電話の際に参考にしたWebと現在の住所を見比べ、間違っていないことを再確認。
でも入れない…ともなれば、もう宿に電話しよう。
電話すると宿のおばあちゃんが出てくれ、「駐車場にいるが入口がわからない」と言うと、そこにいるようにと言われた。

「さて、おばあちゃんはどこから出てくるのか。僕がくることを失念して閉めてしまった門扉を開けてくれるのか…?」と思っていたら、上の写真の赤丸の奥の路地から登場した。
あぁ、そのパターンか。暗すぎて狭すぎて、そこまで予想できていなかったわ…。

図解するとこういうこったよ。路地の存在、真っ暗すぎてわからなかった。
敷地に沿って丁寧に歩けば見つかっただろうけど、もう遅めの時間だったからさっさと電話する選択肢を取ってしまったよ。
自分ではそこそこ旅慣れしていて勘は鋭い方だと思っていたけど、こういうヘマをするんだから笑える。こういう小さめのアクシデントがあった方が旅は楽しい。

おばあちゃんの後を着いていき、メインロードから見て裏手に当たる民宿の入口までやってきた。
写真だと結構明るい高級料亭みたいに見えなくもないけど、これはカメラの性能。実際は闇夜にほんのりと照明が浮かび上がる程度で、なかなかに勇気のいる店構えだよ。
さらには民宿さるはしを示す看板等も見つからなかった。これ、仮に僕が自力でここまで来たところで、玄関を開ける勇気があったかどうか…。
静かな和室で酒と弁当を
おばあちゃんは「トイレとお風呂は離れにあるの。洗面台は1階で、お部屋は2階よ」と言いつつ玄関の引き戸をガラリと開けた。

わぁ、渋い。この煌々と電灯がついているのに暗く感じてしまうのは、昭和の建物の特徴だろうかね。ところどころに闇が見えているから、そう感じるのだろうかね?
玄関の正面には巨大な木の年輪と日本人形。雰囲気あるなぁ…。

どうやら、少なくとも今日は宿にはおばあちゃんだけ。他にお客さんもいないらしい。
Webを見ると食事プランもあるそうだが、そういうときはヘルプの人がくるのか、おばあちゃん1人で全部やるのか、はたまた食事を出していたのは過去のことでWeb情報が古いのか、ナゾだ。聞いてみればよかった。
転げ落ちそうな階段を、おばあちゃんの後に続いて客室目指し登った。足元からミシミシと、いいサウンドが聞こえる。

最低限の照明しかない、この世界観が好きだ。静かな集落の静かな宿で、1人夜を過ごせることにワクワクが止まらない僕がいる。

これがお部屋だ。充分な広さ。TVもあるしちゃぶ台もある。エアコンもある。ザ・昭和な感じでとても良い。
おばあちゃんの差し出した年季の入った宿帳に記名をし、4400円をお支払いした。それから「まだ夕食を食べていないんで、このあと最寄りのコンビニまで行ってお弁当か行ってきますね」と伝え、了承を得た。

おばあちゃんが「何か質問ある?」と言ってきたので、壁の貼り紙を見ながら「ドライヤーはお借りできるんですか?」と聞いてみたら、「ごめんなさい、ないの…」とのことだった。ちょっとだけションボリしたけど、まぁいっか。
ところで今回この記事を執筆にあたり公式Webを見たら宿設備に「ドライヤー:有」と書いてあったんだけど、ブッ壊れたのかな?だったらしょうがない。

コンビニに行って、値引きされた348円のお弁当と発泡酒を買ってきた。
外は相変わらず真っ暗で静かなので出かけるのが億劫だったが、晩御飯は食べたいのでね。コンビニは国道に出ればポツポツあるので、車を使えば片道5分程度だ。決して不便な立地ではない。お弁当も温かいうちに持って帰ってくることができた。

極めてシンプルなトンカツ弁当だが、こういうのでいいんだよ。クオリティはあまりこだわらない。この部屋の雰囲気でご飯食べてお酒飲めれば、なんであったって思い出に変換されるからだ。激渋フィルター、最高。

まだまだ寒い時期なのでエアコンで部屋を温め、ぬくぬくしながら弁当を食べて酒を飲んだ。持参したノートPCであれこれ情報を見ながら。楽しいひとときだった。
水回りはユニークで戸惑った
時刻は22時を回った。そろそろ風呂に入らねばならない。
お風呂は離れにあるというので、いったん外を経由する。寒いので深夜に外に出たくはないからだ。あと、こういう雰囲気の宿なのであまり遅い時間に部屋の外を出歩くとおばあちゃんも気付いてしまい、心配させてしまうかもしれない。

ギシギシ言う階段をゆっくり降りてお風呂に向かう。
なんか正直言うと部屋の外はかなり寒い上に暗いので、願わくば部屋にこもっていたい気持ちだ。だけども衛生的にもお風呂に入らねば。
玄関を出て離れのお風呂に向かう。真っ暗なのでスマホの懐中電灯機能でお風呂のスイッチを探り当てた。

簡素な風呂小屋に明かりが灯った。薄い木の板1枚で外界と隔離されているだけなので、脱衣室が寒い。震えるほどに寒い。
でもきっと昔の家はこんな感じだったんだろうね…。ヒートショックとか大丈夫だったのだろうか…。

そういやおばあちゃんは「お風呂はシャワーだけなの」って言っていたな。普段僕もシャワーだけなので、それは別にいい。
だけども、シャワーの温度が全然温かくないのだ。しかも水圧が絶望的に弱いのだ。寒い…。常に寒い…。お風呂の窓は建付け上、ちょっと隙間が空いてしまっているような感じ。内部はほぼ外気温。
これ、いつまでシャワーを浴びていたらいいのかわからない。シャワーを止める勇気がない。ぬるいとはいえ、お湯を浴び続けていないと凍えそうだから。
でも意を決してシャワーを止め、速攻で暖房の効いた部屋で温まった。これで大丈夫。エクストリームなバスタイムだった。

トイレも離れだ。夜にトイレ行きたくなったら嫌だなって思った。寒いし怖いし。結果としてあまり使用せずに済んだからよかったけど。
なんか青いポリタンクとジェットのような器具が常備されているのが特徴であった。

『水鉄砲でお流し下さい。』と書いてあった。
使用していないのでどういうことかわからないのだが、後から考えると、たぶん個室は水栓ではないのだ。それを流すために、青いポリタンクと設置されているジェット器具を使うのだろう。
そんなのって初めてだ。すごすごる。使ってみればよかった。

洗面台は1階にある。手前右手が洗面台なんだけど、真っ暗。おばあちゃんが最初に「ここがスイッチよ」って教えてくれていたんだけど、忘れたしそもそも闇すぎて覚えていたとて見えぬよ。ここでもスマホの懐中電灯が活躍した。
ちなみに奥側左手がたぶん管理人室。奥側右手が明るいが、あっちは外。風呂とかトイレがある方面。たぶん庭の外灯でほんのり明るくなっているだけだ。

タイル貼りの洗面台だ。どっかの古い宿でも見たことあるな、この形式。シンクがフラットなのでなかなか排水されないのだ。あと、冷水しか出ないので朝に顔を洗う際には決死の覚悟が必要だ。

ミッション終了、自室に戻ろう。
昭和時代にはポピュラーだったのかもしれないが、なかなかユニークに感じた水回りだった。その後の水回りの環境の進化にちょっと感謝した。
ここで気付いたのだが、なんか部屋番号がアレだ。欧米人が胸の前で十字を切りそうな部屋番号だ。僕は気にしないけど。
朝が来て、別れを告げて
では、寝るとしよう。

お布団は自分で敷くタイプ。
旅館などでは仲居さんが敷いてくれたりするが、僕は自分で敷くのが好きなタイプ。自分のタイミングで敷きたいし、宿の人にやってもらうのはなんだか悪いような気持ちになってしまうこともあるから。特に高齢の宿主さんの場合は。

お布団はフッカフカの毛布付きだった。敷布団のシーツ部分も、モコモコ毛布生地だ。非常にありがたい。寒い夜でも快適に乗り越えられるであろう。

そして朝がやってきた。普段旅をしているとかなり早い時間に起きて活動開始する僕であるが、気持ちよかったので8時ちょい前まで寝てしまった。
カーテンを開けると柔らかい光が差し込んだ。ちょっと雲が多い天気だが、このあと晴れる予報なのでハッピーだ。

窓を開けると屋根の棟に当たる部分で、迫力のある画角だった。そして時代を感じさせる住宅が連なっている。ちょいと寒いが、のどかな朝だ。

昨夜は暗くて見えなかった部分も朝になり見えてきた。
これは玄関を出たところから撮影した、庭の深部。右側のパステルブルーがお風呂、一番奥を右に入っていくとトイレだ。なるほど、井戸があったんだね。
荷物をまとめ、おばあちゃんにお礼を言って出発することにする。
「気をつけてドライブを楽しんでね」と言ってくれるおばあちゃんに手を振り、玄関を出た。

狭い路地にひっそりと建つ、昔ながらの民宿。Webで検索してもSNSで検索しても、ほぼ情報が出てこない民宿。そんなところに手探りで行き、手探りですごすのが楽しい。そういうのが旅の醍醐味だと思う。

駐車場に向かっていると、建物の壁に『民宿 さるはし旅館』と書かれた看板があったことに気付く。
うーむ、これは夜だったら絶対に気付かないな。しかもメインロードではなく側面の路地側に掲示してあったし。もしかしたら、あまり一見さんは来ないのかもしれないな。だとしたらなおさら貴重な体験ができたな。
車に乗り込み、海に出る。そもそもこの集落は海沿いであった。宿から海も直線距離で100mもないほどだ。だけども宿付近からはかろうじて海が見えなかったのだ。

5分も走れば「明鏡洞」という景勝地があったりする。穴の開いた岸壁が見事だ。
…が、ここの詳細はまた機会がございましたら。
民宿さるはし、ありがとう。短い時間の滞在だったが、忘れないよ。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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