鶴見線という、横浜市の鶴見駅と川崎市の扇町駅を結ぶ、たった7kmの短い路線がある。支線を合わせても10kmもない短さだ。
横浜や川崎のような大都会にも関わらず、鶴見駅以外は無人駅。さらにクセの強い駅が多く、マニアが喜ぶ路線なのである。
さて、今回取り上げたいのは始点となる鶴見駅の次の駅、距離にして700mほどにある「国道駅」だ。とても賑やかで開けた雰囲気の鶴見駅から一転して、国道駅は… ―

― うん!
国道駅の地元の方もいるだろうから言い方は気をつけなきゃだけども、「鶴見駅の対極を攻めてきているな!」って感じだよね!
左手前の自販機がなかったら、昭和時代の写真だと言っても信じちゃうくらいかもね。むしろ昭和時代の駅に自販機だけタイムスリップしてきた世界かもしれないね。
そんな旧時代の名残を強く残す駅が、神奈川県と東京都を結ぶ大動脈の1つである国道15号沿いにひっそりとあるのだ。こいつぁ気になるなぁ!
じゃあ国道駅の夏の日中と冬の夜という、2つの顔をご紹介しようと思うのだぜ!
トンネル駅にいざなわれて
国道駅前にやってきた。国道駅は鉄道の駅なのであるが、僕はドライブが趣味なので車でやってきた。

大きな道路、国道15号沿いにあるのでアプローチもラクラクだ。数台しか停められないけど駅のすぐ横にコインパーキングもある。便利。
"国道駅"というネーミング自体が既にパワフルだもんね。地名でもなく、施設名でもなく、国道という日本を縦横無尽に走る主要道路の名称を駅名にするだなんて。名付け親の荒い鼻息が令和の現代まで届いてきそうだ。

実は駅名の"国道"とは、今は亡き京浜国道を指しているのだそうだ。その国道と鶴見線が交差するところにできる駅だから、「国道駅にしよっか」ってなったそうだ。
その京浜国道だが、後年に名前を変えて国道1号となり、さらになんかやんかでルートが変わったりして今は国道15号だ。
国道1号・国道15号共に、都心の大動脈である。そんな沿線にある国道駅センパイってすごいのだ。さぞかし賑わっているのだろうと心を躍らせながら読み進めてほしい。萎むから、その心は。

これが、国道駅前から眺める国道15号と鶴見線の高架だ。駅は見切れているがこの写真のすぐ左にある。
目の前の道はひっきりなしに車が往来しているが、この中の一体何%の人が国道駅の存在を知っているのだろうね…。一部の熱狂的マニアを除けば、そのくらいマイナーな駅なのだ。

すぐには駅には入らない。楽しみはまだ取っておきたいのだ。そんな僕が向かったのは、国道駅から見て国道15号の対岸である。
上の写真、一番左が僕が車を停めた駐車場。左右に広がる大きな道路が国道15号。いわずもがな、頭上が鶴見線の高架だ。
真夏のギャンギャンに降りしきる太陽光線で景色が白飛びしかけているのに、なんか写真中央にだけ深淵があるよね。恐ろしいわ…。

空中にある線路に対し、ご丁寧にその真下のスペースだけを使って駅の入口を作っている。
もうちょっと地域に開けた感じのデザインは候補に上がらなかったのだろうか…。掃除機のホースの奥を覗き込むかのようなゾクゾクを感じる。

かなり明度をを上げてみた。トンネルのような駅の内部は、どうやら幾重にもアーチが重なっているようだ。照明はほぼ無く、「とみや」というレトロなお店の看板がチラリと見える。
まるで令和時代から昭和時代を覗き込む穴のようなロケーションだな。じゃあ、その穴に足を踏み入れてみようか。
深淵に広がる昭和の香り
導入編
トンネルに入って1秒で世界観がガラリと変わった。真夏なのに、急に空気が冷たくなった。

とんでもねぇ空間だ。こんな駅が地方都市とかではなく横浜市内にあるだなんて、ヒザの震えが止まらねぇよ…!
真っ赤な自販機さえなければ、これはもう昭和ワールド。特に自販機の後ろの看板がいい味を出しまくっている。否、昭和という名のいいおだしを出しまくっている。そのおだし、飲み干してぇぞ!

はわわわわ…!
なんて魅力的なチョコレート色の建物。こんなのがトンネル内部に埋め込まれているのだ。赤い自販機と蛍光グリーンの有村としひこさん、ちょいとジャマだ。
『神奈川県公認 三宝住宅社』の看板が渋すぎる。立派な日本家屋の欄間に飾る書道作品のような貫禄こそあるものの、よくよく見なくても文字はあまりうまくない。
特に一番下の電話番号部分なんて、小学生レベルだ。現代だったら国道沿いの駅にデカデカと貼っていいレベルの文字ではないが、昭和だと絶妙に味を出してくれたのだろう。
右側のドアはまだ新しそうだが、あの向こうの世界はどんなんだろうな。廃墟マニアの血が沸騰しそうだ。

ポストもなんだか歴戦のプロレスラーみたいにボコボコの体じゃないか?どんな壮絶な人生を歩んだらこんな風貌になるんだよ?

『貼紙禁止_川崎保線区長』。1つ1つのアイテムの破壊力がすんごい。赤い縁取りのダークな板に白い字でこんなことを書かれたら恐ろしいことこの上ない。

既に閉店して長い年月が経過していると思われる「とみや」だ。お酒とお食事のお店だったらしい。現役時代に行きたかったなぁ。
昭和の頃にはこのトンネル内には様々なお店が軒を連ねていたらしいが、2025年現在は一店舗も残っていないのだ。
「では数10年前はもっとトンネル内はキラキラしていて活気に満ちていたのかな?」って思ってWebから当時の写真を探してみたのだがが、なんかやっぱりダーティな雰囲気だった。この1980年代のニューヨークの地下鉄の端っこみたいな雰囲気はずっと前からだったらしい…。

角度を変えて、券売機と改札口方面を眺める。画面左奥、上へと延びているのがホームに続く階段だ。無人改札ではあるが、僕は改札より先に行くつもりは無いぞ。

路線図と券売機のモニターがやけに未来的に見える。他がレトロすぎるからだ。
コンクリートの壁は経年でかなりボロボロになってきているし、一部に使用されているレンガも貫禄を出している。
照明は暗いし券売機前のカウンターはなんだかチャチいし、「トイレは右側」の黄色いステッカーが存在感を発揮しすぎ。
そんな券売機であるが… ―

2022年に券売機、撤去されてしまった。今はご覧の通りタッチして入場あるのみ。奥の方に「出場」の機械もあるのだね。都心ではあまり見ないマシーンだ。
そしてそのマシーンの方に気が向いてしまったので、かつて券売機があった部分をしっかり撮影しなかった点は失敗だ。ちょっとだけ写っているね、上の写真。なんか貼り紙でベタベタになっているね。
闇を探る
もう少し進むとトイレがある。トイレというか、"公衆便所"という言葉が似合いそうな無骨なものだ。

特にすごく汚いってわけでは無いけども、食事中の人からクレーム来ても困っちゃうからさ、変色した便器部分はマスキングしておいたよ。でもアンモニア臭が充満しているよ。
ちなみにここ、男女共用なのだ。このロケーションで男女一緒はなかなかダメだろ。僕だったら絶対にイヤだ。

ところでだ、駅の入口からここまで、ずーっと壁にベニヤ板が貼られている。きっとここはかつて店舗だったりしたのだ。廃業したのでベニヤで封印されてい閉まったのだ。
とみやがまだ封印されていないのは、廃業が比較的最近だからであろう。とはいっても10年は経ってそうだけど。
そんな国道駅の構内で最後まで残っていたお店が、改札近くの「国道下」という焼き鳥屋さん兼居酒屋だ。

上の写真は2021年なんだけど、まだキリンラガーの幟が立っている。廃業ではなくって休業中のタイミングだったんだ。
もっと近づいてよく見たかったんだけど、すぐ近くに肌着のおじいちゃんが涼んでいるので接近を躊躇した。真夏でもこのトンネル内は涼しいもんね…。
国道下は、行ってみたいお店の1つであった。
コロナ禍で営業が不安定となり、僕の訪問時もコロナ対策での1ヶ月程の休業中であった。その後2022年ごろに女将さんが亡くなり、正式に閉店となったのだ。とても悔やまれる。

他にもいくつかまだ出入口や看板の残っているお店があるが、もちろん人の気配はない。この扉の先、見てみたかったなぁ…。
今後この国道駅内で新しく店舗がオープンする確率、きっと限りなくゼロだろうなぁ。でも万一新店舗がオープンしても、きっとキラキラしたショップで、僕の求めるようなテイストではないかもしれない。

誰かが住んでいたりもしたのだろうか…。開かないドアに思いを馳せる。
国道駅は、2008年時点で1日の利用客数が1300人ほど。無人化したのでそれ以降の客数はカウントしていないそうだ。
1つ隣の鶴見駅が12,000人以上いるので、ほぼ10倍の差。

国道駅が誕生したのは1930年だという。つまり2025年現在でもう95年なのだ。
そして、現在もほぼ開業当時のままなのだという。リニューアル工事とか、一切していないとのことだ。なるほど、だからこそのこの渋さ。年月だけが醸し出す、この圧倒的重厚感。文化遺産クラスだね。
ところで上の写真は高性能なカメラで撮影しているので明るいけど、実際はこの3倍暗いからな。

肉眼だと大体この暗いの明るさ。暗くて静かで、ヒタヒタと歩く自分の足音だけが聞こえる空間だ。右上の灯り取りの窓みたいな部分、とても味わい深い。廃墟感がある。
さて、反対側の出口が近づいてきたな。

こっち側にも自販機。どっちにも自販機があるとは、その点はなかなか充実しているではないか。
そしてどうやらあの先は、駅の東側の住宅地に抜けるらしい。僕が入った側の国道側とは異なり、大きな道路がない完全な地元の方々の生活空間だ。

東口から西口を振り返る。
うん、なんだか白昼夢みたいな時間だったなぁ…。
戦争時の弾痕の残る駅舎
では、東側から住宅地を経由して国道15号のあった西側に戻ってみようか。

改めて、僕が抜け出たトンネルを見上げる。国道側よりも、よりジャンク感が増幅されているように思うのは気のせいだろうか…。
黄ばんだトンネルの縁と青い鉄骨とのコラボが、なんだかガチャついたように思わせているのかもしれない。

うわぁ、スゲーな…。
トンネルの右も左もだけど、どこまでがトンネル?どこまでが駅?そしてどこからが家?なんかそれらが全て融合して、切っても切り離せないような一蓮托生の間柄になっている。
僕が特に着目したいのは、向かって右側だ。これは家…??鉄骨の内側に植木みたいなのが見えているが…。

その家の2階の窓がすんごい。普通に見ればただただレトロだが、このアールデザインは95年前当時としてはかなりオシャレだったかもしれない。
窓の下側にはバルコニー的な部分を取り外した跡があるね。往時は相当にかわいかったのだろうなぁ。

続く高架下は、ミッチリギッチリ住居だ。この住居群は一部現役かな…。バラックの連なる高架下、きっと昭和時代から姿はほとんど変わっていないに違いない。

少し引きで撮影した東口だ。
あそこに駅への入口があるだなんて、にわかには信じられないだろう…。現に駅を示す表示などは全くないし。たぶんよその人が東口方面から入ることはないだろうかな、不要なのかな…。
さらに僕が着目したのは、駅舎の2階部分。緑のネットで覆われている部分。経年で朽ちたコンクリートの粉塵が落ちてきたりするのを防止するネットだろうか?
そのネット越しに見える窓が異様で異世界で、ゾクゾクしたよ。
そのまま住宅地を歩いて国道15号に戻った。

最初に僕が駅構内に入った入口だ。奥の方には愛車を停めた駐車場が写っている。
ここのポイント、重要だぞ。手前側コンクリートの壁と、その屋根に当たるネットで覆われたコンクリート部分をご覧いただきたい。
各所にボコボコと穴のようなものが開いているだろう。これが何かというと、第二次世界大戦のときのアメリカ軍の機銃掃射の跡だ。

1945年の戦争末期の頃のものらしい。それが現代まで残っている。貴重な戦争遺跡でもある駅なんだな…。
今も昔も変わらぬ姿で、歴史を見つめてきたんだよ、国道駅は。
…それじゃあクライマックスだ。
これまでに国道駅の西口と東口をご紹介した。オフィシャルにはそんな何口とかっていう名称はついていないが、便宜上そう呼ばせていただいた。
だが、もう1つ入口があるのだよ。

矢印の先に、道路から延びているすごく細いヒョロヒョロの線がある。なにこれ。
これこそが南口だ。たぶん。
夜の映像なのでほぼ真っ暗で恐縮だが、住宅地から南口にアプローチする動画を撮影したので見てほしい。驚愕するぞ、このルート。
そんなアンダーグラウンドな国道駅。都会にポッカリ空いた深淵。時空の狭間。昭和100年。
あなたも日常に疲れたら行ってみるといいよ。東京23区からすぐだから。自分を見つめ直すことができるかもしれないから。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報