カントリーサインって知ってる?
例えばA県からB県に入るときに「ここからB県ですよ」ってことを示すために、「B県」と書かれた文字と、その県を象徴するスポットの絵が描かれていたりする。
もちろんパターンは1つではないのだが、僕は滋賀県のカントリーサインとして「浮御堂」がまずは頭に浮かぶ。
滋賀県の象徴は琵琶湖ってのは大体あなたもそうだろうが、その琵琶湖の象徴と言えば浮御堂かなって思うのだ。
琵琶湖へと突き出た橋の先に建てられたお堂、浮御堂。
僕は今までこの浮御堂を7回ほど訪問している。そのすべてをここで記すのは難しいが、好きなスポットなのでその思いをギュギュッと圧縮して語りたい。
新たなる一歩を踏み出せ2024
では、まずは最新の2024年訪問時のことを書こう。
のどかな町並みを歩いている。
実は浮御堂の目の前にはあまり広くはないもの専用駐車場がある。週末はともかく今日は平日だから空きはあっただろうけども、そのかなり手前にある無料観光駐車場についつい吸い込まれてしまった。
おかげでかなりの距離を歩くことになったけど、気持ちのいい天気の日に散歩ができて良かったと思い込みたい。こういうおしゃれなお店と出会うこともできたしね。
どことなく昭和の雰囲気が残っている町並み。
ちょっとここで僕の決意表明を聞いてくれ。
僕はここに来るのは7回目なのだが今まで一度も敷地内に足を踏み入れたことが無いのだ。なぜなら敷地に入るには拝観料300円が必要だからだ。
今まではそれをケチって「払わなくっても敷地外からもいい景色が眺められるよ」と得意げになっていた。
でも、やっぱそうじゃないんだ。払わないと見えないものがあるし、維持管理している人たちに感謝する意味でも払わなきゃ。
7回目にしてようやくその境地に立つことができた。
浮御堂を有する「満月寺」の前までやってきた。向かって右側の門をくぐれば受付がある。ここで拝観料を払うのだ。
…でもね、その前に1つだけご紹介しよう。敷地外からの写真を。向かって左側、金網が設けられているところに行ってみよう。
これが浮御堂だ。ね、なかなかいい構図でしょ。
敷地内だときっと正面からの写真はバッチリなんだけど、こういう横からの写真は近すぎて撮りづらいんじゃないかと推測している。
レンズがフェンスに干渉しないように工夫すれば、ほらこの通り。ポスターにも使えそうな爽やかな写真じゃないか。
敷地外には敷地外の良さがあるのだ。まぁ内外どっちも経験しておくのが最強だけども。
これは竜宮門というらしい。確かにちょいと竜宮城っぽいね。
では、我が人生未踏の地に、いざ参ろうぞ。
まるで湖の上を歩くかのように
拝観料を払い、境内を見て回ることにした。
正直あんまり広い境内ではないけども、箱庭のようで雰囲気はいい。
あと初訪問で緊張したからか、ボケているし斜めっているしで何だこの写真。2024年撮影とは思えないヘタクソ加減。
これが観音堂。中には重要文化財の聖観音座像が祀られている。僕も中を覗いたのだが、写真撮影は禁止だったからこれ以上のご紹介はできぬ。
この満月寺は平安時代に「源信」というお坊さんが、琵琶湖から阿弥陀如来を救いあげて琵琶湖上の安全と衆生済度を祈願し、建立したと言われている。
湖から阿弥陀如来を救い上げた?サルベージってこと?底引き網?そこんとこの経緯、詳しく知りたいなぁ。
境内の、お堂とは逆の端っこから全体を撮影した図だ。
大半が玉砂利ゾーンで、ジャリジャリと愉快なサウンドを響かせながら歩いた。右端にちょこっと浮御堂が見えている。
左奥のモジャついていてスリリングなエリア、あそこは満月寺の敷地外であり、あそこからも浮御堂を無料でカッコいいアングルで見られるんだけど、それは後述するね。
「あぁ懐かしいなぁ。いつもはあそこでモジャモジャしながら眺めていたなぁ」と懐かしくなってこの写真を撮影した。
では、満を持して浮御堂に向かおうか。
境内の説明版を読んだところ、これは1937年(昭和12年)に再建されたものなんだってさ。なんで再建しなきゃいけない事態になったのかというと、その3年前の1934年9月21日に室戸台風の影響で倒壊しちゃったからだそうなのだ。
あ、良い。ゾクゾクするほどに良い。
湖面が近いこともあり、まるでおだやかな湖の上を歩いているかのような気持ちになる。その正面に浮御堂。やっぱ物事を正面から捉えるって大事だよね。斜に構えているだけでは不完全だったのだ。
そんでな、これは僕の事前勉強不足だったんだけど、浮御堂って中には入れないのね。正確に言うと中に入れるだけのスペースがない。なぜならご覧の通り、小さくてありがたくて金色の方々がひしめいているから。
では、浮御堂の周囲を縁側(?)に沿って一周してみるか。
おぉぉーー!気分最高だよ。これで悪天候で高波だったら泣くだろうけども、この爽やかな天気の中でここを歩けるのはナイス。
僕以外に誰も観光客がいなかったからいいが、もし週末だとかの繁忙日で対向から人が来たらどうする?なかなかにスリリングなことになりそう。
最奥ゾーンがここ。こういう屋根付きでそよ風の吹くテラスで、ノンビリ読書できたら最高だよな。神聖な建物だからそんなことしないけど。
向こうには「琵琶湖大橋」が見えている。
長さ1400mの橋。橋マニアの僕は、当然あそこも何度も走っている。ところで湖を横断する橋って、国内にそんなには多くないよね。貴重。
あれ?なんか石碑が湖の中から突き出ている。なんだろう?
Webで検索したけどもうまく正体を突き詰められなかったのでSNSで聞いてみたところ、教えていただくことができた。
あれは「高浜虚子」の句碑。地震か何かの地殻の変動で、昔は陸地だったのが沈んでしまったのだ。その後水上バイクが激突したりしたので左右の赤色灯を設置したんだって。回答していただけた方々、ありがとうございます!
かつてはネコのように住宅の隙間から
前章が日本7周目の記録だ。
前述の通り、浮御堂には日本2周目から5周目まで6回ほど訪問しているのだが、いずれも敷地内には入っていない。どうしていたのかというと…。
竜宮門を見上げる。しかし僕はここをくぐらないのだ。ちょっとだけ戻って、浮御堂に向かって右手の路地に入っていく。ネコが好むような路地があるのだよ。
「魚富商店」さんの隙間だ。この路地がいい。
ドキドキしちゃって手振れしたけど、大体毎回ここを使っていて慣れている。日本2周目から使っている。
沖縄の波照間島で出会った「ひまこさん」と再会してここを紹介したときにも、「こっちですよ」と何食わぬ顔で颯爽と入っていったから驚かれたな。
僕は性格もイケメンなので、路地でお花の手入れと化しているおばあちゃんがいたら笑顔で挨拶もする。ほぼ生活道路という扱いだろうから、おばあちゃんも驚いたような顔でこっちを見る。
で、最終的に湖畔の公園にたどり着くのだ。公園の名前は「本堅田湖岸緑地」というらしい。
Googleマップの口コミ見たら、わずかだがちゃんとコメント書いている人がいた。そのわずかな人たち、やっぱ浮御堂を見ながらノンビリするために来ているのだね。
緑地は思ったよりも広くって、東屋の建材だとかをどうやってここまで運んできたのか気になる。すごく狭い路地しかないのに。ボトルシップを組み立てるように、どうにかこうにかうまくやったのだろうな。
この緑地から、前章でご紹介した湖ギリッギリのモジャついたゾーンに降りると、浮御堂をサイドから眺めることができるのだ。
じゃあ、こっからは僕の過去の浮御堂フォルダが火を噴きますぜ。
こうして見て気付いたんだけど、浮御堂の桟橋よりも下のアングルから撮れる写真って、この緑地以外にないのだろうね。下から見ると、どことなく重量感を感じられる。
あとね、浮御堂の屋根って一番右側の1枚だけ、巨大かつ垂れ下がっているのだ。これをハッキリと認識できるのも、やっぱここのみ。
寒い小雨の日にも行ったな。ちょっと水墨画のようなトーンの浮御堂だったな。
同じスポットでも天気や季節、時間によって表情が変わる。とりわけ日本古来の建造物って表情が豊か。だからあなたも日本を何周もするといいよ。
とんでもなく晴れた暑い日の本堅田湖岸緑地。緑も元気いっぱいに茂っている。
こういう日はどこを訪問するにもワクワクしちゃうよね。とりわけ琵琶湖の湖畔のドライブは最高であった。
あぁ、美しいねぇ。空が青いだけではなく、空気もとても澄んでいる。そして水面を見ての通り風も全くない。すごくいいロケーションだ。
ただし湖面に変な草がいっぱい浮いているけどさ。変な草の量は歴代最高。
対岸の町もクッキリ。琵琶湖も浮御堂も最高じゃないかね?
そんな琵琶湖のシンボル浮御堂。時間をかけずにチラッと見ることができ、だけどもしっかりと心には残る印象的なスポット。
きっとこれからも僕はここを眺めに行くのだろう。ときどきはネコのように路地裏から。
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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