九州本土最東端の岬である「鶴御崎」のちょっと手前には、「丹賀砲台」という砲台跡地がある。
ここがすごいのだ。この砲台はあなたの想像する3倍くらいの大きさがあるのだぞ。しかもその丘の上の砲台内部に行くにあたり、小さなケーブルカーを自分自身でスイッチ押して操作して向かうのだ。ワクワクするだろ?

もったいぶってもしょうがないので最初にネタバラしするとな、これが砲台のイメージ図だ。さすがに戦争当時のものなので大砲そのものはないんだけど、大砲をねじこんでいた地盤が残っているのだ。
上の図のネジ穴みたいな部分。"あなたの想像する30倍"って書いたけど、実際に写真に撮るとどうなるかというと… ―

このくらいにデカいのだ。町1つ消し飛ぶんじゃないかってくらいの火力を出せるんじゃね?震える。
こんな貴重なスポットを、スタッフさんの丁寧な解説までついて200円で見学できるんだぜ。これをお得と言わずして何がお得か。200円なんて、ミニケーブルカーの乗車代で取られてもよいレベルなのに、ここまでいろいろ楽しめるとは。

じゃあ、昨年である2023年に訪問した記録をベースにしつつも、過去2回の訪問写真をミックスしてお届しよう。
ユニークすぎる駐車場にて
鶴御崎へと続く県道604号…。

知ってさえいれば、岬の先端を目指す道すがら砲台跡に被せられた丘の上のドームの存在に気付くはずだ。あのキラキラと光る銀色のドームに。

今でこそただのドームではあるが、在りし日にはあそこに砲身が取り付けられていたのだ。とんでもなく大きなキャノンだ。
ここは九州最東端の地。つまりはあれは、四国と九州の隙間にある豊予海峡を望む丘。瀬戸内海に侵入する船を見張り、いざとなったら一発ブチかますための大砲なのだ。

さらに数分走ると砲台への分岐が現れる。トンネルの手前に『悲劇の巨砲 豊予要塞跡 丹賀砲台』という看板がいきなり出てくるのだ。
初回はこの丹賀砲台の存在すら知らなかったので、いきなり出てきた看板に驚いて「えぇー!?灯台!?じゃあ行くーー!!」って0.1秒で判断してハンドル切ったよ。迷う時間は与えてくれない看板配置。

狭くてやや荒れた道を50mギャリギャリと進むと、砲台との敷地に入る。
するとすぐ脇にスタッフさんの事務小屋があり、「車はあちらへどうぞー!」とにこやかに声を掛けてくれるのだ。1回目はおばあさん、2回目はおじいさんだった。どちらもとてもいい人だった。
2023年訪問時には「あちらの白線のところに停めてくださいねー」と言われた。以前は無かった白線が駐車場に引かれたらしい。

ハンドルを握りしめ、僕は「ワケわかんねーよ…」とつぶやいた。
何この白線。かたちが変だし大きさバラバラだし、どこにどのように車を停めればいいんだよ…。ひとまず写真左奥のあたりが一番きれいな四角形なので、そこに愛車を停めることにした。

「ようこそー!」みたいなテンションで近づいてくるスタッフのおじいさんに「白線がチグハグでよくわかんなかったのですが、この停め方であってます?」って聞いてみた。
おじいさんは「ふふふ、ユニークでしょ。TVに取り上げられたこともあるんですよ。」と言っていた。
ちなみに律儀に白線を守って駐車しなくてもいいらしい。そういや「白線の中に停めて」とは言われなかったけどなぁ…。
そしてネタバラし。この白線は駐車区画を現したものではない。かつての砲台の大きさを実感してもらうためのものだ。おじいさんはそのように解説する。

待て待て待て待て…。
えっとこっちから白線を眺めて…。なるほど全容がなんとなく見えて来たぞ…。しかし僕の身長ではここまでが限界だ。ここから先はGoogleマップの衛星写真のお力を借りて…。

うおぉぉ、砲台だぁーー!!
ちなみに青い四角で塗ったのは、僕の愛車が停まっている様を現してみたからだ。そのくらいの大きさなのだ。大きすぎる!!

基礎部分だけで直径21m、深さ12.8m…。
ということは深さはビルの4階分あり、直径は25mプールに少し届かないくらいの規模間なのだ。そんなものが、戦争時代にこの丘にあったのだ。
ケーブルカーで砲台に登れ
おじいさんは駐車場にて僕にいろいろとこの丹賀砲台の歴史やスペックを説明してくれた。10分くらい話していた。
しかしそれをここで全部書いては記事のバランスが崩れてしまうので、見学しながら小出しに記載することとしよう。

それではいよいよケーブルカーで砲台まで登る。そのケーブルカーは駐車場脇のこのドアの向こうにあるのだぞ。
これも当時の軍事施設の名残だ。ここからベルトコンベアーで砲弾を上まで運んでいたらしい。

2023年訪問時には入口周辺が綺麗に改装されていた。ただ、中の薄暗くてソリッドな雰囲気は以前のままだった。
スタッフさんのアテンドはここまでだ。あとは自分1人で行くのだ。ケーブルカーの操作方法、降りてからどう進めばいいか、万が一の際の連絡方法などを教えてもらい、スタッフのおじいさんとお別れとなるのだよ。

ワクワクするだろ、この要塞感。ケーブルカーは定員6名。1人でしか乗ったことないけどな。ボタンさえ押せば目的地に着いたら自動停車する仕組みなのだそうだ。
これは、上の方の停車駅に停まっているケーブルカーをこちら側まで遠隔で戻すボタンを押し、おじいさんと一緒に待っているときのものだ。
ところで僕はこのあと上の砲台まで行ったのだが、自分以外に人間いなかったよ。なんでこのときケーブルカーは上の駅に停まっていたんだろう。怖っ。

上の方から無人のケーブルカーが見えてきた。車体名は"伊吹"。
1人乗り込んでドアを閉め、おじいさんに手を振り出発だ。短い距離・短い時間乗るだけの小さなケーブルカーだが、すっごく楽しく感じてしまうのはなぜだろう。

操作は簡単。シンプルに「上り」のボタンを押すだけだ。ベルが鳴ってゆっくりとケーブルカーが動き出す。
ここでな、上りではなくって下りのときなんだけども動画を撮ったので貼り付けるね。今まで当ブログで使っていた動画はりつけサイトが変な感じになっちゃっているので、初めてYouTubeからUPするわ。見られるかな??
ドアの開閉音が静かな施設内にやたらと響くよね。砲台施設の冷たく静かで巨大な様子、ちょっとでも感じ取っていただけただろうか…。
さて、およそ3分ほどで上の駅に到着した。たぶんここは砲台の深部。そして丘の中の地底に当たる部分。

内部のMAPを見つけたので写真に撮った。
砲塔井っていうのが、冒頭でもご説明した砲台がネジのように刺さっていた部分であり、この施設のハイライトだ。
他にも火薬庫・動力室・計器室・水槽などいろんな部屋がある。大砲1発撃つだけでも、いろんな設備が必要なのだなぁ…。

何とも言えない緑色の部屋。ゾクゾクしちゃう。
この丹賀砲台は、1931年に4年の歳月をかけて完成した超巨大砲台。巨大な大砲は巡洋艦"伊吹"からぶっこ抜いて持ってきたんだって。なるほど、巡洋艦クラスの大砲ってこんなにも巨大なのか…。
色んな説明パネルがあるから眺めながら進む。

丹賀砲台の建造の総監督は、後に戦艦大和の設計もしたらしいぞ。すごい。
そんな超スペックを持つ砲台なのであるが、一度もまともな活躍をすることはなかった。
いや、「活躍をしない」ってのは戦争で使われることがなかったってことでむしろ犠牲者を生まなくてよかったねっていう側面もあるのだが、悲しいかな大事故で廃止されてしまったのだよ。

1942年のこと。第二次世界大戦がはじまり、戦争は今後激化していくだろうと考えられていた。
従い、この砲台も試運転させて肩を温めておこうとなったのだ。つまり実射訓練。使われた砲弾は全部で9発で、最後の1発が砲身の中で爆発してしまった。すさまじい爆発だったそうだ。
この事故で16名が亡くなり、20数名が重軽傷を負ったとのことだ。

この事件が、序盤で掲載したのトンネル脇の看板に『悲劇の巨砲』と書かれている所以ね。
試射の段階で廃止されてしまった施設ではあるが、そんな貴重な戦争遺構をたった200円でこんなふうに見学できるってとても貴重だ。

それではハイライトの砲台部分に行くぞ。
爆発した巨大砲台の中で
足音がこだまするトンネルを進んだ先、ついに砲塔井が姿を現した。

砲台の最深部に当たる部分だ。その周囲をグルリと円形の回廊が取り囲んでいる。なんとも古代神殿のような神秘的なものを感じたよ。

わかりやすく、前述のイメージ図を再添付しよう。今いるのが砲台下部の左右に書いてある正方形の部分。たぶんだけどもこれは輪切りにした円形回廊を指しているのだと思う。だとしたら僕は今、この正方形の中にいる。
そこから砲台の真ん中に入っていくと…。

うぉぉ!!すごすぎる!!
砲台の深部から上部を見上げている。暗い軍事施設から見上げる空が青い。さらにここから螺旋階段で地上部分まで上がれるのだ。行こう。

そいてこれが有名なアングル。螺旋階段を上まで登ってから下を見下ろした図である。下半分はコンクリートが相当にガタガタになっている。これが当時の爆発の跡だ。
分厚いコンクリートはそれなりにダメージを負ったものの、こうしてキチンと原型をとどめて現代まで事故の悲惨さを教えてくれている。

螺旋階段はもちろん、観光化に当たって後世に造られたものだ。
先ほどお見せした写真はピカピカの階段だが、僕が初回に訪問したときはセピア色のレトロな階段であった。個人的にはこっちの方が雰囲気があって好きかもしれないなぁ。サビッサビだけど。

螺旋階段の最上部からドアを開けて外に出ることができる。では、ちょいと外の世界を眺めてみよう。

振り返ると砲台があった部分が温室のようなドームになっている。県道を走りながらでも眺められる、丘の上のドームがこれだ。
これは風雨で貴重な戦争遺構が劣化するのを防いでいるのだよ。

ドーム周辺はほどほどに整備されているが、日差しを遮るところもないし自販機もトイレもないしで、夏の暑い日は長居ができない。
以前訪問した際には有料の双眼鏡があったが、2023年訪問時には見た記憶がない。あったっけ?なくなったんだっけ?

海の眺めはいい。下の町も見える。細く突き出た半島の先端に近いので、視界も広い。
ここに大砲があったのだ。もし敵がこの海峡を抜けようとしたなら、さぞや脅威であったろう。怖いよね、戦争は。平和が一番だよ。
さて、それでは戻ろうか。
エピローグ
2回訪問したが、2回とも誰もいなかった。正直、自分だけの秘密にしておきたいスポットではあるが、でもみんな知っておいた方がいい戦争遺構だしな。
しかし1人200円で維持できるのか心配になるぜ…。

ちなみに九州と四国の最短ポイントであるここ豊予海峡にはこういった砲台跡や軍事遺構が多い。
九州最東端の鶴御崎も、灯台そのものが軍事設備と融合してしまっているという奇妙なものだし。
そして対岸である四国最西端の「佐田岬」にも、いくつもの砲台跡が残っている。数年前にはリアルな大砲レプリカも設置され、僕は興奮して2回見に行ったよ。
これもそのうち当サイトでご紹介したい。…にもかかわらず、佐田岬のミカンの押し売りのばあちゃんの話なんかしてしまい、完全にベクトルを見誤ったなぁ。
丹賀砲台の駐車場に戻ってきた。おじいさんが笑顔で迎えてくれた。僕は「もうちょっと近辺を見学していいですか?」と言い、駐車場敷地内を巡った。

犠牲者の慰霊碑もあった。前面に砲弾のオブジェが置いてあるけど、犠牲者は心休まるのか?

戦闘機のプロペラも展示されている。平成に入ってからこの近くで漁船の網に引っかかって引き上げられたものだ。
調査の結果二式大型飛行艇のものであると言われているそうだ。当時の最高技術で作成された、世界トップレベルの飛行機と言われているそうだよ。
戦争は遠い遠い過去のものではあるが、見て触って感じて。そうやって後世に少しでも伝えていくのが大事なのかもしれないね。
…と立派なことを言いたいところだけど、本音はケーブルカー楽しかったです!また行きたいです!
以上、日本7周目を走る旅人YAMAでした。
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