古都鎌倉。
三方を山、そして残る一方を海で囲まれた、天然の城塞都市である。
かつて幕府が築かれたのも頷ける。(あ、大河「鎌倉殿の13人」お疲れさまでした!)
特は流れて現代。
そんな山の中にとてもオシャレなオープンテラスのカフェレストランがある。
「樹(いつき)ガーデン」。
ここはすごいぞ。
"天空のカフェ"とか"ジブリのようなカフェ"と形容され、海外の日本案内の資料にも「鎌倉行くならここ行っとけ!」的な感じで書かれたりしたそうだ。
1980年に創業し、40年以上の歴史を誇るこのお店。
残念ながら2022年12月27日に閉店する。この記事を公開した時点で、あと2日だ。
11月に発表され、12月中旬にはWebニュースで大々的に取り上げられもした。
ちょっと待て、閉店前に行きたい。行く。
そして、なぜこんなにも歴史あるオシャレでインスタ映えするお店が閉店してしまうのか。
実際の滑り込み訪問記録と共に、そこいらをご紹介したいと思う。
ご紹介したところで、それを参考にこれから行ける人はほぼ皆無だと思うが…。
― だからこの記事は、樹ガーデンが閉店しなかった世界線、樹ガーデンに奇跡が起きて復活した世界線に生きるあなたに贈ろう ―
ファーストロットを狙え
12月も後半である。
関東南部は温かそうなイメージがあるが、現場をナメるなよ。
そのように自問自答し、一番温かい上着をクローゼットから出し、カイロをセットした。
平日の9:30である。
樹ガーデンの開店は10:00だが、駆け込み客が殺到で週末の日中は3時間待ちまでいったと聞いている。
それはちょっとイヤなので、平日の開店と同時(ラーメン用語で言えばファーストロット)にありつけるような時間でやってきた。
あと、快晴であることをちゃんと確認してやってきた。
7・8台分ほどある無料駐車スペースは残り2台であった。
あと、誘導員さんが常時立っていてくれていた。親切。
車道沿いから見上げる看板もかわいい。
しかしこれだけ見てもカフェレストランだとはわからないから、知っている人でないと100%スルーしてしまうと思うがな。
さて、ここからは「大仏ハイキングコース」という登山路である。
”大仏”とは「鎌倉の大仏」を指しており、この山を乗り越えた先には鎌倉の大仏が鎮座しているので、頑張れば歩いて行ける。
そのコースの途中にカフェがある。
かわいいレンガのゲートをくぐり、階段を昇り始める。
階段はキチンと整備されているし綺麗であり、途中2箇所ほどにベンチもある。
結論から言うと道のりは想像していたより数倍余裕だった。
10数分は歩くのかと思っていたが、モリモリ歩いて1分ちょっとだった。
階段166段だ。ちょっとした駅であれば、電車に乗るまでこのくらいは普通に歩くだろう。(少しだけ息切れしたのはナイショ)
階段の先に、店舗の裏側が見えてきた。
心躍る。
開店前30分の過ごし方
だがまだ開店までは30分あるため、テラス席スペースには入れない。
待機用のスペースが解放されており、そちらを案内された。
上が待機スペースの写真。
一見屋内に見えるかもしれないけど、壁の無い半屋外の空間。
来た順に座るよう案内されたところ、僕の前には小さなストーブがあって少し幸せを感じられた。
小さなコーンを渡された。
「5」と書いてある。僕が5組目ということだ。
ファーストロットは余裕でゲットできるな。よかった。
ちなみにWeb情報では「10時の開店と同時に行ったら、1時間待ちだった」と書かれていたりもした。
カフェだからみんな1時間くらいは滞在するのだろう。
ファーストロットかどうかで運命は大きく変わるのかもしれない。
これ、僕の座っている位置の右側なのだが、まるで結婚式場の一角のような格式を感じる。
山の中にコレだぜ。
そしてコレがあと数日で閉店なんだぜ。悲しみ。
そして僕の後ろ側のスペースがコレだ。メルヘン。
向こうの方では女性スタッフさんたちがテラス席にポインセチアを設置したり、なんやかんやと打ち合わせしたりと忙しそうだ。
しかしスタッフさんたち、12月の木枯らし吹きすさぶこの時期にワイシャツあるいは薄手のダウンだ。かなり寒いだろうな…。
チラリとしか見えなかったが、9:50時点でやってきたお客さんに「17」のコーンが手渡されていた。
開店10分前の9:50、「1」の人から移動するように言われた。
やって来たのはオープンテラススペースの奥側。
待機用のイスが横並びにセットされていた。
メニューブックは3つほどしかないらしく、まず「1~3」の人がメニューを見てこの場でオーダーし、先に会計するらしい。
上記がその図だ。
順々にオーダーと会計が進み、都度僕らは写真の向かって奥の方にズレていく。
会計まで終われば、晴れて一番奥の日向に到達できるぞ。
ちなみにここで希望者はブランケットを貸してもらえることとなった。
ありがたい。借りよう。
「5」の僕にメニューが回って来たのは、ちょうど開店時刻の10:00だった。
ドリンクメニューは各種あるが、フードメニューは基本的に上の見開き2ページだ。
クロワッサン ワンプレート(ドリンク付き) ¥1500
ガーデン特性ミートソース クリームスパゲッティーニ ¥1500
ズワイガニ・フルーツトマト・九条ネギのスパゲッティーニ ¥1500
樹ガーデン・コーヒーゼリー ¥700
自家製チーズケーキ ¥700
クロワッサン アイスクリームサンド バニラ ¥800
僕は同行者と2人なので、クロワッサン ワンプレートとズワイガニのパスタにしよう。
あとはパスタには別注でホットコーヒーをつける。
それとチーズケーキ。
「3」か「4」の人が、スタッフさんに「追加注文できますか?」と聞いていた。
返答は「できますけどまたここでオーダーしてもらうこととなります。そして混み合っているので、提供まで1時間ほど待つことになるかも…」とのことだった。
コーヒーは食後派の人もいるだろうが、一緒にオーダーしてしまうのが安牌だ。
僕も普段は食後派だが、寒いので今日は最初がいい。
この施設で会計をする。先会計だ。
「このあとはお好きな席へどうぞ。コーンをテーブルの上に置いておいて下さい。」
「今日は富士山が綺麗ですよー。」
的な感じのコメントをいただいた。
接客はどのスタッフさんも感じよかった。笑顔最高。
この時点で10:05。
9:50に「1」の人にメニューが渡され、「5」の僕が会計するまでに15分。
つまり1組のオーダーに3分かかっているということだ。
10組であれば30分、20組であれば1時間。
もうすでに「20」くらいのお客さんまで来ているだろう。
なるほど、「10時の開店と同時に行ったら、1時間待ちだった」の理屈はこれだったのかもしれない。
よーし、これで広大なガーデンに解き放たれたー!
しかし「お好きな席へどうぞ」とのことだったが、このタイミングで全くの初見。
そしてここの敷地の構造は結構複雑。
さて、どこに座ろうか…、アワワワ…。
天空のカフェ・樹ガーデン
僕はお気に入りの座席を見つけるべく、ここでザックリとオープンテラスを一周した。
眺めがいいことも大事だが、いかんせん12月の朝は寒い。
ちゃんと日が当たっている席であることも大事だ。
では、ウロウロした僕の目線で、樹ガーデンの全容をご紹介しよう。
なお、雰囲気を出すだめにちょっと彩度を上げて撮影した写真もあるのでご了承いただきたい。
森の中に現れた、弧を描くレンガ造りの回廊。
そこに赤と白の鮮やかなパラソル。
…樹ガーデンを説明するなら、上記の2文に尽きると思う。
目の前に広がるこの光景に「わぁ」と思わず声が出る。
鎌倉の遅い紅葉に、今朝日が当たっている。
座席は4人掛けと2人掛けがある。
Webでは70席あると書かれていたり、もうちょっと数が少なかったりする。
だけどもパっと見ではもっとありそうな気もした。
少なくともかなり広大な空間で、1組1組がのびのび過ごせるシチュエーションだ。
シクラメンの植木。
こういう1つ1つのインテリアが丁寧で、とても好感が持てる。
樹ガーデンでは、完全に屋内の座席というのは存在しない。
基本的にこのようなテラス席だ。
そして真夏だろうと真冬だろうと、雨だろうと風だろうと営業している。
まずはこちら側の装備をしっかり整えなければならない。
今回は目いっぱい厚着をした上で快晴の日を狙ったが、もし雨だったら3倍ハードな環境だったであろうな…。
テラスタイプのお店である理由は、このカフェの成り立ちを知ると納得だ。
もともとはここ、オーナーさんの別荘だったのだ。
だけどもハイキングコースに隣接していることから、登山客から「休憩したい」・「ケガしたので助けてほしい」などの要望が続々と来ていた。
…であればということとで、登山客用の休憩所としてカフェ的な営業を開始した。
これが1980年のことである。
つまり、僕ら一般人が想像するカフェが起点なのではなく、「登山の途中の休憩施設」が起点なのだね。
であれば、店舗の軒先でちょこっとコーヒー飲むとかもありふれた光景だ。
出発点はそこだったのだ。
その後、山のかたちに合うように少しずつレンガを敷き詰めて座席を増加させ、今のように複雑な構造のテラスガーデンとなったのだ。
だから不規則な席配置であり、一部狭い通路や階段もあるが、それがまた楽しい。
富士山も見えた。
位置を工夫すればもっと見える場所もあったと思うが、富士山目的ではないのでこれで充分。
ここまで3分ほどウロウロし、座席も「ここがいいかな?それともあそこが…?」とちょっと悩んだりした。
まだほとんどお客さんがいない時間帯だからこその特権だろう。
そして結論、上の写真の一番奥にすることにした。
日当たりOK、紅葉OK、良物件ではないだろうか。
木枯らしの中のティータイム
最初のメニュー、チーズケーキがやって来たのは着席して3分後だった。
調理のいらないメニューとは言え、なかなか早い。
これはデザートに食べよう。
しばらく放置することになるが、ここは天然の冷蔵庫なので問題ないはず。
さらに3分後には、クロワッサンプレートとコーヒーが届いた。
あと、お店で焼いた1口大のガトーショコラがサービスでやってきた。
会計してから7・8分なので、なかなかの早さだ。
待ち時間の半分はガーデン内をウロウロしていたし、残り半分はテーブル席から周囲の景色に見とれていたので、全然待った感覚はない。
もちろんこの先どんどんお客さんが来るから、さっき見耳に挟んだ通りオーダーから1時間待ちとかになるのだろうな…。
温かいメニューは、時間との闘いである。これマジである。
とんでもない速度で冷めるからだ。
クロワッサンは、パリの名店「メゾン・ランドゥメンヌ」の生地をこの店で熟成させて焼いたのだそうだ。ザックザクでうまい。
それにクラムチャウダーとフライドポテトがついている。
最初は温かくてとても癒される。
1・2分後にはズワイガニのパスタもやってきた。
ビジュアルが美しいぜ。
実はパスタ類は運んで来るうちに冷めないように、白い陶器のフードカバー(クローシュ)を被せてサーブされる。
これ、写真撮れるタイミングなかったな。
フードカバーでピンと来ない方のために、「いらすとや」さんで描かれている画像を上記に添付しておく。
これよこれ。なかなか実物を見る機会はない。
細い麺だがしっかりとした歯ごたえ、ズワイガニの風味、そしてオレンジ風味のオリーブオイルを使っているのが特徴だ。
とてもうまい。しかし冷めるスピードが気になる。
ガッツくのももったいないし、せっかくのカフェタイムなのである程度ゆっくりは過ごしたい。
だから普通のペースで食べていると、残り3分の1は冷製パスタになる。
これはこれでおいしいけどな。
そんなだから、スタッフさんたちもお客さんの元に運ぶのは大変だろう。
前述の通り、お客さんは既にオーダーを終えた上で好き勝手な場所に座る。
だからスタッフさんは、料理を運びながらお客さんを探すのだ。
しかもこの結構広い高低差のある敷地で。
さらには最初に提供された小さなコーンの数字を確認しながら。
わりとウロウロしてしまっているスタッフさんも多い。
ただし1分の提供の遅れで料理は結構冷めてしまうだろう。
真冬も雨の日もこのシチュエーションなのであれば、どうにかもっとスマートな運用を発明したいところだったね。
デザートのチーズケーキ、しっとりとしていてとてもおいしかった。
このタイミングで改めてアツアツのコーヒーがあれば最高なのであるが、コーヒー無くてもうまいもんはうまい。
10:45ごろ、席を立った。うまかったが、寒い。
食べ終わる少し前に、近くに「22」の人が来た。
まだ空席が目立つが、店の前にはまだ着席できない人が多く並んでいる様子だった。
たぶんこれが最初で最後の訪問。
ごちそうさまでした。
美しい庭園と紅葉を目に焼き付け、僕は天空のカフェを後にする。
なぜ閉店してしまうのか
こんなステキな樹ガーデン、なぜ2022年12月27日で閉店してしまうのか。
ファンも多いし残念がる声がいろいろ聞こえてきているのに。
そこにはちょっとセンシティブな大人の事情が絡んでいる。
駐車場からの階段入口に掲示してあったプレートに力いっぱい記載してあったが、ちょっと要約しよう。
2019年、とある市民から役場に情報提供があったのだ。
「樹ガーデン、本来調理しちゃいけない設備で調理していると思うんだけど?」って。
すごく平たく言うと、一般人の住居を飲食店の厨房にしてはいけない。厨房はそれなりの設備を整えなければいけない、ってこと。
2019年秋、市役所は樹ガーデンに是正を求めた。
そこからの3年が、どうやら泥沼だったようだ。
オーナーさんは例外的に認めてもらえるよう交渉を続けた。
「ハイキングコースの休憩所としてやってほしいと言われたからやったんだし。売り上げは鎌倉の森林の保全の宛てているし。だからここいらの景観も保たれているし、国内外問わない人気スポットになったっていう側面もあるでしょ。
古都鎌倉は、最新のルールだけを当てはめてもうまくいかない部分もあるしさ、こういうった貢献も含めて例外措置にしてもらえないだろうか。」…と。
それに対し、役場は「例外はない」と跳ねのけた。
例えば駐車場付近で調理をし、ゴンドラで山上まで運ぶなどの案もあったそうだ。
実際食材等はゴンドラで上げ下げしているし。
だけども、オーナーさんは現在の運用を変えることは考えなかったそうだ。
ついにオーナーさんは交渉に疲れ、2022年11月に、年末閉店を決定した。
…というのが事の概要。
難しい問題だなー、どっちの気持ちもわかるしなぁ…。
オーナーさんはお店を開始した当時は「住居のキッチンを飲食店の厨房にしてはいけない」って知らず、そこの部分の確認と営業許可は取っていなくって、それは反省しているそうだ。
つまり1980年当時からそういうルールはあったのだな。
Webでは「1人の市民からのタレコミさえ無ければ」とか、「役場の対応が冷たい」という声も聞こえる。
まぁ前者はさておき、後者もルールに則っているだけだから「温かい冷たい」だけの問題ではない。
悪人は誰もいないのだ。
それよりも「なんでこんなルールがあるのかな?」ってところに目を向けないといけない。
ルールには理由がある。
「こういう設備で調理しないと、万が一のときに大事故になるでしょ?」みたいな基準だと思う。
防火・喚起などがこれの筆頭だと思う。
これが不適切であれば、いつか大事故になって多くの犠牲者が出る可能性もある。
「周囲に貢献したから例外的に認めてよ」は、その趣旨とはちょっとベクトルが違うように感じられる。
「基準を満たした設備で営業をする」っていうのは、きっと市としても譲れない部分なのだろう。
両者の折衷案を見いだすとすれば、「ルールに則った設備で営業はしてもらうけど、今までの貢献を加味してその費用負担は…」とか、そっち側になるんだと思う。
いずれにしても、悪人はいないのにみんな不幸になりそうで心配だ。
みんなから愛されているお店なのに。
僕だって、願わくばこんなモヤモヤした気持ちではなく、100%のルンルン気分でティータイムを楽しみたかったけどな。
また会える日を夢見て
退店しようとしたときだ。
閉店反対の署名運動の紙を見かけた。
前項で記載した通り、僕は閉店は悲しいけども市の方針に反対しているわけではない。
だけども「閉店に反対」は事実だ。
そういう意味から署名しておいた。
僕はカフェが好きなのだ。
そしてきっとこの時期にわざわざここに来る人もきっとカフェ好きだ。
カフェ好きにとって居心地のいい空間が無くなるのはちょっと嫌だ。
それだけは事実なのだ。
ふと見ると、ガーデン部分とは反対側の建物の裏側には、しっかりと屋根のあるスペースもあった。
ただし壁はないのでほぼ屋外だが。
ほんの少し目線を左にずらせば、ご覧の通りの屋外なのである。
満員状態でもここを使っていないということは、雨天専用スペースなのかな?
ここもとてもオシャレだ。
機会があればあえて雨の日にも来てみたかった。
梅雨の時期など、よかったのかもしれない。
12月27日でこのお店は閉店するのだろう。
しかし、今と全く同じ…とはいかないまでも、またいつか復活することを祈っている。
ここまで愛着を持ち、一からあの天空のカフェを創設したオーナーさんであれば、次の作戦を展開できると考えている。
そのときはまた訪問してみたい。
だからしばしのサヨナラなのだ。
未来への願いを込めて、冒頭の文言を少しだけ改変して繰り返す。
― この記事は、樹ガーデンが閉店しなかった世界線、樹ガーデンに奇跡が起きて復活した世界線に生きるあなたと、そして僕自身に贈ろう ―
ラスト2日の営業、鎌倉は両日きっと快晴ですね!
良いフィナーレを!!
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
住所・スポット情報
- 名称: 樹ガーデン
- 住所: 神奈川県鎌倉市常盤917
- 料金: クロワッサン ワンプレート(ドリンク付き)¥1500他
- 駐車場: あり
- 時間: 平日…10:00~15:30、土日祝…9:30~16:00