もしあなたが夜道を歩いていて…。
道端にランプの火が揺らめく小さなコーヒー屋台があり、香ばしい匂いが周囲に漂っていたとするならば。
おめでとう。
それがあなたと「カフェ・アラジン」との出会いだ。
ちょっと立ち寄ってみると良いだろう。
マスターも、そしてきっと他のお客さんたちも話好きの良い人たちだ。
コーヒーを飲みながら繋がるご縁は、なんだか渋い大人の世界のようで心地良い。
一期一会かもしれない。
だがその素敵な思い出は、ずっとあなたの中で生き続けることとなるだろう。
夏の夜の蛍火
今回のお話は、足利市で50年以上続く、世にも珍しいコーヒー屋台だ。
話は数年前にさかのぼる。
僕は夜の足利の町を歩いていた。
実は足利にはお気に入りのバーがあり、さっきまで旅友の「ニコル君」と落ち合って飲んでいた。
そこから歩いて行ける距離に、夕方から夜だけOPENするコーヒー専門屋台があると最近知ったので、そこを目指して歩いている。
コーヒーも喫茶店も大好きな僕としては、是が非でも行ってみたいスポットだ。
その屋台が現れた。
この光景を見ただけで、僕は危なくキュン死しかけたね。
なんというロマンティックなロケーションなのだろうと。
上の写真には写っていないが、屋台の裏側や側面にもイスやテーブルがいくつか置かれ、10名近いお客さんが談笑していた。
23時過ぎの暗くて静かな街中で、ここだけスポットライトが当たっているかのように暖かい空間であった。
僕がここに来たときには、10席ほどの座席は全て埋まっていた。
ちょっとマゴマゴしていると、他のお客さんがすぐに予備のイスを取り出してくれた。
そしてすぐに「どこから来たの?」・「今日はにぎやかだね」みたいな世間話の輪に入ることができた。
なんだかお客さんみんな、とてもフレンドリーなのだ。
僕は「ドミトリーとかの旅人宿の雰囲気に近いな」って感じた。
行ったことは無いが、それはきっとスナックとかの人間関係にも近いのだろう。
みんな温かく、そして楽しい雰囲気の空間であった。
僕が数100㎞離れた遠方から来ていることを知ると、屋台のカウンター席に座っている2人組の人が「せっかく来たなら特等席でどうぞ。僕らはいつも来ているから。」と譲ってくれた。
最高の計らいだ。感謝あふれる。
目の前でマスターの「次郎さん」が「一気に10名分かぁー、よーし!」と言いながらネルドリップで大量のコーヒーを作る様子を見ることができた。
ワイルドな風貌で繊細な作業をする次郎さん、マジかっこいい。
ありがたきコーヒーだ。
僕の前後でバタバタとお客さんが来ていたらしく、コーヒーの登場まで30分近く待っていたが、お客さんや店主の哲夫さん・次郎さん兄弟との会話が盛り上がって全然苦ではなかった。
むしろ楽しすぎてコーヒーのことを忘れかけていた。
一口飲み、「うめぇ…」って思わず声が出た。
僕はそんなにコーヒーの知識があるわけでもないのでうまい表現はできないが、しっかりした味、ほど良い苦みが効いていて、僕好みであったのだ。
何より深夜でちょっと涼しくなったこの時間に、胃の中に温かく流れ込むコーヒーが心地よかった。
カフェ・アラジンは、40数年前からずーっとこの地でやっているコーヒー屋台だ。
メニューは1杯400円のコーヒーのみ(初訪問時の価格であり、2021年現在は異なります)。
バリエーションメニューも無ければフードメニューもない。
それでも40年以上も続いている理由とは。
それはもちろんコーヒーがおいしいこと、そして哲夫さんと次郎さんの人柄。
これに尽きるだろう。
僕はこの初回訪問前に、WebやTV番組等でこのカフェ・アラジンのことを予習していた。
だからこそ、感動もひとしおであった。
その一部をあなたにもご紹介しよう。
- 1971年に創業。
- 1代目店主は現在の店主の哲夫さん・次郎さんのお父さん。元外国船コックであり、中東で見たコーヒー屋台を再現しようと、65歳で屋台を始める。
- 哲夫さん・次郎さんがサポートに入る。
- 創業10数年で1代目店主引退、以後哲夫さん・次郎さんにて営業を続けてきた。
- ミルもポットも創業当時のもの。すごい年季入っていて貫禄ある。
今回、次郎さんとは東北地方の温泉やツーリングの話で盛り上がった。
次郎さんはライダーで、東北大好きなのだ。
そして、常連さんと思わしき人や次郎さんから話を聞いたのだが、以前にここの常連だった人が宮城県登米市で自家焙煎コーヒー店をOPENさせているそうだ。
そこを勧められた。
そのお店の名は「coffeeiPPO」。
"イッポ"と読む。マスターの名前だ。
後日実際に行ってみたら、すんごい山奥のとんでもないところだがお客さんも多く雰囲気も良く、コーヒーもケーキもメチャクチャうまい。
何度も通った。足しげく通った。知人にも紹介した。
iPPOのマスターとカフェ・アラジンの思い出トークもした。
…といろいろ語りたいことはあるのだが、それはいつかcoffeeiPPOの記事を書くときに詳しくご紹介しよう。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
もうすぐ24:00という時間であるが、まだ屋台は賑わっていた。
最後に常連さんに記念写真を撮ってもらった。
2021年現在、貴重な思い出となっている写真だ。
少し歩いてから振り返った屋台は、暗闇に灯るホタルの光のようにも見えた。
屋台の周囲だけ、日常から隔離された幻想的な空間であった。
早い話が、最高に楽しかったしおいしかった。
深夜の残滓
数年が過ぎた。
コロナ禍でなかなか思いように外出できない時期が続いていた。
そんな折、カフェ・アラジンにかつてない危機が訪れていたことを、僕はWebニュース等で知っている。
「カフェ・アラジンが営業している区画が工事により消滅するため、立ち退き命令が発生」というものだ。
あなたは「屋台なんだから自由に場所変えられるでしょ?」って思われるかもしれない。
しかし、外野の僕が知ったような口を利くこともおこがましいが、そんな簡単な話ではないのだ。
給水とかトイレの問題もあるし、なにより先代の時代から50年もこの場所でやって来たのだから思い入れもひとしお。
マジに閉店の危機となり、多くの人がアラジンを守ろうと署名運動まで開始し、ワチャワチャした2021年の春と夏。
何より2021年9月16日はアラジン50周年記念日。
それを目前に閉店してしまったら残念なんてレベルの話ではないし、仮にそうでなくても今の場所で50周年を迎えたい。ずっと続けてきた場所だから。
僕もドキドキしながら続報を待った。
7月上旬だっただろうか?
移転先が見つかったとニュースで見て安堵した。
だがしかし、工事開始は着々と迫っている。
いつまでアラジンは今までの場所で営業できるのか…!?
工事本格化が2021年8月からと言われていたので、カクゴを決めていた人が多かった。
だけども、どうやらこれまでの場所はもう少しだけ工事の影響を受けずに済むようだし、店主さんたちもギリギリまで場所を変えずに営業を続けたい意向だ。
8月に入ってほんの少し経ったタイミング。
僕は再びアラジンに車を走らせる。
東京オリンピックの真っただ中だし、首都圏はコロナウィルスの緊急事態宣言が発令中だ。
しかし、夕方から夜にかけて東北道(&その近辺)をどうしても走らなければいけない理由があったのだ。
夜通し走るのも困難なので、足利市に宿を取った。
アラジンでコーヒーを飲んだらチェックインしようと、そういう算段だ。
直前にアラジンの営業状況も調べた。
まだ"あの場所"で営業している!よしっ!
ただ、うまくはいかなかった。
不測の事態で予定が多いに狂い、3時間ほど遅れていた。
足利に着くのは24時近くになってしまう。
アラジン、もうやっていないだろうな…。
しかも日中快晴だったのに23時過ぎに雨が降って来た。最悪だ。
アラジンは雨だと営業ストップする。
それでも僕は宿を取った足利に向かわざるを得なかった。
もはやアラジンが営業している可能性は1%もないだろう。
でも、遠くからでもチラリといつもの場所にあの屋台を確認できれば満足なのだ。
きっとそれが最後の、あの場所での営業風景だ。
それを見たかったのだ。
うん、跡形もねぇ。
アハハ、そうだよね。知っていたよ。もう24時を回っているしね。
それでもこの場所に来たかったんだよ。
間もなく工事が始まるのだろう。
屋台があったすぐ背面はポールで通行止めの措置がされていた。
いよいよ工事が始まるのだな…。
この場所も見納めか。
ふと屋台があった場所の地面を見てみると、濡れていることに気付いた。
屋台を片付けた跡だ。
哲夫さん・次郎さんはほんの少し前までここにいたのだ。
どこかで「屋台の片づけには1時間近くかかる」と聞いたことがある。
もしかしたら擦れ違いだったのかもしれない。
痕跡を見られただけで、少しだけ満足した。
このコロナ禍では、2021年9月16日の50周年を迎えるまでに再訪はできないだろう。
遠い地でそれを祝おう。
秋に揺らめく仄光
2021年10月の頭から、首都圏をはじめとする各地の緊急事態宣言が解除された。
まぁだからと言って油断はできない。
およそ1ヶ月を慎重に様子見した。
遥かなるカフェ・アラジンを目指して愛車のアクセルを踏んだのは、それからのことだった。
アラジンはもう、新しい地に移転している。
懐かしい足利の町にやって来た。
てゆーか、どこ?新アラジンはどこ?もしや今日は営業していない??
車でキョロキョログルグルし、ようやくとある駐車場の奥に仄かな光を発している屋台を発見した。
新・アラジン!!
「開倫塾」という塾の駐車場を借りて営業できるようになったのだ。
次郎さんに聞いてみたところ、駐車も屋台のすぐ脇の開倫塾でよいそうだ。
これは車で来る身として便利になった。
しかも、ちょっとわかりづらいかもしれないが頭上にはカーポートという駐車場用の屋根がある。
今まではにわか雨が降ってきたら屋台はさんざんで、撤収作業のうちにズブ濡れだと次郎さんは言っていたが、これで安心だ。
さらに車道脇ではなく駐車場なので、ゆったりと綺麗な形でテーブルやイスが置かれている。
ステキだ。
道路脇に忽然と現れるあの風景も好きだったが、これはこれで居心地最高だ。
「50年」と書かれたプレートが見えるだろうか?
この訪問の1ヶ月半ほど前、アラジンは偉業を成し遂げたのだ。
僕もWebでその様子は見た。あの場にいたかったが、無理だった。
でも、次郎さんに「50周年おめでとうございます」と直接言えた。
あと、移転成功と聞いてホッとした旨を伝えることができた。
次郎さんから聞いたところによると、この場所で営業することとなったのは10月10日から。
明日でちょうど4週間になるそうだ。
以前の場所と同じ通り沿いで、かつ200mほどの移転距離。
…とは言えいろいろと勝手は違うだろうが、なんにせよ良かった良かった。
コーヒーが運ばれてきた。
今回はテーブル席だ。
ランプの光に照らされるコーヒーは、非常に美しく感じるな。
そしてテーブルの上に飾ってあるのはユーカリ。
カーポートにも束ねて吊るしてあった。
その理由を次郎さんに聞いたはずだが、内容は忘れた。
うまい。
コーヒーがうまいのはもちろんだ。
しかし、味がロケーションに左右されるのもまた事実だ。
超一級のフランス料理であっても、タッパーからガツガツ食べたりしたらおいしくないでしょ?
食事には、環境だとか誰と食べるかの要素も大事だ。
そういう意味を全部ひっくるめて、僕は「うまい」と言った。
ヒンヤリ涼しい秋の夜に、ランプの光を見ながらコーヒー。
そしてみんなと談笑する。最高かよ。
次郎さんには、宮城県のcoffeeiPPOに何度も行った旨と、教えてくれたお礼をした。
宮城県の「追分温泉」がメチャ最高という共通の話題で盛り上がったり、気仙沼・釜石・東北日本海を走る話でも盛り上がった。
人種が似ている。
ついでに8月にここまで来たのに閉店直後っぽかった旨も話した。
どうやら22時すぎ~23時頃で完全に閉店しているようだ。
…だよね。
でも、今日来れて良かった。
話が尽きないのでお替りした。
次郎さんは「先日、NHK栃木でこのお店のことは放送されたので見てくれ」と言う。
ご自身のスマホをテーブルに設置してくれた。
アラジンのかつての場所の最終営業日の状況、そして新天地であるここでの営業初日の様子が取り上げられていた。
スマホの画面ではよく見えなかったのだが、次郎さんが「最後のシーンで屋台の上を流れ星が飛ぶから、自宅で絶対見てくれ」と言う。
帰宅後にちゃんとの大画面から神懸かり的なタイミングでの流れ星を見て、次郎さんに「見たよ」と報告した。
すごかったね。
こうして僕は有頂天でアラジンを後にする。
…あ、だがしかしだ。
50年営業を続けてきた"あの場所"もきちんと見ておいた。
もう工事のフェンスが高々と設置されていた。ここも見納めなのだね。
冬を迎える大輪の花
さぁ、また来たぞアラジン!!
嬉しさのあまり、車を飛び出てすぐにシャッターを切ったらこうなった。
無邪気だろ、僕。
いや、でも本当に嬉しかったのだから聞いてくれ。
話が長くなるので写真を羅列しながら話すので聞いてくれ。
冬ももう目前のある日のことだ。
実は今日はね、遥々コーヒー好きの母親を連れてきたの。
誕生月祝いだ。
雨だと営業しないアラジンだけど、今日の天気はアホみたいな快晴。
それはそれでいいんだけど、アラジンにはもう1つ営業できない条件があって、それが強風。
この地域に冬に吹き荒れるからっ風を知っているか?
そりゃもう寒いし強いしで、屋台営業には厳しい条件なのだ。
前日、次郎さんがSNSにて「明日の風が心配」みたいなことを呟いていた。
「うわーーー…」って思った。
このパターンは営業できないヤツだ、って思った。
ま、だけども足利行くけどね。足利に宿まで取っちゃったもんね。
今日の昼の時点でも、「今日の営業ビミョー」と書いてあった。
ダメだこりゃって思った。実際風強いし。
足利に向けて運転しながら、ときどき車を停めてSNSをチェックしていた。
太陽が西に傾いてきたころだった。
「防風ネットの効果を試すためにも、営業してみる」と次郎さんがSNSに書いていた。
やっっったーー!!
あとは、防風ネットの効果を願うのみ!
からっ風に次郎さんが負けないことを願うのみ!
こうして、空が真っ暗になるとほぼ同時にアラジンに到着したのだ。
冒頭の写真が嬉しさで大きく手ブレしたのも、これでご理解いただけただろう。
次郎さんは「おっ、ちょっと前にも来たよね?」と迎えてくれた。
嬉しい。
改めて、アラジン冬バージョンを一歩引いて見ていただきたい。
カーポートに防風ネットを取り付けて、蚊帳のように2面を覆ってある。
かつての立地でも風対策はしていたんだけど、次郎さん曰く「今日の風は以前だったら絶対に営業しない」とのこと。
だからこそ次郎さんはこの新天地でも防風具合をいろいろ気にしていたけど、僕はなかなかにディフェンス力があるぞって思った。
ただ、この時期の夜の屋外だからなかなかに寒かった。
今回はカウンターの特等席。
後ろにはストーブが設置してあったし、ブランケットも持参したのである程度大丈夫だったけど、やっぱ寒いと言えば寒い。
(もちろん真冬も毎日続ける次郎さんや哲夫さんのほうが過酷な環境だが)
だからこそコーヒーありがたい。
結構なスピードで1杯目をいただき、母と共に2杯目お替りだ。
次郎さんや後から来た常連さんに、今回僕がここを訪れた目的などを話した。
喜んでもらえた。僕も嬉しい。
あなたももしコーヒー好きならば、ぜひここを訪問してくれるとさらに嬉しい。
なんだかんだで今回も寒空の下、1時間ほど楽しく過ごした。
来訪ノートにコメントを残したり、アラジンが取り上げられた雑誌を読ませてもらったりした。
次郎さんに「織姫神社」を勧められた。
「ここから車で5分、徒歩30秒。ライトアップ最高だからぜひ見て行って。」と。
僕は少し考えた。
足利の町を走っているときに、ライトアップされた織姫神社は見ている。
そしてこのあとは夕食の予約がある。
…だけども、ちょこっと見ていくくらいは大丈夫だろう。
なによりせっかく地元の人のおススメ、こういうのは大事にしたい。
車に乗り込んで織姫神社に向かうことにする。
次郎さんは車のそばまで来て僕らを見送ってくれた。
今回もありがとう!また来ます!
*-*-*-*-*-*-
5分後、織姫神社駐車場に着いた。
小高い丘の頂上付近の駐車場だ。
ほとんど真っ暗でわからないが、確かに駐車場からフラットな歩道を数10m歩けば境内のようだ。
そちらに向かおうと歩いているとき、遠くから「ドーン」・「ドーン」と音がする。
何?もしかして花火??
境内に出た。
写真がブレているのは、例の音の正体を確かめるために小走りで来てしまったからだ。
足利の町の夜景を見下ろせる素晴らしい立地であった。
そして… … !
花火だ。
もしかして次郎さんはこのことを知っていて、僕に熱心に織姫神社を紹介したのか?
Webで調べてみると、『足利青年会議所(JC)は11月下旬以降の年内に、日時と場所を秘匿した「あしかがシークレット花火大会」を足利市内で開く』と書いてあった。
後日、次郎さんも「自分も全然知らなかった」と語っていた。
マジか!
完全にサプライズであった。なんという偶然よ。
旅先の町で偶然出会えた、サプライズ花火。
短い時間ではあるが、冬を迎えようとするこの町の空に、大輪の花が咲いた。
そしてこれが、次郎さんが紹介してくれた織姫神社のライトアップだ。
幻想的で竜宮城のように、暗い夜空に浮かんでいた。
織姫神社は縁結びの神社。
アラジンで人と出会い、織姫神社で花火と出会い。
こういう出会いが旅の醍醐味だよね。
それはね、まるでアラジンのランプから出てきた一夜の魔法のようだったよ。
また暖かくなったころ、僕は足利の町へ行くだろう。
夜だけ魔法のように現れる、あのコーヒー屋台を求めて。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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