「メニューは2種類。そのテーブルの上の板の裏と表に1種類ずつ書かれているから選んでくれ。」
おじいさんの言っていることは半分くらいしか聞き取れなかったんだけど、3回聞いてそういうニュアンスだと理解した。
1回目は全く理解することもできなかった。
2回目はメニュー表を割り箸で指し示したおじいさんから、その割り箸を奪いとってポカンとするしかなかった。完全にダメな子だ、僕は。
…メニューは2種類!
上等じゃねーか!
そもそも人生において選択肢なんてそんなにねーんだよ!
大事なことは、いつだって二者択一だ。
やるのかやらねーのか!
のるかそるか!
裏か表か!
進学か就職か!
ビアンカかフローラか!
さぁ、決めてやろうぞ。
焼肉か… !!??
… … !!?
…あの…、メニュー名を書いてよ。
(値段も書いてよ)
名馬里ヶ淵の伝説
少し時をさかのぼろう。
3月のことだ。
まだ山は枯草色であり、そして少し前まで山に彩を与えていた梅はほぼ散ったという、中途半端な時期だ。
そんな時期に僕は「名馬里ヶ淵(なめりがふち)」にいた。
上の写真の立て札にも"名馬里ヶ淵"と書いてあるが、"ケ"がとんでもなく小さい。そんなにメリハリつけなくてもいいのにな…って思いながら撮影した。
なぜここが名馬里ヶ淵と呼ばれるのか。
それはこの立て札に書いてある。結構ボロボロだけども、概要をご紹介しよう。
川下の集落に住む伊兵衛さんの飼っている牝馬は、よくここの水場で遊んでいた。
その牝馬は仔馬を産んだ。
なんかこの仔馬は変なヤツで、棒の上で寝たり木に登ったりするのだ。
伊兵衛さんは「この仔馬は蛇なんじゃね?そういやあの水場の主も蛇だし。これヤベー。」と言い、仔馬を水場に突き落として殺した。
そしたら天変地異で水場も溢れて洪水となり、集落丸ごと水に流された。
それ以来、ここは名馬里ヶ淵と言われるようになった。
なるほど、行動が極端なヤツばかりの物語。
そして"名馬"という言葉が1回も出て来なかったけど、名馬里ヶ淵。
では水場を見てみよう。
うむ、元気に荒れ狂っている。
実は昨日は暴風雨で警報も出ていた。
この3時間前までは付近の高速道路も通行止めになっていたくらいなのだ。
こりゃヘビさん絶好調ですわ。
水はドロドロに濁っており、周囲もまだ枯れ山なのであまり見映えがしない。
しかし夏場は牝馬よろしく水遊びもできるスポットなのだそうだ。ちょっとタイミングが悪かったね、こりゃ。
ちなみにこの名馬里ヶ淵、国道461号沿いではあるが非常にわかりにくい場所にある。
注意しないと存在自体に気付かないし、存在を知っていてもうっかりしていると通り過ぎてしまう。
僕も何度もこの国道を走ったことがあり、「今回は初めて名馬里ヶ淵に行くぞ」って心に決めていたのに通過してしまったのだ。
春夏秋冬この道は走ったことがあるが、あまり人がいたのを見たことがないスポット。
あなたも行くならしっかり調べてからアプローチして見てほしい。
廃墟ドライブインと梅の花
前項で書いた通り、僕は名馬里ヶ淵に行く前に、そこをうっかり通過してしまったのだ。
しかし山間部のワインディングロード。
いきなりすぐにUターンするような場所もない。
数100m先で脇に入る道があったので、そこでUターンをすることとした。
うおぉ…、すごいものが出てきた。
ドライブイン…の廃墟??
生気を感じさせない佇まいだ。
ただでさえドライブインが生き残るのは厳しい昨今において、山間部の国道から一本入った先の立地とあっては苦しかったろう。
国道からギリギリで見えないくらいの位置にあるんだもんな。
しかし、前述の通りこの道は以前から走っていたが、初めて存在を知った。
いつから廃墟なのかは知らないが、国道に標識も看板も立っているのを見たことがない。
随分前から営業していなかったのかもしれないな。
こういう諸行無常も、またドライブの醍醐味よ。
Uターンして一瞬で立ち去る予定であったが、なんとなしに記念撮影をしておいた。
あと、この写真を撮るために車を降りたら、付近に少し梅の花が残っていることに気付いた。
わずかに残った梅の花。
もう1週間早いタイミングで来たかったな。
しかしこのコロナ禍、僕も思うように動けなかったのだ。
むしろ今日、こうしてドライブできていること自体が非常に嬉しい。
ワガママ言っている場合じゃない。
少し青空が見えてきた。
この後のドライブに期待が持てそうだと感じた。
(事実、快晴となって最高のドライブ日和となる)
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さて、あなたは気になる情報があった場合、すぐにその場でスマホから検索するのかもしれない。
しかし僕は、帰宅してからPCの大画面でゆっくり調べるのを好む人間だ。
ドライブ中はドライブに注力したいのだ。
従い、帰宅後にPCに写真データを移し替えると、その日のドライブを振り返りながらおさらいをしていた。
もちろん、その振り返りの中にはあの廃墟ドライブインも含まれる。
検索エンジンで調べてみると…。
廃墟じゃなかった。現役だった。
マジか。
これまでさんざん廃墟廃墟と連呼してしまった。
達観した顔で諸行無常とか言っちゃった。
なんかウナギがうまいとかWebに書いてある。
そうなのか。ウナギ好きだ。
過去にさんざん廃墟・廃村探索をして来たのに、誤った判断をしてしまって大変に申し訳ない。
僕の目は節穴であった。
うーむ、しかしこれまで僕がこの国道を走っていたときも、営業していたってことだよなぁ…。
全然気付かなかった。
この控えめすぎる立地と宣伝力で、ちゃんと営業してこれたのだろうか?
そして、今回は朝だったので営業していなかったのだろうか?
とりあえずだ。ちゃんと営業しているときに再訪し、ウナギを食べなければならない。
これは人生課題だ。
冬の始まる時期の再訪
あれから8ヶ月ちょっとが過ぎた。
僕は再び山間部の国道461号を駆け上がる。
紅葉、なかなかでしょ?
でも実はこれ、彩度を上げて撮影している。
実際はもう結構葉が落ちてしまっていて、ちょっ寂しい色合いの山となっている。
うーむ、紅葉を見るには1週間遅かったな…。
いつだって僕は出遅れてしまうんだ。幼少期からずっとこれだ。
稀にまだ頑張って紅葉している生き残りを見つけて「わーい」ってなる。
暦上はもう冬だが、限界まで抗っている。
そういう生き方がステキ。
…さて、そんな話をしたいんじゃない。
いよいよ見えてきたぞ、国道の分岐が。
おぉ、営業中の幟が国道に立っている!
しかもなんだアレは!?前回あんな看板(?)なんてなかったぞ!
ビミョーなクオリティだな!!
"ナメリ"って竹で書いてあるけど、そうまでして竹を使いたかったのかな?
小学生の図工っぽさが満ち溢れていて、道行く人が「ここに入ろうぜ!」ってなるビジョンが希薄だぞ。
そして、もう一枚別角度から写真を撮ればよかったと後悔しているが、向かって右手に書いてある文字は何だ?
ちょっと画像をトリミング&縦圧縮してみよう。
読めない!!
たぶんここに書きたい内容は"ナメリ"か"ウナギ"だと思うんだ。
3文字目がギなのはすぐにわかる。
2文字目はメかナのどっちかだ。
1文字目は小学校で習わなかった字だ。
ナ・ウ・ヤとかが近いだろうか?
「ウナギー」?
「ヤナギー」?
いずれにしてもなぜ最後を伸ばした?ストレスかかる解読だな、これ。
なぜ普通に看板を書こうとしなかったのか。
よーし、営業しているぞ!!
しかも車3台も停まっている。大盛況だ。
そして店の前の看板がリニューアルされている。
しっかり赤いペンキで『ドライブイン名馬里』ってなぞられている。
だが裏から見ると血が滴っていた。
よく見ると赤いペンキが看板内の各所に擦りつけられていて、ハンドメイド感がヤバい。
これ、不器用な人の仕事だ。
それがいい。
こういうところで重要なのは技術というよりも人情だ。一生懸命さが伝わってきたぜ。
店は山と山の間の谷間の立地。
まだ12時台だというのに太陽は林の中に隠れようとしている。
ちゃんと日が当たる時間はわずかだと思われるような山深い立地だ。
ここで僕は気付くのだが、入口を大きく覆うひさしができているな。
数ヶ月前と全然風貌が違う。
そこに垂れ下がるオレンジの暖簾がかわいい。
今年度、このお店はかなりバージョンアップしたのだ。
これはご飯にも期待できよう。
僕は意気揚々とお店の扉を開ける。
ドライブインでうな重を
内部は丸太をふんだんに使った、なんとなくログハウスのような造りであった。
古さは感じるが、清潔なイメージだ。
ただ、店内をネコがウロウロしていたので、そこだけ神経質な方はご注意だ。
僕以外にお客さんは2組いた。
それに僕が入ると入れ替わりに出て行った人もいるし、最後に僕が出ていく直前に入ってきた人もいた。
結構にぎわっている気配であった。
従業員さんも3名いたし。
ボスと思われるおじいさんが、小上がりの席を1つ占拠して、箸袋に割り箸を入れる作業をしていた。
そこでのやりとりが、冒頭の部分だ。
値段が書いていないので少々恐ろしいが、以前調べたところこれが名物だそうなので、僕はウナギを食べる気満々だ。
さらに、うな重を食べて帰宅してから知ったんだけど、2021年11月13日放送の「出没!アド街ック天国」という番組にて、ポツンと穴場食堂として登場していたそうなのだ。
なるほど、なんかこんなタイミングで訪れた僕がミーハーっぽいではないか。
そして、もしかしたら国道の看板やお店の前のひさしなどは、それを機にバージョンアップしたのかもしれないな。
トイレはずーっと奥の方だ。
途中で今は使われていない座敷席を通る。
ドライブイン全盛期はここも客席だったり、あるいは宴会や会合などが行われていたのかもしれないな。
こういう茶色い空間、結構好きだ。
ゴロンと横になってひたすら読書をしていたくなる。
トイレは絶滅危惧種だ。
いや、和式のトイレとかは普通に見たことあるけどさ、便器が床より一段高くて、そして丸石がゴロゴロした感じのタイル張り。
平成を通り越して昭和まで時間が巻き戻った感覚に襲われた。
席に戻るとおじさんが大声で「どうだー!?トイレきれいだったろう!?」と聞いてきた。
おじいさんご自慢のトイレらしい。
実際綺麗だったので「きれいでした!」と負けじと大きな声で答えた。
第三者に言わせることで、店内のお客にトイレが綺麗と認識させる作戦ですな、わかっておりますよ、おじいさん。
僕とおじいさんはアイコンタクトを交わしてニヤリと笑うと、親指をグッと立てて… …、いやゴメンなさい、そんなことしていませんウソです。
はい、アホな妄想していたらうな重が来た。
結論から言うと、お値段2500円。
Web情報によれば、少し前までは2000円だったようだ。
日常的にウナギを食べている人間ではないのでわからないが、どうやら良心的なお値段のご様子。
食欲をそそる、いいテカリっぽりではないか。
とてもおいしそうだ。
これまた帰宅後に調べたアド街ック天国からの情報で恐縮だが、うな重は良質なウナギを入荷できたときだけの限定品なのだそうだ。
ウェルカム、良質なウナギさん!!
…てゆーか、良質なウナギが仕入れられなかったときは焼肉定食一択!?
それはそれですごいドライブインだぜ。
うむ、おいしい。
僕もあまり舌が肥えている方ではないのでうまい表現はできない。
しかし、身はふっくらでタレはちょうどいい具合に濃厚だ。
焼きの香ばしさがもうちょっとあると、さらに最高かもしれない。
ただ、僕は別に究極のウナギを求めてここに来ているわけではない。
1人でフラリとドライブして立ち寄ったドライブインで、うな重を食べている。
そういうシチュエーションが最高なのだ。
いい体験をしているぞ、僕。
少し遅れてやってきた汁物は、なかなかの塩分濃度だった。太平洋のエキスだ、って思った。
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…ドライブイン名馬里は、1973年(昭和48年)の創業とのことだ。
もうすぐ50年になる老舗である。
当時の国道はどうだったのだろうか?
いつくかのWebを見ると、ドライブインがある場所を"旧道"と表現している。
ドライブインの前の狭い道が、旧国道だったのだろうか?
現国道が開通して少し奥まった場所になってしまっても、半世紀頑張って営業をしているのだろう。
そんな歴史を垣間見れたのは、最初の些細な偶然から。
この出会いに感謝だ。
こういうエピソードがあるから、旅は面白い。
そして僕は再び、わずかに残る紅葉を求めて車を走らせる。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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