峠のうどん屋。
そう呼ばれていたお店がちょっと前まであった。
とんでもない山奥で、そしてなかなかのボロボロで、しかしすんごい人気で、開店と同時にその日の供給量に達し、すぐに閉店するという電光石火のお店であった。
関東北部を走るライダーさんであれば、一度は耳にしたことがあるだろう。
峠のうどん「藤屋」の伝説を。
最後の営業からもうすぐ2年になるのだろうか?
既に無くなってしまったお店ではあるが、このまま忘れさられてしまうのは忍びない。
あえて今、僕が執筆する。
かつて僕もこのお店を訪問し、ドカ盛りうどんと激闘を繰り広げた思い出を。
舞台は深淵、山ばかり
晩秋の山奥を、僕はドライブしていた。
とてもワイルドな道だ。
しかし晩秋の紅葉がとても綺麗であった。
日の短い季節ではあるが、このような光景を見ながらハンドルを握れる嬉しい季節だ。
やっぱ道路、ちょっと狭いな…。
これでは擦れ違いが困難だよ。道の両脇の落ち葉の堆積が著しい。
さて、なんで僕がこんなところを走っているのかと言うと、別に紅葉ドライブをしようだなんてシャレ込んでいたわけではない。
…もっといいものを見に行っていたのだよ。
話が脇道に反れてしまって申し訳ないが、今回の世界観を演出するためにも数枚だけご紹介させていただく。
2021年現在は自然倒壊してしまった廃屋だ。
もうたまらないよね、これ。お化け屋敷のセットなどではない。木造家屋は数10年放置されるとリアルにこうなるのだ。
悠久の年月が生み出した芸術。シビれるしかない。
知っている人は知っているだろう。
ここがどこなのかを。
そして知っている人は知っているだろう。
僕がこういうところのアドベンチャーに、結構ドップリ浸かっていたことを。
いつかもっともっとヤバい深淵を執筆するかもしれないので、今回はさわり部分のホントにライトな部分だけ、掲載させていただいた。
では、冒頭に話を戻そう。
こんなアドベンチャーをした帰り道。
僕と仲間たちはランチスポットを目指して車を走らせていたのだ。
アドベンチャースポットもとんでもない山だし、ランチスポットもとんでもない山。
このドライブ、全行程360度山ばかり。
ちょっとですね、僕の愛用のツーリングマップを見てほしいのだ。
関東は全区画、基本的に何らかの文字が入っているだろう。
何かしら町なり何なりが存在するのだ、さすが関東地方。
…しかし、仲間ハズレが1つだけあるな。
1つだけ、ポッカリ関東の空白地帯みたいに白紙になっているエリアがある。
「46」、オメェだよ!!
ちなみに今回のアドベンチャーもランチも、全部この「46」の中にあるのだ。
埼玉県・群馬県・長野県の県境付近のこのゾーン、深い山々と林道の織り成すワクワクゾーンだ。
46好きな人、僕以外にいたら手を挙げてほしい。仲間だ。
そしてそんな界隈の、もう笑いが止まらないくらいのクネクネ道に目指すお店がある。
峠のうどん、藤屋。
上の地図で示した部分がかつてのお店だ。
初夏に行こうとしたけど時間切れとなってしまってアプローチできず、晩秋である今回に行くこととなった。
「46」といい上の地図といい、すさまじい立地ではあるが、大人気だ。
暖簾を出していた時間、3分
お店の前に到着したのは、10:46であった。
開店時間は11:30なので、40分前だ。
簡素な建物である。
輪をかけて簡素な看板が横に少し斜めに掲示されているが、これがなければ一般家屋と思ってしまうかもしれない。
オーナーは高齢のおじいちゃんだそうで、体調を崩して営業しないこともザラだそうだ。
それが心配。
しかし内部に耳をすませると、何やらせわしなく動き回る音がする。
うん、きっと今日は営業してくれるだろう。
お店の入口の前にはテーブルとイスがあるので、そこに座って待機とする。
まだこの時間、僕らの他にお客さんは一組しかいなかった。ゆっくり待とう。
せっかくなので、Googleマップのストリートビューからのお店の画像も貼り付けておく。
いつ更新されてお店の画像が見れなくなってしまうのか、不明だが。
せめてそれまでの間、このお店が存在していたことをここに報告したいのだ。
そんなこんなで20分経過。
11:10となった。
オーナーのおじいちゃんが出てきて「中で待っててください」って言ってくれた。
座敷席にスタンバイした。
ほっこりするような昭和な香りの漂う店内であった。
ちなみにメニューのオーダーはしない。する必要もない。
メニューは一種類で、天ぷらうどんのみなのだ。
1人1杯、自動的に作られるのでそれを待つのみ。
まずはおじいちゃんが、お盆にお茶と漬物を乗せて持ってきてくれた。
しかしおじいちゃん、メッチャ腰が曲がっているし、手がプルプル。
お茶を乗せたお盆は震度5くらいだ。
こぼれる!こぼれる!…こぼれた!!
…まぁ全然いいけどさ。
そして11:30、開店時間だ。
おじいちゃんが店の入口に暖簾をかける。
それと同時に、驚くほど山盛りのうどんが運ばれてきた。
とんでもねぇ。
これはうどんを入れていい器じゃねぇ。3人家族くらいで使えるサラダボウルサイズだ。
開店から3分後の11:33。
1日に準備できる上限の40食分のオーダーに至ったようだ。
オーダーストップ。
おじいちゃんが店の入口から暖簾を外す。
もちろん後から来る人も大勢いたけど、予約だとかをしていない限り全員断られていた。なんてこった。
これが藤屋のうどんだ。
ほとんど見えていなくって恐縮だが、麺は割り箸よりもひとまわり以上太い。
すすろうにもすすれない、天下無敵の極太麺だ。
そいつが丼の中に余すところなく、とぐろを巻いている。
その上にはゆで卵、そして巨大なかき揚げと天ぷらだ。
どうやら秋はこの付近の山菜などを使ってくれているらしい。山の幸、ありがたい。
あまりアングルが変わらないが、もう1枚ご紹介する。
もう撮ろうと思っても撮れない写真だからね、せっかく手元にある写真はあなたにも見てもらいたいのだ。
しかし、写真ではボリュームは伝わりきらないだろう。
これを目の前にした僕の絶望感は、なかなかのものだったのだよ。
嬉しさと絶望が一緒に来る。どんな表情をしていたのだろう、僕は。
もう1つ上の写真と共に、横にガラケーを置いてあるので大きさ比較をしてほしい。
既に世の中にはスマホが出回りつつあったが、僕は結構それに歯向かってしぶとくガラケーを使う人種であった。
記念撮影をしたら一気に食べる。
もたもたしていたら麺が汁を吸って永久に終わらない闘いとなるからだ。
普段あまり量を食べられない僕は、満腹中枢が刺激されるまでの20分が勝負。
麺、もっちもち。食べ応えあり過ぎて一瞬で満腹感を味わえる。
つゆは濃い醤油味。そして甘さも強め。
天ぷらはバリバリした歯ごたえのある食感。
これらのコラボだ、当然うまいぞ。
僕は死にそうな思いをしながらも、仲間の中では1番に完食できた。
我ながら頑張った。
今年はもう思い残すことは無いなって思った。
仲間の1人は普段から食べる速度が遅いため、食べても食べても麺が汁を吸う永久機関みたいな現象が勃発しており、なんか運ばれてきたときと麺の体積があまり変わってなかった。不思議な不思議な現象となっていた。
がんばれ。僕はもう君を手伝うだけの余力はナッシング。
まぁ、なんだかんだでみんな完食できた。
これを戦友という。
ガッチリ握手したい気持ちに駆られた。
水とみどりの広場
食後、僕らはすぐに車に乗り込めなかった。
車に乗るということは、座るということだ。
座るということは、お腹を圧迫するということだ。
冗談じゃない。圧迫されるだけの余地を残すお腹なんて、僕らは持っていない。
だからね、お店のすぐ隣にある「水とみどりの広場」っていうところでしばらくダラダラし、それからの出発とすることにした。
水はあるけど、緑はほとんどないね。
紅葉シーズンだからね。
しかしそれがいい。周囲は紅葉の赤と黄色に包まれている。そこに小川が流れ、さながら由緒ある公園のようだ。
…ツーリングマップルで、ページ丸ごと山で埋め尽くされるようなエリアにポツンと佇んでいた、伝説のうどん屋。
アレでたったの600円だったのだ。コスパすごすぎる。
2021年の僕は振り返る。
あのときですら、腰が曲がって手がプルプルしていたおじいちゃん。
さらに数年、2019年まではお店で毎日うどんを打っていたのだから、相当に頑張っていたのだろう。
最後に閉店を知らせる手書きの貼り紙が掲示されたらしい。
どうやら体調を崩してしまい、もう続けられなくなったのだそうだ。
「長い間ありがとう」って、心から思う。
このお店が営業していないらしいと聞いたのは、2020年の春ごろだった。
明確に「閉店」だとわかる情報は当時は無かったので、僕は信じていなかった。いや、信じたくなかった。
だからしばらくこのブログの記事としても書かなかった。ずっと執筆候補としては考えていたけど。
だけどね、やっぱ閉店だったね。
そして、訪問時も執筆時の2021年11月現在のどちらも、紅葉真っ盛りの季節。
この折に書くわ、ってなったのだ。
いずれ消えてしまうのだろうが、上野村のWebサイトにはまだ、店の前で微笑むおじいちゃんとおばあちゃんの写真が掲載されている。
今頃お二人は、ゆっくりと紅葉でも見ながら過ごしているのだろうか?
そんな思いを馳せながら、僕は色付く山を眺める。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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