瀬戸内海。
冬でも温暖であり、名前の通り内海なので荒れることもほぼなく、非常に穏やかな海である。
それすなわち、楽園(エデン)だ。
実際、瀬戸内海沿いの竹原市には「エデンの海」という名称の景勝地がある。
今回は、そのエデンの海に3回ほど訪問した記録をオリジナルブレンドさせて執筆したい。
5月病でお疲れモードのあなたへの、ほんの少しの癒しになれば、幸いだ。
悩めるヒッチハイカー
それは穏やかに晴れ渡った日。
いや、僕が瀬戸内海を走るときには常に晴れていて穏やかなので、もう瀬戸内海はそういう天国のようなところだと信じ切っているが。
…そんないつものような天国日和であった。
僕は、「ニコル君」という関東北部からヒッチハイクでやってきた旅人を助手席に乗せ、この道を走っていた。
昨日夕方、 彼とは呉駅前で合流したのだ。
まぁ、実を言うと昨日初めて出会ったわけではない。
何年も前に、お互い九州を一周している際に出会い、その後はちょこちょこ一緒に冒険をしたりしていたのだが。
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時系列を昨日夕方までさかのぼろう。
僕が山口県や広島県内で遊んでいたら、そのニコル君がはるばるやって来た。
こんなスケッチブックを掲げて、呉駅前にいた。
たまたま僕以外のHUMMER乗りが現れ、どっかに連れていかれずによかったなって思った。
早速名物の呉焼きを一緒に食べ、2人ともバー好きなので僕のイチ押しのバーを紹介して酒を飲み、そして個性的なビジネスホテルにチェックインした。
普段は車中泊の僕だが、バーに行くのでわざわざ宿を取ったのだ。特別な日だ。
そして明けて今日なのだ。
ニコル君は今後のプランについて悩んでいた。
「西(九州)か、南(四国)か、それとも東(関西方面)に戻るか…」とか言っていた。
選択肢が多いなぁと思った。それから、北がかわいそうだなぁと思った。
悩んだ末、彼は「とりあえず乗せてください。YAMAさんの旅に少し付き合います。どっか適当なところで離脱します。」って言ってきた。
自由だ。
こうして、瀬戸内海沿いに東に向かっている僕とニコル君は、少しだけ一緒に行動することとなり、今日の午前中を共に観光しながら走っているのだ。
引き続き車内で「どっちに行くべきか…」と悩んでいるニコル君に対し、僕は1つ提案をする。
「この先にエデンの海という綺麗な景勝地がある。そこでいったん風に当たろう。」
まぁ実際はそんなロマンチックな言い方なんてしていないんだけど、とりあえず国道沿いで気軽に立ち寄れるこのスポットに行ってみようと提案をしたのだ。
瀬戸内はエデンだ
国道185号沿いに突如として現れる景勝地。
Web上での紹介では「エデンの海パーキングエリア」と表記されることが多い。
駐車場の眼前は、小高い丘だ。
その頂上に東屋のある展望台。
あそこからの海の眺めが大変よろしいのだ。
ちなみに、ここまで走って来た国道185号は通称「さざなみ海道」。
"日本風景街道"にも指定されている。
この周辺をドライブするだけでもウッキウキになれるのだ。
そんな国道の途中にある展望所なのだから、そりゃもう期待しますわ。当然だ。
東屋に登った。
海が広がっていた。
そりゃそうだ。今までこの海を眺めながらドライブしていたのだから。
正直、意外性はゼロの光景である。
しかし、ハンドルを握る手を止め、心行くまで瀬戸内海を眺める最高の環境が、ここに用意されていた。
…美しいな。
これ以上の言葉はいらなかった。
「瀬戸内海に浮かぶ、あの小島の名前は何だろう?」ってちょっと思ったけど、考えるのを辞めた。
東屋のすぐ脇に説明板もあったけど、欲しいのは知識ではなかった。
ただただこの風景を受け入れる心があれば充分であった。
逆光で全体的に白飛びし、陰影に乏しい眺めだ。
しかしそれがまたいい。
水墨画を極めたら、こんな世界観になりそうではないか。
来た方向を振り返ってみよう。
さっき「すげーな」と言いながら横を通り過ぎた「竹原火力発電所」の煙突がチラリと見えている。
その手前には、海ギリギリに弧を描くように設置された国道185号。
新潟に「親不知」っていう景勝地があるんだけど、そこから眺める北陸自動車道がこれのもっとすさまじいバージョンでさ、それを思い出した。
逆側の光景だ。
すぐ足元には、コバルトブルーの海を見下ろすことができる。
肉眼ではすごい深い青色に見え、何人もの人が写真を撮影していた。
波がほとんどないのも、瀬戸内海の特徴であろう。
中国地方と四国地方に挟まれて、大波が打ち寄せることはない。
しかも、雨雲や風も、中国山地と四国山地がブロックしてくれる。
穏やかで温暖な世界なのだ。
つまり、エデン(楽園)だ。
東屋の近く、海の見える丘の上に「エデンの海」と彫られた岩がデーンと鎮座している。
花壇の中央、花々に囲まれているのもまたエデンっぽくて素敵だ。
新緑の季節に訪問した際には、花壇が野草で溢れていた。
こんなロケーションもまた良し、と思った。
おっと、「雑草に埋もれてやがる」だなんて思わないでもらいたいよ。
「雑草という草は無い」と昭和天皇も仰っていたぞ。
1つ1つに名前があり、個性があり、精一杯に生きているのだ。
人間の都合で、ひとまとめにゴミのような呼び方をしてはいけないぞ。
「野に生える草たちに囲まれている」と表現するのだ。
エデンに生きる穏やかな人なら、きっとそうする。
遠くの島々を見ていて、僕はふと気づく。
あそこに見えている橋は…?
ちょっとズームしてみよう。
あなたには、あれが何かわかるだろうか?
橋だ。
「しまなみ海道」。瀬戸内海の8つの島に10個の橋を架けて、中国地方と四国地方を結ぶ、とんでもない夢の懸け橋だ。
その中の1つ、広島県尾道市の「生口島」と愛媛県今治市の「大三島」を結ぶ「多々羅大橋」。それを遠望している。
僕はしまなみ海道は幾度となく走っている。
多々羅大橋のすぐ横で車中泊をしたこともある。思い出の橋なのだ。
さらにズームしてみたら、相当に画質が粗くなった。
カメラの性能がイマイチなのだ。
実は愛用のカメラを2週間ほど前に壊してしまったのだ。
まぁ良い。
近いうちに、もっと肉眼でハッキリ見てやるさ。
僕はまた四国を走るのさ。
ところで、エデンの海というネーミング。
現地の説明板にも書いてあるのだが、同名の小説や映画が由来である。
全く知らないので、Wikipediaさんからの情報を集約してご説明しよう。
エデンの海とは、『1946年に発表された若杉慧の小説。3度にわたり映画化され、テレビドラマ化もされている。』…と記載されている。
とはいえ、直近でも1976年なのでメッチャ古い。
この舞台となった高校の目の前に、展望スポットを作ったのがここなのだそうだ。
由来がなんにせよ、エデンはエデンだ。
ここは僕らの楽園(エデン)だ。
旅人は、また旅に出る
引き続き、僕は瀬戸内海沿いを東に走る。
相変わらず、右手で海がキラキラと輝く。
エデンの海を見て、何かふっ切れたのだろう。
ふと、旅人ニコル君が思い付いたように呟いた。
「YAMAさん、俺は西に行きます。あてはないけど、どこでもいいから西に行きます。」
そしてスケッチブックとペンを取り出すと、『どこでも…』と書き始めた。素直か。
なんでも、ニコル君はヒッチハイクの腕がとんでもなく高スキルらしく、分かりやすく書いてしまうとすぐに乗せてくれる車が見つかってしまって、つまらないのだそうだ。
だから最近は、「こんな書き方でも乗せてくれた」とか、「どこに連れて行かれるのだろう」というドキドキを味わっていると言っていた。
そっか。
今度一緒にヒッチハイクしないかと誘われたが、それはお断りした。
僕は自分で運転することでドラマを作り出したいタイプなのだ。
ただし、今度ヒッチハイカーを見つけたら、乗せてあげよう。
ヒッチハイクの極意もいろいろ聞けたので、僕も誰かにアドバイスできるかもしれないし。
とある町で、ニコル君と別れた。
じゃあ、良いお年を。
お互い旅人でいる限り、またどこかで巡り会うであろう。
旅先こそが、僕らのエデン。
ワクワクするような旅の舞台で、いずれ再会しようじゃないか。
以上、日本6周目を走る旅人YAMAでした。
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